上 下
27 / 128
第一章 4、須藤先生は、たまに良いことを言う

8、

しおりを挟む
「どうだ?」
 いつの間に近づいたのか、すぐ隣から先生が立ったままのぞき込んできた。とっさに手のひらに包むように隠したが、しぶしぶ見せる。
「すみません、うまく出来なくて」
 ひょい、と手のひらから球体を取り上げた先生は、全体をくるくるとみては指を滑らせて感覚の確認をしている。この沈黙が、居たたまれない。
 やがて、先生はにやりと笑うと、椅子に腰を下ろした。
「初めてにしては、上出来だ」
「え」
 てっきりまた罵倒されると思っていたのに、と驚く私を見て、先生もなぜか驚いている。
「研磨を舐めるなよ。そう簡単にできるものか。磨いたのはこの一つか? 五段階まで終わったようだが」
「はい。でも、納得できなくて、もう少し削ろうと思ってました」
「一点もののハンドメイド作品は、妥協が許されない。素人ならばまだしも、私はプロでやっているし、B級品として販売することはない。だから、これでいい」
「できてないですよ。私」
「確かにこれは売り物には出来ない。だが、きみは二時間半をかけて、この一つを磨いた。残り十個以上あるにも関わらず」
「え。えっ、時間、そんなに経ってるんですか!」
 慌てて携帯電話を取り出して、時間を確認する。本当だ、もう完全に夜だった。いつもなら、帰宅している時間でもある。
「この時間経過を、時間配分だとか効率だとかで動けというやつは、私の補佐や助手にはいらない。納得いくまで一つを作る、そんな根気と集中力、こだわりが必要なんだ」
「私、帰らないと。すみません、続きは――明日、させてください。絶対に完成させます」
「ならば、次のレジンの研磨を頼む。これは完成で構わない」
「次、ですか」
 まだ磨いていない球体を見て、私は目をぱちぱちさせた。確かに、最初からやり直したほうが、覚えたコツを生かせるだろう。
「わかりました。絶対に、やらせてくださいよ」
 先生が、口元をゆがめた。柔らかい笑みを浮かべて、私が磨いたいびつな研磨の球体を指先でくるくると弄んでいる。
「やけに、研磨をやりたがるな。気に入ったか? これを赤子に見立てて、育てようとでもいうのか?」
 私は、休憩室の端に置いておいたリュックを背負いながら、先生の言葉に眉をひそめた。
 今日の選択授業で作ったかざぐるまがかさばって、鞄が不自然な形になってしまう。味気ない休憩室に花を添えるという意味で、ちゃぶ台に飾っておくか。
しおりを挟む

処理中です...