あなたの傍に置いて下さい ~医者と奴隷~

如月あこ

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第三章

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『なぁ、アイナ』

 師は、鼻を鳴らして天井を見上げた。
 やっと、諦めたらしい。どうやら師はアイナに看病されることが屈辱らしく、高齢だというのに、自分のことはなんでもしたがり、困っていたのだ。
 師が寝込むようになって、三日。ことあるごとに、師はアイナを家から追い出そうとした。自分の家に帰りな、と。
 アイナはのらりくらりかわしつつ、師の自宅に泊まり込んでいた。師の代わりに医者としての仕事もこなし、暇を見つけては師の様子を見にくる、そんな日々が続いており――これからも続くのだと、アイナは思っていた。
 口は悪いが腕の良い師は、まだまだやるべきことのある人間だ。だから、神様は師を生かすだろう。寝込んでいるのもただの風邪だと、少なくとも本人は言っていた。

『なに?』

 アイナは夕食を作りながら答えた。外はとっくに暗くなり、室内にはあちこちには蝋燭を灯してある。夕食にしては、随分と遅い時間になってしまった。

『もしも、なんて馬鹿げた話をするよ。でも質問に答えな』
『? なによ?』
『もし、あんたを捨てた夫があんたの前に現れたら、どうする?』

 ぎょっとして振り返ったが、師は天井を見ているだけだ。アイナは肩を竦めて、軽快に答えた。

『ぶってやりたいけど、見なかったことにすると思う。会いたくないもの』

 師がかすかに笑う気配がして、アイナの答えが師を満足させたのだとわかった。アイナのほうは、なぜ師が突然そんな質問をしてきたのか分からないが、とりあえずは夕食作りが大切だと手を動かした。

『じゃあ、あんたの夫を奪ったっていう、あんたの従姉妹兼親友が現れたらどうするんだい?』

 アイナは手を止めた。身を固くして、無意味に鍋と包丁を見比べたが、結局はため息をついて自分を落ち着かせた。

『……わからない』
『へぇ、そうかい』
『なんなのよ、何が知りたいの?』

 憤慨して問うと、師は低く笑った。だが、返事はない。 アイナは唇を尖らせて夕食作りを再開した。
 夕食を作り終えると師は眠っており、アイナは仕方なく一人で夕食を食べた。明日、先程の質問の意味を聞こう。
 まさかこのときは、これが師との永遠の別れになるなど、想像もしていなかった――。





 アイナは診療費を受け取り、おつりを渡した。
 開業してからまだ一週間だが、診察時間にやってくる患者は一定数いた。午前と午後に分けているが、急患だと判断した場合はその患者にかかりきると決めている。
 目の前にいる患者は今日が初診で、午後の診療時間最後ということもあり、ゆったりとした気分でアイナは開業した小さな病院について説明した。診療時間、休診日、往診についてなどだ。
 年配の女性は、大柄な身体を突き出して、にんまりと微笑んだ。

「ありがたいね。この町は医者不足だから。それに、女の医者なんて、あたしらも来やすい。ミナルのいう通り、ここへ来てよかったよ先生」
「え?」

 アイナは、女性を見送るために玄関まで出てから、首を傾げた。女性は一瞬なんのことかわからないという顔をしたが、今の言葉について補足を求められているのだと思ったようだ。

