上 下
33 / 128
第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている

5、

しおりを挟む
 橙色の鳥居をくぐるとき、先生は、ほう、と感嘆のため息をもらした。視線がぼうっとしており、鳥居全体を捉えているのがわかる。さらに、奥へ続く参道をも瞳に映し、また、ほう、と息をつく。
「この美しさを作品に落とせればいいんだが」
「ここに来たときにだけ得られる感動を、作品に落とし込むなんてできるんですか?」
 ふと、我にでも返ったように、先生は私を振り返った。夢から覚めたように、目を瞬いている。怒っている……わけではなさそうで、ほっと胸中で安堵した。また何か、怒らせるようなことを言ってしまったのかと思ったのだ。
「確かにその通りだ。ふむ、私は傲慢な発言をしたらしい。きみのような小娘に諭されるとは」
「そんなつもりはありません。……というか、その発言自体が、傲慢な気がするんですけど」
「特別に、氷みくじをおごってやろう。お守りは、人から貰うと効力があがるという話を聞いたことがある」
 おみくじの話なのに、お守りを例にあげる意味の分からなさには、あえてつっこまない。私は、そうですね、とまた、今日何度目かわからない、
 先生は砂利道を、文字通り石を踏みしめて歩いた。石段をのぼって、本殿へとたどり着く。春日大社のように、ただっぴろい神社ではなく、奥行きはあまりないようだ。正面に本殿があり、お決まりのお賽銭箱の前には、観光客らしき数人の男性が手を合わせていた。
 ふと。
 本殿の少し手前、通路の右側。両の手のひらほど大きさをした、長方形の氷が置いてあることに気が付いた。ゴミ箱のような鉄の置物に緑の敷物をしき、その上に氷が乗っているのだ。神社の賽銭箱のすぐ近くに、大きな氷が置かれているさまは、ある意味異質でもある。けれど、その異質さが面白くもあった。
「そこへ、おみくじをくっつけるんだ。すると、文字が浮かんでくる」
「無造作に置かれた感じ、結構好きかも」
 氷は、道の端に、特別な飾り物もなくただ置かれている。何かが奉られている感じも、雅さや風流な風情も、何もない。神聖な神社のなかに、どんと置かれた氷は、どうみてもただの氷だった。
「こういうのが好きなのか?」
「好き、というか、面白いです。一見異質なのに、場に溶け込んでいて、無駄に神格化されていない置き方が好ましいです。見て不愉快じゃない辺りも、好きかも」
「確かに、ないはずのものがあると、違和感や猜疑心、不安を抱くものだからな。そういう点では、確かに面白い」
 先生は、お賽銭箱に小銭を投げ込むと、二拍手一礼もせずに、背中を向けた。参拝に興味はないようで、まっすぐにおみくじが売っている方向へ歩いていく。
 あとをついていくと、先生におみくじをふるように言われた。先生がお金を払い、二人分の出た番号の紙をもらう。貰った紙は、つるつるとしており、そして、白紙の問題集のように、肝心な部分だけが抜けている。
 先生は、そのおみくじを氷にぺたりをはりつけた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

【完結】俺のセフレが幼なじみなんですが?

おもち
恋愛
アプリで知り合った女の子。初対面の彼女は予想より断然可愛かった。事前に取り決めていたとおり、2人は恋愛NGの都合の良い関係(セフレ)になる。何回か関係を続け、ある日、彼女の家まで送ると……、その家は、見覚えのある家だった。 『え、ここ、幼馴染の家なんだけど……?』 ※他サイトでも投稿しています。2サイト計60万PV作品です。

処理中です...