新人種の娘

如月あこ

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第二章 飛龍島

6、

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 激しくせき込みながら、ぐだりと岩礁の上で四つん這いになった。死へ直面した恐怖から身体が震え、呼吸も侭ならない。震えながらも硬直する身体は自由がきかず、自分のものではないかのようだ。
「あんた、怖いの?」
 凛とした声が降ってきて、震える身体を叱咤しながらゆっくりと顔をあげる。
 そこにいたのはトワではない。長い緑の髪を頭上で結い上げた少女が立っていた。歳は、小毬と同じくらいだろうか。驚くほどの美人だ。小毬に向ける目は切れ長で、瞳は濃い翡翠色をしている。その翡翠色の瞳には、ひと目でわかるほどの侮蔑が浮かんでいた。
 新人種だ、と突然の出会いに、小毬は狼狽した。
「同胞が溺れてると思ってきてみれば。あんた、『外』のやつでしょ。なんでこんなところにいるわけ?」
「こ、これから、飛龍島へ行こうと思ってて」
「なんでよ」
 間をあけず問われ、一瞬言葉につまる。
 そんな小毬を見て、少女はさらに瞳を鋭くした。
「軟弱な『ヒト』が飛龍島へ行って何をしようっての。あんたさ、身体震えてるわよ。死ぬのが怖いんでしょ? 溺れてたものね。私がこなかったら、間違いなく死んでたわよ」
「あ、えっと。助けてくれて、ありがとう」
「別に、お礼が欲しいわけじゃないわ」
 感情のない声でそう告げると、少女は背を向ける。
「死ぬのが怖いなんて軟弱ね。私、あんたみたいなやつ大嫌いよ。助けなきゃよかった」
 その声音は低く、嫌悪に満ちている。冗談でもなく、口から出た言葉でもない。本気で小毬を見下している。
 少女は隣の岩礁へ飛び移った。そのまま海岸のほうへ向かって順々に岩礁を渡り、姿が遠くなっていく。やがて見えなくなり、小毬はそっと息を吐いた。いつの間にか、緊張していたようだ。トワ以外の新人種と出会ったことが、嬉しくもありそれ以上に苦しかった。
 やはり小毬のようなヒトは、彼らに受け入れられないのだろうか。
 はっ、と思い至って顔をあげる。トワの姿がどこにもない。彼が溺れるわけはないと思うが、一体どこにいるのだろう。もしや、もう飛龍島へ上陸したのだろうか。
「私も行かなきゃ」
 そっと立ち上がる。がくがくと震える足が落ち着くまで待ってから、岩礁のうえを飛び乗って移動した。
 途中で足を滑らせたりもしたが、幸いなことに海に転落することはなかった。海岸にもっとも近いだろう岩礁までたどり着くと、そっと海へ降りる。先ほどの少女は一っ跳びで海岸へ降り立っていたが、ここから海岸までは八メートルほどあるため、小毬の脚力では不可能だ。
 いきなり新人種と自分との差を見せつけられて、今後この島に馴染んで行けるか不安になる。
 だが、今からそんな心配をしても仕方がないと自分に言い聞かせて、海水を両手でかき分けながら海岸を目指す。足でごつごつとした岩を踏みしめて、初めて靴を失くしたことに気づいた。
 トワに貰ったお金で買ったばかりだったのに、勿体ない。
「小毬!」
 全身から海水を滴らせつつ海岸に上がったとき、名前を呼ばれて顔をあげる。
 トワが血相を変えた顔で、こちらに向かって走ってくるのが見えた。トワの姿に気が緩んだのか、がくりと足が折れた。跪くように砂浜に座り込んだ小毬の手前に、トワが屈みこむ。
「大丈夫か。すまん、途中で見失った」
「平気。……助けてもらったの」
「ああ、百合子に聞いた」
 トワはそう言って、肩ごしに後ろを振り返った。そこには先ほどの少女が、苛立たしげに腕を組んで立っている。小毬と目が合うと、つんと顔を反らしてそのまま背を向けて歩いて行ってしまった。
「気にするな。百合子は誰にでもああなんだ」
「トワの彼女?」
 そう問うと、トワは軽く笑った。
「いや、違う。それよりも身体に怪我はないか」
「ないよ。あ、あの。ごめんなさい、靴をなくしちゃったみたい」
「そんなもの、構わない。代えはある。小毬が無事でよかった」
 トワの手を借りて立ち上がると、海岸のさらに向こう側に乱立している木々に視線が向いた。ぱっと見たところ、こうして見える木々の景色はも日本本土と大差ない。ジャングルのように根がでっぱった木があるわけでも、白亜紀のように奇異な植物があるわけでもなかった。
 ここは、離島であるというだけで日本なのだと理解する。もしかしたら小毬はすでに、『新人種』が暮らす島、というだけで奇異な認識をしてしまっていたのかもしれない。
「私の家に案内しよう。少し休むべきだ」
 トワの手を借りて立ち上がり、ふらつきながらもトワの家があるという場所へ向かって歩みを進めた。
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