「ミナルの逆子を治したんだろ。よい医者だって、あの子が言っていたんだ。あんたは恩人だってさ」

 女はアイナの肩をぽんと叩くと、背を向けて表通りのほうへ去って行った。ミナルがあの女にアイナを褒めたというのは、いつの話だろうか。ぼんやりとそんなことを考えたが、首を振って考えるのを辞めた。午後の診察時間が終えたという看板をかかげ、アイナは診療室で今日の片づけをする。
 使用した薬剤や医療道具の補充記録をつけながら、ついさっき、無意識に師を思い出していた自分を、思い出した。先ほどの患者は、どことなく師に似ていた。明るく豪快で、物事に対して自分の意見をはっきりと述べる――そんな、おしとやかとはほど遠いが、好感がもてる女性。
 当時、師から貰った最後の質問は、アイナにとっては意味のわからないものだったが、今ならばぼんやりと理解できそうな気がした。
 死を悟った師が、アイナに残した贈り物だったのだろう。今思えば、師から「もし再会したら」という質問があったからこそ、ミナルと本当に再会したとき、落ち着いていられたのかもしれない。
 過去に、ばったり再会した場面を想像し、どう対応したらよいかと模索していたのだから。
 ありえないことだと一笑に伏すこともできたのに、師の言葉ゆえに、真剣に考えた。
 もしかしたら師は、近しい未来に、アイナがミナルと再会することを知っていたのではないか。
 アイナは、深くため息をついた。
 ありえないことだった。くだらない妄想などうんざりだ。もう考えるのはよそう。ミナルとはもう会わないし、向こうも嫌がるだろう。
 幸い、医者としての知名度はあがりつつあり、このまま順調にいけば患者も増えていくはずだ。この町での暮らしにも慣れてきたし、腰を下ろす準備は整っている。
 ふと、アイナは弾かれるように顔をあげた。

(……私、ここで暮らすつもりなのね)

 そのつもりでこの町へ来たし、持ち家を得た。けれど、今更ながら、己の行動に驚いた。過去のアイナを知る人間――しかも親友だったうえに裏切られた相手――がこの町で暮らしているのに、逃げるように立ち去ろうとしない。何かしら理由をつけて、滞在しようとしている。

「ただいま」

 玄関から声がして、アイナはまた思考の海に沈んでいたことを知り、舌打ちをした。
 まだ夕食を作れていないのだ。セディルは酷く心配症らしく、アイナにいつもと違うところがあれば、いち早く気づいて問い詰めてくる。
 もはや、アイナは彼に隠し事一つできない状態だった。
 少し前の自分ならば考えられないことだ。アイナはいつだって本音で生きているが、核のような本心の奥にある秘密は、誰にも見られないよう薄い膜で包んでしまいこんでいた。
 その膜を、セディルはあっさりめくって、侵入し、アイナの本心を引きずり出す。
 最初こそ放っておいて欲しいと不快だったものの、一度吐露したあとは、不思議と心地よかった。
 セディルはあの日言ったとおり、傍にいてくれる。
 アイナの元が帰る場所だと言い張り、彼に言い寄ってくる女たちには見向きもしない。
 変な男だ。
 アイナは美しくもないし、気が利くわけでもない。偉そうだし、女だてらに医者などという職種についているし……これまで一度も、本気で妻にしたい、という意味で口説かれたことなどない。
 寄ってくる男は、後腐れない関係を望む者ばかりだった。
 夕食の支度に取り掛かった時、セディルが居間へやってきた。
 セディルは真っ直ぐにアイナのもとへ来ると、水瓶の中に水があることを確認してから、アイナを後ろから抱きしめた。
 いつも、セディルは水瓶を確認したあと、アイナを抱きしめる。
 水瓶の水はセディルが汲んでくれており、彼の日常の仕事の一つでもあった。昨日汲んだばかりの水瓶はまだたっぷりだろうに、確認しては水があることに頷くセディルが、真面目すぎて微笑ましい。
 セディルはアイナの頭に頬をすりつけて、安堵の息をついた。

「……ただいま」
「おかえりなさい、疲れたのね」
「ああ。だが」

 セディルはアイナに身体を密着させたまま、器用に懐からいくらかの札を取り出した。 その金額に、アイナの身体は強ばる。念のために、とアイナが渡しておいた予備のカネではない。金額が多い。

「給料日だったの」

 呟く声音が沈んでしまい、慌てて付け加えた。

「次の休みにでも、セディルが暮らす家を探しに行く?」
「いかない」

 セディルはきっぱり言うと、小さく呻いて、戸惑いがちに言葉を続けた。

「小遣い制というものを聞いた」
「え?」
「給料はアイナに渡すことにする。だが、俺も入り用のときもあるし、アイナから小遣いが欲しい」
「いいの? 私に預けたら、私が給料使っちゃうかもよ」

 以前にセディルが告げた、甘くこそばゆい言葉を思い出す。
 愛している、と伝えてくれたときのことを。
 本当は忘れた日などなかったが、思い出すたびに、信じては駄目だと自分に言い聞かせた。
 甘い媚薬は、毒のようにアイナを弱くすると知ったからだ。
 独りで生きていけなくなることがこんなにも怖いなんて、知らなかった。

