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第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている

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 それから、全部のおみくじを外しそうな勢いの先生を強引に氷室神社から連れ出し、次の目的地である大仏殿へ向かって歩いた。その道中、先ほど見た女性について、話した。
「奇妙だと思いませんか」
「そうだな。きみに、女子高生に、さっきの集団。何人もの相手に道を尋ねて回っているのは、確かにおかしい。ということは、女性の目的は、道を知ることじゃないのかもしれないな。一日で行われたことではなく、日をまたいでいる辺りも関係しているのだろうか」
「先生でもわからないんですか?」
 それはこういうことさ、と鼻高々と語るかと思いきや、私でも考え付くことを述べた先生が、ちょっとだけ残念だった。そんな私の気持ちを読み取ったのか、先生は憮然とする。
「私は私という個人であって、その女性ではない。そもそも探偵でも刑事でもないのだから、知らなくて当たり前だ。いいか、無知は恥ずかしいことではない。無知であることを望むことが――」
「よくわかりました」
「まだ途中だ!」
 最近の若いやつは、などとぶつぶつ一通り愚痴を言ったあと。大仏殿へ向かう石畳の途中、金剛力士像が見下ろす南大門を過ぎたあたりで、先生が、「そうだ」とつぶやいた。
「何か思惑がある、というよりも、病気なんじゃないか」
「病気、ですか」
「認知症とか。お前の専門分野だろう。若年性アルツハイマーとか、流行ってるそうじゃないか」
「流行ってるなんて言い方、不謹慎ですよ。それに、認知症は病気じゃありません」
「細かいことはいい。同じ行動を繰り返すのは、自覚がないのかもしれないだろう?」
「……それは、確かに」
「もしくは、相手が正しく説明できるか試して遊んでいるか、だな。ほかの原因は、私には思いつかない」
「それも、ありそうですね」
「……あるのか」
 冗談のつもりだったんだが、と付け足す先生が、大仏殿を眺めて、ほう、と息をついた。また悦に浸っている。神社仏閣の雰囲気は私も好きだが、先生は天性の芸術家なのだろう。具体的にどんな仕事をしているのか知らないけれど。
 春も終わる季節だが、大仏殿左手側の桜は、まだ少しだけ咲いていた。
「ここでは、ベンチで休憩をする」
「大仏、見ないんですか」
「金を払ってまで見るものじゃない」
「怒られますよ、そういうこと言うと」
 近くの人たちを見回すが、聞こえていないのか聞こえて無視しているのか、睨まれることはなかった。
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