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第一章 新たな世界へ
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蜜を垂らしたような夕暮れの陽光を浴びながら、小毬は児童養護施設の門をくぐった。
東堂から逃れたのはいいが、時間をつぶす場所もなければ本を借りることもできなかったので、結局今日も樹塚城近くの小屋まで足を運んでみた。
数日前に小毬が訪れて以降、誰かが来た形跡はなかった。
小毬は自作の椅子に座り、新人種について考えることに時間を費やしたが、答えらしい答えは出ていない。というよりも、自分が一体どんな答えを求めているのか、何について知りたいのかもわからない。ただ漠然と新人種について、そしてあの青年について考えている自分がいた。
施設の庭は公園となっており、昼間は門が解放されている。地元の子どもたちの遊び場の一つとなっており、今日も多くの子どもの姿があった。半分は施設の子どもだが、あとの半分は地元の子どもたちだ。
(こんな時間なのに、帰らなくていいのかな)
ここにいる子どもたちは、大体小学校二、三年生ほどだろう。
注意する勇気も教えてやる親切心もない小毬は、子どもたちを横目に施設の母屋へ向かう。
ふと、施設の正面玄関が開いた。
現れたのは、綿貫誠次という青年だった。さっぱりとした短い黒髪と精悍な顔つき、そして小毬より頭三つ分も高い身長を持っている。
彼はきびきびと無駄のない動きで数歩歩き、辺りを見回したのち、声を張り上げた。
「おい、そろそろ帰れよ! 親御さんが心配するぞ!」
よく通る声音は、子どもたちにちゃんと届いたようだ。それぞれが施設の壁にかかっている時計を見上げ、ひとりまたひとりと帰っていった。施設の子どもたちも、正面玄関ではなく勝手口のほうへ移動しはじめる。
「充分気を付けて帰れよ!」
施設外へ出て行く子どもたちが、ひらひらと綿貫に手を振った。
(さすが、綿貫さん)
世話焼きのお兄さん、という印象がある彼は、施設の職員でもなければここの卒業生でもない。小毬より一つ年下の、未来という少女の面会者だ。
綿貫は二か月に一度ほどの間隔で、この施設へ来る。未来だけではなくほかの子どもたちにも親切で、彼に懐いている子どもも多かった。
「おかえり、小毬ちゃん」
いつの間にか子どもたちの背中を目で追い駆けていた小毬は、我に返るように振り返った。
綿貫がにこやかにこっちを見ている。
「……ただいま帰りました」
「うん。遅かったね」
小毬は教師が苦手なように、大人そのものも苦手である。それは綿貫誠次が相手でも変わらない。何かをされたわけではないが、それは小毬が彼と深く関わってこなかったからだ。もっとたくさんの言葉を交わし、自分のことを話し、何かしら多く関わるようになれば、彼も小毬を鬱陶しく思うに決まっている。
小さく頭を下げて、勝手口のほうへ足早に移動する。
「無事に帰ってきてくれてよかった。今、この辺りに緊急警戒警報が出てるんだ。とても危険な状態なんだよ」
(危険?)
どういう意味だろう。そもそも、いつの間にそんな警報が出たのか。学校を出た際は、警報など出ていなかったはずなのに。
それに、緊急警戒警報というのはおもに災害の際に発令されるものであって、今日のような晴天の日には無縁の出来事である。
気にはなったが、関係のないことだ。足を止めずに綿貫の前を通り過ぎる。綿貫はそんな小毬に対して、言葉を続けた。
「近くで、新人種の目撃情報があった。かなりの信憑性がある情報だよ。だから、しばらく外には出ないほうがいい。あんまり帰宅が遅かったら、迎えにいくつもりだったんだから」
息を呑む。それに気づかれまいと平然を装い、子どもたちが通ったまま開きっぱなしになっている勝手口に手をかけた。
「それは、この辺りなんですか」
「うん。まぁでも、少し離れた場所だから大丈夫だとは思うけど」
「あの子たち送ってあげればよかったですね」
「ああ、確かに。しまったな。どうも皆危機感がないから、つい気が緩んじゃって」
「……その新人種を見つけたら、どうするんですか」
「勿論、すぐに射殺するよ。だから安心して」
綿貫のほうを振り返らなかったが、彼が笑みを浮かべていることは想像がついた。
小毬は何も返事はせずに、勝手口から施設へと入った。
東堂から逃れたのはいいが、時間をつぶす場所もなければ本を借りることもできなかったので、結局今日も樹塚城近くの小屋まで足を運んでみた。
数日前に小毬が訪れて以降、誰かが来た形跡はなかった。
小毬は自作の椅子に座り、新人種について考えることに時間を費やしたが、答えらしい答えは出ていない。というよりも、自分が一体どんな答えを求めているのか、何について知りたいのかもわからない。ただ漠然と新人種について、そしてあの青年について考えている自分がいた。
施設の庭は公園となっており、昼間は門が解放されている。地元の子どもたちの遊び場の一つとなっており、今日も多くの子どもの姿があった。半分は施設の子どもだが、あとの半分は地元の子どもたちだ。
(こんな時間なのに、帰らなくていいのかな)
ここにいる子どもたちは、大体小学校二、三年生ほどだろう。
注意する勇気も教えてやる親切心もない小毬は、子どもたちを横目に施設の母屋へ向かう。
ふと、施設の正面玄関が開いた。
現れたのは、綿貫誠次という青年だった。さっぱりとした短い黒髪と精悍な顔つき、そして小毬より頭三つ分も高い身長を持っている。
彼はきびきびと無駄のない動きで数歩歩き、辺りを見回したのち、声を張り上げた。
「おい、そろそろ帰れよ! 親御さんが心配するぞ!」
よく通る声音は、子どもたちにちゃんと届いたようだ。それぞれが施設の壁にかかっている時計を見上げ、ひとりまたひとりと帰っていった。施設の子どもたちも、正面玄関ではなく勝手口のほうへ移動しはじめる。
「充分気を付けて帰れよ!」
施設外へ出て行く子どもたちが、ひらひらと綿貫に手を振った。
(さすが、綿貫さん)
世話焼きのお兄さん、という印象がある彼は、施設の職員でもなければここの卒業生でもない。小毬より一つ年下の、未来という少女の面会者だ。
綿貫は二か月に一度ほどの間隔で、この施設へ来る。未来だけではなくほかの子どもたちにも親切で、彼に懐いている子どもも多かった。
「おかえり、小毬ちゃん」
いつの間にか子どもたちの背中を目で追い駆けていた小毬は、我に返るように振り返った。
綿貫がにこやかにこっちを見ている。
「……ただいま帰りました」
「うん。遅かったね」
小毬は教師が苦手なように、大人そのものも苦手である。それは綿貫誠次が相手でも変わらない。何かをされたわけではないが、それは小毬が彼と深く関わってこなかったからだ。もっとたくさんの言葉を交わし、自分のことを話し、何かしら多く関わるようになれば、彼も小毬を鬱陶しく思うに決まっている。
小さく頭を下げて、勝手口のほうへ足早に移動する。
「無事に帰ってきてくれてよかった。今、この辺りに緊急警戒警報が出てるんだ。とても危険な状態なんだよ」
(危険?)
どういう意味だろう。そもそも、いつの間にそんな警報が出たのか。学校を出た際は、警報など出ていなかったはずなのに。
それに、緊急警戒警報というのはおもに災害の際に発令されるものであって、今日のような晴天の日には無縁の出来事である。
気にはなったが、関係のないことだ。足を止めずに綿貫の前を通り過ぎる。綿貫はそんな小毬に対して、言葉を続けた。
「近くで、新人種の目撃情報があった。かなりの信憑性がある情報だよ。だから、しばらく外には出ないほうがいい。あんまり帰宅が遅かったら、迎えにいくつもりだったんだから」
息を呑む。それに気づかれまいと平然を装い、子どもたちが通ったまま開きっぱなしになっている勝手口に手をかけた。
「それは、この辺りなんですか」
「うん。まぁでも、少し離れた場所だから大丈夫だとは思うけど」
「あの子たち送ってあげればよかったですね」
「ああ、確かに。しまったな。どうも皆危機感がないから、つい気が緩んじゃって」
「……その新人種を見つけたら、どうするんですか」
「勿論、すぐに射殺するよ。だから安心して」
綿貫のほうを振り返らなかったが、彼が笑みを浮かべていることは想像がついた。
小毬は何も返事はせずに、勝手口から施設へと入った。
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