「使えばいい」
「信用してるから、ありえないって?」

 咄嗟に自嘲してしまい、我ながら嫌なやつだとアイナは思う。これではセディルに喧嘩を売っているようなものだ。嫌な言い方、嫌な態度。……最低だ。

「使えばいい、好きなように。微々たる給料だが、散財しても構わない」
「本気なの? 何を言ってるかわかってる?」
「わからない」

 セディルは、どこか愉快そうに笑みを含んだ声音で囁いた。アイナの腰に回した手に力を込めて、頭に頬を摺り寄せてくる。

「アイナなら構わない。俺を捨てること以外なら、何をしても」

 無意識に、腰を抱きしめるセディルの手に触れた。ごつごつとした男の手は、力強くアイナの身体を抱きしめて支えている。
 こんなふうに包み込まれたら、また弱くなってしまう。独りに戻れなくなってしまう。
 なのに。

「馬鹿ね」

 弱くなって、自分を曝け出すことが。
 曝け出した自分を、受け止めてくれる存在が。
 まるで、己の一部だとでもいうように、手放したくないと思ってしまう。
 彼の言葉を信じて、ずっと、愛され続けていたいと――。
 これでは、お伽噺のヒロインのようだ。お伽噺のヒロインと違うのは、アイナが幸せになることを許されるほどの美女ではないこと。純粋無垢な少女ではないこと。そして、美男ではあるが、セディルが王子様や貴族ではないことだろう。
 だが、今アイナが感じているぬくもりは、お伽噺のヒロインが得るものと同等以上であった。

「馬鹿で構わない」

 セディルは至極嬉しそうに囁くと、更に強くアイナを抱きしめる。
 もしも、という考えは馬鹿げていると師は言っていた。アイナもそう考える。だが、それでも考えてしまうことがある。
 もしも、アイナがセディルと出会わなかったら。
 もしも、あの日アイナがセディルに大金を使わなかったら。
 もしも、宿で目覚めたセディルを治療せずに、ほっぽって一人で旅に出ていたら。
 アイナは今も変わらず、たった一人で「生きて」いただろう。誰も頼らず、誰のことも内側にいれず、己のやりたいことだけを義務のように考えて、行動に移していただろう。
 そんな過去と未来を想像するだけで、アイナは恐怖で竦んでしまう。
 これまで当たり前だった日々が孤独だったのだと、今のアイナにはよく理解できた。アイナはセディルに出会って、セディルに必要とされて、間違いなく救われた。
 遥か昔に忘れてしまったぬくもりを、いや、過去に知ったぬくもりよりも遥かに大きなものを、セディルはくれたのだ。
 住み慣れた街を出たことで、失ったものは多い。
 何もかも一から再出発となり、迷子になった幼子のように恐怖を覚えた。
 けれど、得たものもまた多いのだ。アイナを心地よく包み込んでくれる膜が薄氷のように脆いものだとしても、自ら現状を壊したいとは思わない。
 それに。
 もしかしたら、薄氷だと思っていたものが、やたらと弾力のあるゴムで出来ていて、包まれないように逃れようとしても、くっついてくる可能性だってある――と、アイナは自意識過剰な望みを想像する。

「……私も馬鹿だわ」

 わざとぶっきらぼうに呟くと、セディルが低く笑った。
 アイナも、頬を緩めて微笑んだ。




 夕食の片づけもほどほどに、セディルはアイナを抱きかかえた。お姫様だっこから肩に押し付けるように抱き上げて、真っすぐに寝室へ向かう。
 アイナは何も言わなかったが、返事の代わりに首に手を回してセディルを抱きしめた。
 これから何が起こるのか理解できない歳ではないし、セディルとは何度か肌を合わせてきた。
 けれど、今回の行為は、これまでと違う気がした。まるで、人生を左右させる儀式のように、重要で、神聖なもののような気がする。
 薄いシーツを敷いただけの硬いベッドにアイナを横たえると、セディルが被さってきた。セディルの瞳は、冬の夜空のように澄んでいて、美しい。
 その美しさのなかに、男としての欲望があった。
 初めて行為をしたとき、彼は戸惑ったような目をしていた。同時に、本能だけの獣でもあった。
 今のセディルは人だ。アイナを見つめる瞳には、慈しむ色がある。自惚れかもしれない。自惚れでもいい。
 セディルの大きな手がアイナの頭を撫で、ゆっくりと頬を撫でるように滑り、唇へ触れる。官能的な動きは羽根を撫でるように柔らかいが、触れた指や手のひらは熱い。
 アイナは彼の瞳を見つめた。獲物を前に焦れている狼のようだ、と思うと、知らずに笑みが零れた。

