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第一章 新たな世界へ
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樹塚町には、小さなスーパーマーケットが二件ある。それぞれ東西に一軒ずつ。東丁にある店のほうがやや大きく、文房具などを揃える際にはそちらを使う。
学校帰り、小毬は東丁のスーパーに寄った。
なけなしのお小遣いで、ジャムパンとパックの牛乳を買う。
「小毬ちゃん、最近よくお腹が減るのねぇ」
店番をしている小太りの年配女性が、微笑みながら言う。小毬は、「ええ、まぁ」と曖昧に頷いて、そそくさと逃げるように店を出た。
鞄に購入した食べ物を押し込み、じりじりと肌を焼く陽光に耐えながら樹塚城跡近くの小屋を目指す。
(明日からは、学食でおにぎりを買ってこよう)
購買部にはパンが売っていないために、持ち帰る食料となると菓子類かおにぎりになる。この季節、おにぎりは具が腐るかもしれないと敬遠していたが、地元のスーパーで繰り返し買い物をするのもそろそろ限界だろう。
(梅干しにすれば、腐らないかもしれないし。たぶん)
そんなことを考えながら、通い慣れた山道を歩く。何度登っても、滝のように流れる汗は抑えられない。
流れた汗をそっとぬぐう。
暑い。早く小屋まで行き、「彼」に会おう。
コンクリートで舗装された道を途中で逸れて、小屋のほうへ進行方向を変える。ここまでくると、あとはうっすらと地面が見える獣道を歩いていくだけだ。
不思議とこの獣道だけは、何年経っても消えることはない。きっと、実際に多くの獣がこの細道を利用しているのだろう。
もう少しだ、と微笑みながら、ふと、この場所に初めて来た日を思い出す。
小学校低学年のころだった。
クラスメートや担任とのぎくしゃくとした関係に辟易し、どこか遠いところへ行きたいと、この山を登ったのだ。そして泣きながらひたすら歩き、その果てにたどり着いたのがこれから行くボロ小屋である。
あのころはまだ幼く、とてつもなく遠くまで来た気がした。なのに、高校生になった今ならば、一時間もかけずに小屋まで行けるのだから、小毬も成長したものだ。
そんな辛く懐かしい想い出も、小屋が見えると思考から抜けていった。
ひょっこり顔を覗かせれば、緑の髪の青年が半身を起こして木材に凭れている姿が目にはいる。
青年は足音で小毬の訪問を予想していたようで、小毬の顔を見ると苦笑を浮かべた。
目の下にはくっきりとした隈があり、こけた頬といい、彼のまとう雰囲気は壮絶で病的でもある。しかし彼いわく、病的な見目は本来の姿であって、怪我が原因というわけではないらしい。
小毬は青年の傍に寄ると、鞄を地面に置いた。
「起きて大丈夫なの?」
「ああ。今日も来たのか」
「うん。ご飯、買ってきたから食べて」
パンと牛乳を取りだして、青年に渡す。青年は遠慮がちに受け取ると、「ありがとう」と礼を言ってパンの封をひらいた。
「まだ学生だろう。金は大丈夫なのか」
「平気」
「無理はしなくていい。私は、何も食べなくても死なない」
青年はそう言いながらも、パンにかぶりついた。
その言葉の根拠はどこからくるのか問い詰めたい衝動に駆られたが、ただの強がりだと思うことにした。
「食べたら怪我を見るから、服を脱いで。ガーゼを取り変えるから」
「ガーゼも高価だろう」
「平気だってば。ひと箱に結構入ってるし」
青年の怪我は、血の量のわりに小さかった。小さいというよりも、まるで撃たれたかのような、深くえぐれた痕がある。
やはり、山道を歩いているときに獣と間違えて撃たれたのだろうが、その辺りの事情は詳しく聞いていない。
なぜ樹塚町へ来たのか、なぜ肌が透けているのか、なぜ怪我を負ったのか、なんという名前なのか。
青年に関する情報の一切を、小毬は問わなかった。青年も自分から話すことはせずに、小毬のことも聞いてこない。
