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第三章 3、渡月は大体斜め上をいく

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 おばあ様の表情も、雰囲気も、揶揄するようなものではないし、私と先生が交際しているのだろうと決めつけるものでもない。
 少なくとも私は先生と恋人同士ではないし、それを、おばあ様も理解なさっているように思う。そのうえで、先生を「やるなぁ」と言う。
「まどかちゃん、渡月ちゃんのこと気に入っとるんね。渡月ちゃんは、まどかちゃんをどう思っとるん?」
 よいしょ、とおばあ様はお盆を持つ。
 湯気のたつ湯呑がみっつ、お盆に乗っかっていた。
 私は、先生をどう思っているのか。私にとって、先生はどんな存在なのか。正直、哲学的なことはよくわからないけれど。
「……大切にしたい、方です」
 思ったままを、告げた。気持ちを言葉にすることはとても難しいのだと、知る。
 おばあ様はにこやかなまま、言葉を告げた。
「つつき回したってな」
「え?」
「あの子、内気やかんね。あんまりしゃべらんし。渡月ちゃんから、いっぱい突いたって」
「せ、先生は、沢山話してくださいますよっ」
「うふふふ、惚気られたわー」
 おばあ様は、コタツへ向かって歩いていく。なぜおばあ様がそんなふうに返してくるのかわからない、私がいつ惚気たのだろうか。
 おばあ様の、背中を見て思う。
 背中は小さいけれど、存在はとても大きい。
 そして、とても美しい人だ。全く違うのに、竹中さんと同じ輝きをもっている。……この矛盾が知りたい。
 コタツに湯呑を置いたおばあ様は、また、よいしょ、と言いながらコタツに足をいれた。
「なんや、同棲しとるんやて?」
 ごふっ、と湯呑を持ったまま茶を吹いたのは、おじい様だった。
「なんだとっ。嫁入り前の娘さんとか!」
「おじいさん、古いわぁ。今時、普通なんよ」
「娘さん、こんな不精な孫でいいんか。顔に騙されとらんか」
 おじい様の視線が、私へ向く。コタツに座り直して、改めておじい様を見た。全体的に、痩せているおじい様は、年齢不詳だった。皴はおばあ様よりも多くて、無表情。だが、瞳に宿る光は強く、私を見る目は、心配と同時に不信感を抱いている。
 私、やっぱり信用されてないんだ。
 そう思うと、少しおかしかった。こんなふうに、人様のお宅にお邪魔するのは初めてなのに、不信に見られることを「やっぱり」と思うなんて。そしてそれが、不快ではないことも、不思議だった。
 先生に出会うまで、高校時代から特に、人の感情に敏感になりすぎていた。他者からの心のない上辺だけの言葉にさえ、嫌悪していたのに。
 こうして、露骨な不信感がこもる言葉を向けられても、かつてのような不満や自己嫌悪は覚えない。
「おじいさん、やめてください」
 先生が、抑揚のない声で言った。
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