(大切にしてくれるのね)

 今日の、この行為を。
 彼もまた、今日の行為は違う意味を持っているのだとわかっているのだろう。それはアイナの願望かもしれないが、それでもよかった。セディルに対して愛を望む自分を、確信できたのだから。
 初めてをやり直すかのような、優しいセディルの手を掴んで、アイナは自らの口元へ導いた。セディルの指は、太く力強く、男らしい。そんな指を、赤く小さな舌で、ちろっと舐める。
「っ」
 セディルが驚いて身体を揺らし、指をかすかに引く。彼の手を押さえ込んだまま、アイナは続けた。ちろちろと指の腹を舐めてから、人差し指を咥える。吸って、舐めて、と舌で愛撫した。セディルが堪えるように眉を潜めたとき、ちゅぽっとわざと音をたてて指を口から抜いた。同時に、つつ、と足で彼の股間を撫でる。硬く膨らんだものが、衣類越しでもわかるほどの熱をもっていた。

「アイナっ」
「ねぇ、してもいい?」

 セディルは顔を顰めた。堪えている様子に加え、意味が理解出来ていないときに見せる困惑を浮かべている。アイナはもう一度、指を舐めてから、彼の股間を足で撫でる。

「これを、ここに」
「……これ?」
「そう。セディルが沢山愛してくれるから、私も愛を返したいの。でも、どうやればいいのかわからないのよ。言葉では足りない気がするの。……言葉は、あまり信用できないし」

 セディルの瞳に、野心にも似た欲望がぎらぎらと一層滾った。

「……愛を返す? 俺に?」
「ええ。愛しているもの」

 さらっと告げたのは、照れ隠しもあった。それを上回る不安もあった。だから、セディルが口を開いても何かをいう前に、アイナのほうから口付けをした。
 セディルの太い首に腕を回し、引き寄せ、重ねた唇の間に舌を差し込むと、セディルもまた唇を押し付けて舌を絡ませ、アイナを求めてくる。
 アイナは巧みに舌を絡ませながら引き、顔を離した。先程よりもギラギラと欲望滾る瞳がすぐ近くにある。……出会った頃より、遥かに人間らしい人間がいた。
 愛をくれるセディルを信じたい。
 そう思うのに、愛した途端に消えてしまったら、と考えてしまい、恐怖に身を竦めてしまう。 本当にセディルはアイナを愛しているのか、傍にいてくれるのか。 疑心暗鬼は恐れを抱くことになり、未来を期待するのが怖くなる。
 それでも。
 それでも信じたいと思える人に出会えたアイナは、幸福なのだろう。

「アイナ」

 切なく呟き、首すじに顔を埋めようとしたセディルを制して、また彼の股間を足で撫でた。

「させて。したいの」

  セディルはまだ、アイナがやろうとすることがわからないようだった。それでも、アイナの意思を尊重してくれるらしい。
 頷くと、どうすればいい? と問うてきた。
 座るように促すと、セディルは身を起こした。アイナから離れたくないというように、身体を起こしてもアイナの上から降りようとしない。アイナは苦笑してセディルの巨体の下から這い出ると、彼の前に座った。
 密着するほどに傍へ行き、唇を合わせる。そのまま手探りで彼のシャツをたくし上げると、唇を移動させて乳首に吸いついた。
 吐息を漏らして、身体を強ばらせたセディルを眺めながら、反対の乳首も指で摘み、甘噛みをする。硬くなった乳首を指先で繰り返しいじったのち、胸に多くのキスを降らせた。
 セディルの表情を伺えば、今にもアイナを組み敷きたいと考えているのが、手に取るようにわかる。
 ほかのどの女でもない、アイナを欲しているのが見て取れて、女の部分が濡れるのを感じた。

