4 / 66
第一章 新たな世界へ
2、
しおりを挟む
パンと牛乳を食べ終えた青年の黒いシャツを脱がせて、ガーゼを変える。青年の背中は、顔と同様に肌が透けて皮下組織が見えていた。背中だけではない。手や足など、見える範囲すべての肌が、透明色をしているのだ。
肌が透けていることも不思議だが、そのことを凌駕する驚きがあった。
それは、怪我の治癒具合である。
青年が小屋で倒れているのを発見してから、五日が過ぎた。
まだ、たったの五日である。
出会った日は腕を動かすのも苦労していたのに、今では座って食事ができ、銃痕のような傷はすでに治りつつあった。小毬のような小娘が出来る手当てなど限られているのに、この回復力は異常である。
あと数日も経たないうちに、怪我は完治するだろう。
いや。もしかすると、小毬が思っていたほど怪我は酷くなかったのかもしれない。
ガーゼを変え終えると、青年が自分で服を着る。長袖の黒いシャツだ。血でベトベトだったので三日ほど前に小毬が洗っておいた。よって、今はさほど汚れていない。
「ありがとう」
ふいに、青年が言った。
小毬は顔をあげて、首を横にふる。
「私がしたいだけだから」
「きみの本意がどうあれ、私は助かったのだから礼を言う」
「そう」
青年のいう理屈は、いまいち理解できなかった。小毬が押しつけているに等しい状況なのに、青年が礼を言うなんて。
けれど、ありがとうと言われて悪い気はしなかった。
「私は、今夜ここを去る」
唐突だった。
弾かれるようにして顔をあげる。
「でも、怪我がまだ」
「もう動ける。それに私と関わらないほうがいい。きみも、共犯になってしまう」
「共犯って、なにが」
「私は『新人種』だ」
新人種。
初めて聞く言葉に、小毬は首を傾げる。
青年は苦笑を貼りつけ、そのまま黙り込んでしまう。
よくわからないが、この青年がここを去るということは理解できた。もう小毬が一方的に世話をする必要はないのだ。少しだけ寂しいと思ってしまう気持ちに気づかないふりをする。
「じゃあ、今日でさようならだね」
「ああ」
「……そんなに急がなくてもいいのに」
「人を探してるんだ。早く見つけて、故郷へ帰ろうと思っている」
彼には彼の事情があるらしい。小毬が口を出すことではないので、そう、とだけ答えておいた。
今日の食料を渡した。ガーゼも変えた。青年はもう、自力で起き上がることができる。
小毬は、鞄を持つと立ち上がった。
「それじゃあ、帰るから。元気でね」
「本当にありがとう」
青年に背を向けて、山を下りた。
どうして小毬は、青年を助けようと思ったのだろう。大切な秘密基地で人が死ぬのが嫌だったのだろうか。それとも、見殺しにしてしまうという罪悪感を覚えたのだろうか。
どちらでもいいと思った。
青年は回復し、小毬もお小遣いこそ底をついたが、それなりに満足している。
もう、あの青年と会うこともないだろう。
(これで、いい)
またもとの日々に戻るだけ。
それだけの、ことだ。
肌が透けていることも不思議だが、そのことを凌駕する驚きがあった。
それは、怪我の治癒具合である。
青年が小屋で倒れているのを発見してから、五日が過ぎた。
まだ、たったの五日である。
出会った日は腕を動かすのも苦労していたのに、今では座って食事ができ、銃痕のような傷はすでに治りつつあった。小毬のような小娘が出来る手当てなど限られているのに、この回復力は異常である。
あと数日も経たないうちに、怪我は完治するだろう。
いや。もしかすると、小毬が思っていたほど怪我は酷くなかったのかもしれない。
ガーゼを変え終えると、青年が自分で服を着る。長袖の黒いシャツだ。血でベトベトだったので三日ほど前に小毬が洗っておいた。よって、今はさほど汚れていない。
「ありがとう」
ふいに、青年が言った。
小毬は顔をあげて、首を横にふる。