人付き合いが得意ではない小毬からすると、お互い最低限のことしか関与しないこの関係は、心地がよかった。
学校帰り、小毬は東丁のスーパーに寄った。
なけなしのお小遣いで、ジャムパンとパックの牛乳を買う。
「小毬ちゃん、最近よくお腹が減るのねぇ」
店番をしている小太りの年配女性が、微笑みながら言う。小毬は、「ええ、まぁ」と曖昧に頷いて、そそくさと逃げるように店を出た。
鞄に購入した食べ物を押し込み、じりじりと肌を焼く陽光に耐えながら樹塚城跡近くの小屋を目指す。
(明日からは、学食でおにぎりを買ってこよう)
購買部にはパンが売っていないために、持ち帰る食料となると菓子類かおにぎりになる。この季節、おにぎりは具が腐るかもしれないと敬遠していたが、地元のスーパーで繰り返し買い物をするのもそろそろ限界だろう。
(梅干しにすれば、腐らないかもしれないし。たぶん)
そんなことを考えながら、通い慣れた山道を歩く。何度登っても、滝のように流れる汗は抑えられない。
流れた汗をそっとぬぐう。
暑い。早く小屋まで行き、「彼」に会おう。
コンクリートで舗装された道を途中で逸れて、小屋のほうへ進行方向を変える。ここまでくると、あとはうっすらと地面が見える獣道を歩いていくだけだ。
不思議とこの獣道だけは、何年経っても消えることはない。きっと、実際に多くの獣がこの細道を利用しているのだろう。
もう少しだ、と微笑みながら、ふと、この場所に初めて来た日を思い出す。
小学校低学年のころだった。
クラスメートや担任とのぎくしゃくとした関係に辟易し、どこか遠いところへ行きたいと、この山を登ったのだ。そして泣きながらひたすら歩き、その果てにたどり着いたのがこれから行くボロ小屋である。
あのころはまだ幼く、とてつもなく遠くまで来た気がした。なのに、高校生になった今ならば、一時間もかけずに小屋まで行けるのだから、小毬も成長したものだ。
そんな辛く懐かしい想い出も、小屋が見えると思考から抜けていった。
ひょっこり顔を覗かせれば、緑の髪の青年が半身を起こして木材に凭れている姿が目にはいる。
青年は足音で小毬の訪問を予想していたようで、小毬の顔を見ると苦笑を浮かべた。
目の下にはくっきりとした隈があり、こけた頬といい、彼のまとう雰囲気は壮絶で病的でもある。しかし彼いわく、病的な見目は本来の姿であって、怪我が原因というわけではないらしい。
小毬は青年の傍に寄ると、鞄を地面に置いた。
「起きて大丈夫なの?」
「ああ。今日も来たのか」
「うん。ご飯、買ってきたから食べて」
パンと牛乳を取りだして、青年に渡す。青年は遠慮がちに受け取ると、「ありがとう」と礼を言ってパンの封をひらいた。
「まだ学生だろう。金は大丈夫なのか」
「平気」
「無理はしなくていい。私は、何も食べなくても死なない」
青年はそう言いながらも、パンにかぶりついた。
その言葉の根拠はどこからくるのか問い詰めたい衝動に駆られたが、ただの強がりだと思うことにした。
「食べたら怪我を見るから、服を脱いで。ガーゼを取り変えるから」
「ガーゼも高価だろう」
「平気だってば。ひと箱に結構入ってるし」
青年の怪我は、血の量のわりに小さかった。小さいというよりも、まるで撃たれたかのような、深くえぐれた痕がある。
やはり、山道を歩いているときに獣と間違えて撃たれたのだろうが、その辺りの事情は詳しく聞いていない。
なぜ樹塚町へ来たのか、なぜ肌が透けているのか、なぜ怪我を負ったのか、なんという名前なのか。
青年に関する情報の一切を、小毬は問わなかった。青年も自分から話すことはせずに、小毬のことも聞いてこない。
人付き合いが得意ではない小毬からすると、お互い最低限のことしか関与しないこの関係は、心地がよかった。
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