(嬉しい)

 もっとセディルを喜ばせたい。自分が。アイナが。ほかのどの女もなく。
 ズボンを押し上げて主張する熱を見た。突き出すように目の前でテントを張るソレの先端を、指先で撫でる。衣類ごしでもわかるほどに肉棒がびくりと動き、切ない吐息が降ってくる。
 アイナ、と名を呼ぶ彼の声が心地よく甘く響き、アイナは手のひらで包み込むようにテントを握りしめた。
 先走りで色が変わっている衣類に、口づける。

「気持ちよくしてあげるから」

 アイナはそう呟くと、セディルのズボンをくつろげた。窮屈そうにしていたソレは、勢いよく飛び出してきてぶるんと震え、びくびく生き物のように動きながらアイナのすぐ目の前でそそり立った。
 彼の肉棒は、すでに見慣れたもののはずだった。グロテスクなカタチに、卑猥な色と匂い、熱。けれども、それらがこんなに愛しいものだとは知らなかった。

「……好きよ」

 そっと囁く。
 一層大きくなった肉棒が、無言のセディルの返事を代弁してくれていた。
 コレは、アイナに反応してくれているのだ。こんなに痛そうに膨らませて、ビクビク震わせながら。
 じらすように見つめていると、先端からとろりと透明な液体がこぼれて、シーツに落ちた。再び先端に溢れてきた液体がこぼれる前に、口をつける。ちゅう、と吸い込んで、液体を飲み込んだ。

「アイナ!?」
「ん、このままさせて」

 だが、とか、しかし、と呟くセディルを無視して、行為を続けた。無理やり引きはがされることはなく、それどころか頭に大きな手のぬくもりを感じたため、受け入れてくれているのだと安堵する。
 アイナは口をつけていた先端を、ちろっと舐めた。

「なに、を」
「ん、舐めるから」
「舐める!?」

 先端をちろちろと刺激して、溢れてくる液体を飲み込みながら、ぷっくりと膨らんだ亀頭の周りを舌先で愛撫した。仕事終わりを示す汗の濃い匂いや、陰部特有の男性的な匂いを感じながら、溢れてきた液体を飲み込む。
 アイナはこれまで、口でしたことはほとんどない。他人のコレを咥えるなんて気持ちが悪いと思っていたし、望まれても断ってきた。いくら相手が気持ちよくなろうと、アイナ自身が嫌なのだからしてやる義理も無かった。
 なのに今、アイナはセディルに気持ちよくなってほしい一心で、口でする。やり方は知っていたし、気持ちがいい場所も大体わかる。何より、この行為が嫌ではなかった。嫌どころか、自らの秘部さえ濡れるほどに興奮している。
 ふと、熱を持つ身体の外から、冷静に己を見つめる己がいた。
 アイナは変わっただろう。
 考え方は勿論、感じ方、生き方、あらゆるものが。
 今日は、自分を見つめる機会が多い。これまで、過去や本心を見て見ぬふりをして、誤魔化して生きてきたのだから当然かもしれないけれど、いつの間にこんなに変わってしまったのだろうか。
 いつどの機会で変化したのか具体的なことはわからないが、セディルによってもたらされた変化であることは確かだった。アイナの目から見てセディルが変わったように、セディルから見たアイナも変わったのだろうか。……だとしたら、嬉しいかもしれない。自分を曝け出すことが嬉しいなどと、これまでの自分ならば想像さえしなかったのに。

(好き――って、こういう感情なんだ)

 ジルに対して感じた「恋」とは違う、別の種類の「愛」がある。かつての感情など恋愛にさえ入らないのではないかと思えるほどに、強く確かな熱が胸中で渦巻いていた。
 舌を、肉棒の根元にぴったりとつけて、上へと舐め上げる。両手でくにくにと刺激を加えると、さらに肉棒が膨らんだ。破裂してしまうのではないかと思うほどに大きくなったそこが、愛しくて、ナカに欲しくてたまらない。
 でも、今はまだ、口でしたい。
 大きく口を開いて、頬張れる限り先っぽを咥えた。全部は入りきらないけれど、届く範囲を、唇や舌で刺激する。
 もっと強い刺激を、と顔の角度を変えた瞬間、セディルがアイナの顔を強引に引き離した。目の前で欲望が弾けて、勢いよく飛び出した白濁がアイナの頬を濡らす。