「私がしたいだけだから」
「きみの本意がどうあれ、私は助かったのだから礼を言う」
「そう」
青年のいう理屈は、いまいち理解できなかった。小毬が押しつけているに等しい状況なのに、青年が礼を言うなんて。
けれど、ありがとうと言われて悪い気はしなかった。
「私は、今夜ここを去る」
唐突だった。
弾かれるようにして顔をあげる。
「でも、怪我がまだ」
「もう動ける。それに私と関わらないほうがいい。きみも、共犯になってしまう」
「共犯って、なにが」
「私は『新人種』だ」
新人種。
初めて聞く言葉に、小毬は首を傾げる。
青年は苦笑を貼りつけ、そのまま黙り込んでしまう。
よくわからないが、この青年がここを去るということは理解できた。もう小毬が一方的に世話をする必要はないのだ。少しだけ寂しいと思ってしまう気持ちに気づかないふりをする。
「じゃあ、今日でさようならだね」
「ああ」
「……そんなに急がなくてもいいのに」
「人を探してるんだ。早く見つけて、故郷へ帰ろうと思っている」
彼には彼の事情があるらしい。小毬が口を出すことではないので、そう、とだけ答えておいた。
今日の食料を渡した。ガーゼも変えた。青年はもう、自力で起き上がることができる。
小毬は、鞄を持つと立ち上がった。
「それじゃあ、帰るから。元気でね」
「本当にありがとう」
青年に背を向けて、山を下りた。
どうして小毬は、青年を助けようと思ったのだろう。大切な秘密基地で人が死ぬのが嫌だったのだろうか。それとも、見殺しにしてしまうという罪悪感を覚えたのだろうか。
どちらでもいいと思った。
青年は回復し、小毬もお小遣いこそ底をついたが、それなりに満足している。
もう、あの青年と会うこともないだろう。
(これで、いい)
またもとの日々に戻るだけ。
それだけの、ことだ。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
カクテルの紡ぐ恋歌(うた)
弦巻耀
ライト文芸
鈴置美紗が「あの人」と出会ったのは、国家公務員になって三年目の初夏。異動先で新たな一歩を踏み出した美紗は仕事中に問題を起こし、それが、二十歳も年上の自衛官との許されぬ恋の始まりとなる……。
中央官庁の某機関という特殊な職場を舞台に、運命のパズルピースがひとつ揃うたびに、真面目に生きてきたはずの二人が一歩ずつ不適切な関係へと導かれていく様を、「カクテル言葉」と共にゆっくり描いてまいります。
この物語はフィクションです。実在する人物及び団体とは一切関係ありません。本文中に登場する組織名について、防衛省と自衛隊各幕僚監部以外はすべて架空のものです(話の主要舞台に似た実在機関がありますが、組織構成や建物配置などの設定はリアルとは大きく変えています)。
作者が酒好きなためお酒を絡めた話になっていますが、バーよりは職場のシーンのほうがかなり多いです。主人公が恋する相手は、若いバーテンダーではなく、二十歳年上の渋い系おじさんです(念のため)。
この物語は、社会倫理に反する行為を容認・推奨するものではありません。
本文に登場するカクテルに関しては、
・Coctail 15番地 監修『カクテルの図鑑』マイナビ出版, 2013, 208p
・KWHR様のサイト「カクテル言葉」
などを参考にいたしました。
職場に関する描写については、防衛省・自衛隊公式ページ(http://www.mod.go.jp/)、その他関連ウェブサイトを参考にしています。
(他サイトにも投稿しています。こちらはR15以上R18未満の内容を含むオリジナル版を挿絵付きで通しで掲載しております)
その後の愛すべき不思議な家族
桐条京介
ライト文芸
血の繋がらない3人が様々な困難を乗り越え、家族としての絆を紡いだ本編【愛すべき不思議な家族】の続編となります。【小説家になろうで200万PV】
