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第四章 隠された真実
7-1、
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地下の階段は踏み固めてあり、土に足をとられることはなかった。両側は土壁がむき出しになっていて、少し触れてしまうと、ぽろっと土が崩れて、私を怯えさせた。
「ぎゃっ」
三度目の、壁に肘が当たって壁が崩れた音に、飛び上がったとき。
「大丈夫か」
姫島屋先生が足を止めて振り返り、手を差し出した。
姫島屋先生が前を歩いているので、少しだけ見下ろす姿勢になる。いつも見上げる私からすると、新鮮だった。
私は差し出された手をじっと見て、ぽかんと口を半分ほど開いて立ち止まる。我ながら情けない顔をしているだろう。
「え、え、大丈夫ですっ」
「きみはすぐに危ない真似をする」
「今はどっちかというと、先生のほうが率先してるような」
姫島屋先生は眉間の皴を深くして、私の隣まで階段を上ってくると、手をつないだ。
当たり前だが、姫島屋先生が両手を合わせたのではない。私の手を、すくうように持って、指を絡めたのだ。恋人繋ぎというやつだ。
ぎりぎりふたり並んで歩ける階段は、自然と二人の距離を近くしてくれる。
触れた手の暖かさと、時折ぶつかる肩や肘が、妙にドキドキした。
先生の手って、硬い。でも暖かい。そんでもって、大きくて、触り心地がいい。
はじめて、手を繋いだ。デートとか、そういう甘いシチュエーションではないけれど、距離が縮まった気がして、こんなときなのに嬉しいと思ってしまう。
姫島屋先生が歩き始めると、引っ張られるように私も歩き始めた。
「空閑と何を話していた?」
唐突な質問に、え、と顔をあげる。
「さっき、歩いているとき」
「あ、はい。ちょっと落ち込んでたんですけど、空閑くんが嬉しいことを言ってくれたんです。私の真っ直ぐさを尊敬してるって。無邪気に慕ってくれる生徒がいると、嬉しいですね」
「落ち込んでいるのか?」
「まぁ、少し」
「……私のせいか」
「いえ、違います。私がほら、こんなだから、もうちょっと頑張らなきゃって思っただけで」
「よくわからないが、きみは十分頑張っているだろう」
「まぁ、仕事面では。私が落ち込んでるのは、私生活です。化粧っけもないし、服もお洒落じゃないし、家事も適当。もっと女子力を磨かないとって、反省してたんです」
自分で言っていて悲しくなる。
その悲しみが、暗い階段を下りる恐怖を打ち消してくれるのだから、話題としてはちょうどいいのかもしれないけれど。胸が痛む。
「そのままでいいだろう。めかして、誰に見せるつもりなんだ」
「先生です。可愛い姿をみてほしいじゃないですか。まぁ、もとがもとなので、限度がありますけど」
「そのままでいい」
言葉を飲み込む。
思い出したくない記憶が引っ張られてフラッシュバックをしたせいで、悲鳴をあげたくなった。
誰だって、付き合い始めたときは、そういうのだ。
そのままでいい。
けれど、そんな言葉は嘘で、時間が経つと「あれが嫌だ」「あれはこうだろ」「それはああしろ」色々と、文句をいう。ある程度は人間なのだし、当然だろう。けれど、よいと言っていたはずのことまで、否定されたら、今までのすべてが嘘になってしまう気がしてしまう。
「……きみは、私が何をすれば幻滅する?」
「え?」
唐突な質問に、顔をあげる。
「きみは私を学生時代から好きだと言ったが、きみの感情は田中真理亜がきみに抱いているような、思春期特融の独占欲だと思っている。自分が特別だと思わせる存在の傍にいることで、自分の価値を見出しているんだ。だから、きみのそれは、恋ではないのかもしれない」
「……どういう」
「だから、あえてきく。きみは、私が何をすれば幻滅する?」
頭がくらくらした。繋いだ手が、小さく震える。
今の言葉は、私の恋心を否定したということ。
「ぎゃっ」
三度目の、壁に肘が当たって壁が崩れた音に、飛び上がったとき。
「大丈夫か」
姫島屋先生が足を止めて振り返り、手を差し出した。
姫島屋先生が前を歩いているので、少しだけ見下ろす姿勢になる。いつも見上げる私からすると、新鮮だった。
私は差し出された手をじっと見て、ぽかんと口を半分ほど開いて立ち止まる。我ながら情けない顔をしているだろう。
「え、え、大丈夫ですっ」
「きみはすぐに危ない真似をする」
「今はどっちかというと、先生のほうが率先してるような」
姫島屋先生は眉間の皴を深くして、私の隣まで階段を上ってくると、手をつないだ。
当たり前だが、姫島屋先生が両手を合わせたのではない。私の手を、すくうように持って、指を絡めたのだ。恋人繋ぎというやつだ。
ぎりぎりふたり並んで歩ける階段は、自然と二人の距離を近くしてくれる。
触れた手の暖かさと、時折ぶつかる肩や肘が、妙にドキドキした。
先生の手って、硬い。でも暖かい。そんでもって、大きくて、触り心地がいい。
はじめて、手を繋いだ。デートとか、そういう甘いシチュエーションではないけれど、距離が縮まった気がして、こんなときなのに嬉しいと思ってしまう。
姫島屋先生が歩き始めると、引っ張られるように私も歩き始めた。
「空閑と何を話していた?」
唐突な質問に、え、と顔をあげる。
「さっき、歩いているとき」
「あ、はい。ちょっと落ち込んでたんですけど、空閑くんが嬉しいことを言ってくれたんです。私の真っ直ぐさを尊敬してるって。無邪気に慕ってくれる生徒がいると、嬉しいですね」
「落ち込んでいるのか?」
「まぁ、少し」
「……私のせいか」
「いえ、違います。私がほら、こんなだから、もうちょっと頑張らなきゃって思っただけで」
「よくわからないが、きみは十分頑張っているだろう」
「まぁ、仕事面では。私が落ち込んでるのは、私生活です。化粧っけもないし、服もお洒落じゃないし、家事も適当。もっと女子力を磨かないとって、反省してたんです」
自分で言っていて悲しくなる。
その悲しみが、暗い階段を下りる恐怖を打ち消してくれるのだから、話題としてはちょうどいいのかもしれないけれど。胸が痛む。
「そのままでいいだろう。めかして、誰に見せるつもりなんだ」
「先生です。可愛い姿をみてほしいじゃないですか。まぁ、もとがもとなので、限度がありますけど」
「そのままでいい」
言葉を飲み込む。
思い出したくない記憶が引っ張られてフラッシュバックをしたせいで、悲鳴をあげたくなった。
誰だって、付き合い始めたときは、そういうのだ。
そのままでいい。
けれど、そんな言葉は嘘で、時間が経つと「あれが嫌だ」「あれはこうだろ」「それはああしろ」色々と、文句をいう。ある程度は人間なのだし、当然だろう。けれど、よいと言っていたはずのことまで、否定されたら、今までのすべてが嘘になってしまう気がしてしまう。
「……きみは、私が何をすれば幻滅する?」
「え?」
唐突な質問に、顔をあげる。
「きみは私を学生時代から好きだと言ったが、きみの感情は田中真理亜がきみに抱いているような、思春期特融の独占欲だと思っている。自分が特別だと思わせる存在の傍にいることで、自分の価値を見出しているんだ。だから、きみのそれは、恋ではないのかもしれない」
「……どういう」
「だから、あえてきく。きみは、私が何をすれば幻滅する?」
頭がくらくらした。繋いだ手が、小さく震える。
今の言葉は、私の恋心を否定したということ。
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