「だして」

 促しながら、顔を差し出す。ほとんど無意識だろう素早さで、セディルが自らの肉棒をアイナの頬に押し付けた。
 びゅく、びゅく、と頬に勢いよく当たる白濁の熱が、どろっと頬を伝っていくのを感じる。

「あっ、アイナっ」

 アイナを呼び、セディルは恍惚とした表情ですべてを吐き出した。荒い息をつきながら、潤んだ瞳でアイナを見た瞬間、セディルの表情が強張る。血の気が引いていくのが目に見えて察することが出来た。

「あ、あ、アイ……」
「落ち着いて。顔にかけたかったんじゃないの?」

 頬に、押し付けたし。
 セディルは口をがくがくと開いて、閉じ、そしてまた開いた。

「つ、つい。すまない、その」
「謝らなくていいわよ。嬉しいのに」
「……嬉しい?」

 セディルは、まるで巨大なナメクジでも見たかのように奇妙な顔をした。セディルのものを口でしたのが初めてだということは、されたのも初めてなのだろう。

「嬉しいわ」

 本当に今日は、アイナ自身驚く言葉が出てくる。
 頬についた白濁を親指でぬぐって、口の中へ突っ込んだ。美味しいとは思えない臭みと生々しさを感じたが、吐き出したいとは思わない。不思議な愛しさと満足感さえ覚える。
 ぽかん、とセディルらしくない表情がアイナを見つめていた。不思議そうに瞬く目は、それることなくアイナを映していた。アイナは、セディルの瞳に映っている自分の表情が「女」の顔をしていることに気づいて、苦笑する。美しくも、若くもない。にじみ出る色香は、見る者によっては嫌悪さえするかもしれない卑しさもある――ように思えた。
 セディルは、こんなアイナの姿を嫌悪したのだろうか。彼が求めている姿は、もっと清楚なものだったのかもしれない。男は女に理想を抱くものだという。女が男に理想を求めるように。
 ふと、セディルがアイナの腕を掴んだ。
 驚くほど強い力で引き寄せられて、噛みつくような口づけをされる。これまでに何度も唇を合わせたが、これほどまでに情熱的で身体がしびれるほどの口づけは初めてだった。
 咄嗟に胸を押し返すが、日々の仕事で一層鍛えられた分厚い胸はびくりともしない。

「っ」

 お互いの唾液を分け合って、荒い息を吐き、摑まれた腕が痛みで痺れてきたころに開放された。ほんのすぐ傍に、煮えたぎるような欲望を湛えた瞳があった。と、認識した瞬間、視界が揺れて、アイナの身体が持ち上げられたことを知る。
 咄嗟の声をあげる間もなく纏っていた衣類を脱がされて、硬く高ぶった肉棒で貫かれた。

「――っ」
「アイナ、好きだっ。好きだっ」

 膣の奥を熱い塊で貫かれるたび、情熱を湛えた言葉で胸を焼かれるたび、アイナの思考は溶けていく。理性的なほうだと思っていたが、あらゆる余裕が消えていくのを感じながら、ただ愛を貪った。
 心身共に、ほんの僅かでも近づきたい気持ちが溢れて、セディルの身体を抱きしめ、愛撫し、お互いの多くを求めあう。
 やがて腹の奥へ熱が吐き出され、荒い呼吸が首筋へかかる。セディルは呼吸が整うのを待たずに首筋に吸いつき、噛みつき、両手で全身をまさぐった。
 すぐに勢いを取り戻した肉棒は、奥へ入ったまま、再び動き始める。
 理性を完全に手放してしまう前に、セディルの表情を見たアイナは微笑む。
 愛している、好きだ、と繰り返すセディルが、嬉しそうに見えたから。笑っているわけでもなく、むしろ切なそうな表情を浮かべているのに、アイナには彼が喜んでいるのだと察することが出来た。
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