ひとつの家族となった3人に、引き続き様々な出来事や苦悩、幸せな日常が訪れ、それらを経て、より確かな家族へと至っていく過程を書いています。
少女が大人になり、大人も年齢を重ね、世代を交代していく中で変わっていくもの、変わらないものを見ていただければと思います。
※この作品は小説家になろう及び他のサイトとの重複投稿作品です。
余命百日の僕は庭で死ぬ
つきの麻友
ライト文芸
とある田舎の小さな観光地で古民家でカフェを営んでいる主人公は、少し前に出会ったお菓子屋さんの女性に恋をしていた。
しかし、毎朝カフェに洋菓子を届けてくれる彼女と二人っきりの時間を大切にしたい主人公は、告白もしないでその空間を楽しんでいた。
永遠に続くと思っていた幸せの時間は、周りの人々によって永遠ではないことを改めて思うことに。
ただ、その変化によって主人公は彼女に対する気持ちが抑えきれず、告白をしようと決心する。
しかし、彼女には誰にも言えない過去があった。
主人公の告白によって、二人の状況は大きく変化していくのだが。
【完結】立ち上がって、歩く
葦家 ゆかり
ライト文芸
私は大学を卒業し、理学療法士として高齢者施設で働き始めた。家に帰るという目標を果たせずに亡くなった女性、障害を負った自分に苛立ちを抑えきれない男性……様々な患者と出会い、葛藤を抱えながらも日々を過ごす。
恋人は自分より給料は安いけれど、意欲を持ってリハビリの仕事をしている先輩。しかし二人の間にはズレが生じてきて……?
仕事に恋愛に友情に、懸命に生きる女の子の物語です。
便箋小町
藤 光一
ライト文芸
この世には、俄かには信じ難いものも存在している。
妖怪、悪魔、都市伝説・・・。
それらを総じて、人々は“オカルト”と呼んでいるが、
そう呼ばない者達も居る。
時に、便箋小町という店を知っているだろうか。
今で云うところの運び屋であるのだが、ただの配達業者ではない。
高校卒業後、十九歳になった垂イサムは、
この便箋小町に入社して3ヶ月になる新入社員。
ただの人間である彼は、飛川コマチ率いるこの店で
俄かには信じ難い不思議な物語の道を歩む事となる。
きみと最初で最後の奇妙な共同生活
美和優希
ライト文芸
クラスメイトで男友達の健太郎を亡くした数日後。中学二年生の千夏が自室の姿見を見ると、自分自身の姿でなく健太郎の姿が鏡に映っていることに気づく。
どうやら、どういうわけか健太郎の魂が千夏の身体に入り込んでしまっているようだった。
この日から千夏は千夏の身体を通して、健太郎と奇妙な共同生活を送ることになるが、苦労も生じる反面、健太郎と過ごすにつれてお互いに今まで気づかなかった大切なものに気づいていって……。
旧タイトル:『きみと過ごした最後の時間』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※初回公開・完結*2016.08.07(他サイト)
*表紙画像は写真AC(makieni様)のフリー素材に文字入れをして使わせていただいてます。
放課後のタルトタタン~穢れた処女と虚ろの神様~
戸松秋茄子
ライト文芸
「なあ知ってるか、心臓の取り出し方」
三学期最初の朝だった。転校生の市川知佳は、通学路で拾ったりんごに導かれるようにして、学校の屋上に足を踏み入れる。
そこで待っていたのは、冷たい雨と寂しげな童謡、そして戦時中に変死体で発見された女学生の怨霊にして祟り神「りんご様」で――
そしてはじまる、少し奇妙な学園生活。徐々に暴かれる、知佳の暗い過去。「りんご様」の真実――
日常と非日常が交錯する、境界線上のガールミーツガール開幕。
毎日12,21時更新。カクヨムで公開しているものの改稿版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる