新人種の娘

如月あこ

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第一章 新たな世界へ

2、

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 パンと牛乳を食べ終えた青年の黒いシャツを脱がせて、ガーゼを変える。青年の背中は、顔と同様に肌が透けて皮下組織が見えていた。背中だけではない。手や足など、見える範囲すべての肌が、透明色をしているのだ。
 肌が透けていることも不思議だが、そのことを凌駕する驚きがあった。
 それは、怪我の治癒具合である。
 青年が小屋で倒れているのを発見してから、五日が過ぎた。
 まだ、たったの五日である。
 出会った日は腕を動かすのも苦労していたのに、今では座って食事ができ、銃痕のような傷はすでに治りつつあった。小毬のような小娘が出来る手当てなど限られているのに、この回復力は異常である。
 あと数日も経たないうちに、怪我は完治するだろう。
 いや。もしかすると、小毬が思っていたほど怪我は酷くなかったのかもしれない。
 ガーゼを変え終えると、青年が自分で服を着る。長袖の黒いシャツだ。血でベトベトだったので三日ほど前に小毬が洗っておいた。よって、今はさほど汚れていない。
「ありがとう」
 ふいに、青年が言った。
 小毬は顔をあげて、首を横にふる。
「私がしたいだけだから」
「きみの本意がどうあれ、私は助かったのだから礼を言う」
「そう」
 青年のいう理屈は、いまいち理解できなかった。小毬が押しつけているに等しい状況なのに、青年が礼を言うなんて。
 けれど、ありがとうと言われて悪い気はしなかった。
「私は、今夜ここを去る」
 唐突だった。
 弾かれるようにして顔をあげる。
「でも、怪我がまだ」
「もう動ける。それに私と関わらないほうがいい。きみも、共犯になってしまう」
「共犯って、なにが」
「私は『新人種』だ」
 新人種。
 初めて聞く言葉に、小毬は首を傾げる。
 青年は苦笑を貼りつけ、そのまま黙り込んでしまう。
 よくわからないが、この青年がここを去るということは理解できた。もう小毬が一方的に世話をする必要はないのだ。少しだけ寂しいと思ってしまう気持ちに気づかないふりをする。
「じゃあ、今日でさようならだね」
「ああ」
「……そんなに急がなくてもいいのに」
「人を探してるんだ。早く見つけて、故郷へ帰ろうと思っている」
 彼には彼の事情があるらしい。小毬が口を出すことではないので、そう、とだけ答えておいた。
 今日の食料を渡した。ガーゼも変えた。青年はもう、自力で起き上がることができる。
 小毬は、鞄を持つと立ち上がった。
「それじゃあ、帰るから。元気でね」
「本当にありがとう」
 青年に背を向けて、山を下りた。
 どうして小毬は、青年を助けようと思ったのだろう。大切な秘密基地で人が死ぬのが嫌だったのだろうか。それとも、見殺しにしてしまうという罪悪感を覚えたのだろうか。
 どちらでもいいと思った。
 青年は回復し、小毬もお小遣いこそ底をついたが、それなりに満足している。
 もう、あの青年と会うこともないだろう。
(これで、いい)
 またもとの日々に戻るだけ。
 それだけの、ことだ。
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