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番外編
ヘリクリサム1
しおりを挟む色んな雑誌で何度か見たことがあるホテル。
雑誌の紹介記事は、人気のアフタヌーンティーだった。友達といつか行こうねーと話をしたのは、いつだっけ?それとは別に、いろんな思い出が頭の中を駆け巡る。これは走馬灯っていうんじゃなかったっけ?
「そういうのは、現実逃避というんだ。さぁ、お姫様、お部屋にご案内いたします」
差し出された手に、震える手を重ねれば、すぐに腰に手を回されて部屋の中に入れと促される。意を決して、部屋の中に入れば、そのままバスルームに案内された。
こういう時って、部屋の奥まで連れて行かれるんじゃないの?
「指先が冷えてる。先にお風呂に入っておいで。お湯につかって少しでも緊張をほぐしてくるといい」
言いながら、バスルームの浴槽にお湯を溜め始めた大雅を悠莉は黙って見ていた。
確かに、緊張している。
処女は嫌いって思っていた。だから、恥ずかしいけれど、処女を引き合いに出して逃れようとした。ランチをご馳走してフェードアウトしようという計画は、あっけなく崩れ去り、どうやって逃亡しようかとばかり考えたが良い案も浮かばずにホテルに着いてしまった。
「浴槽にお湯が溜まるまで、シャワーで体を温めるといい」
そう言って、バスタオルやガウンの場所を説明して、彼はバスルームから出て行った。
一人残されて、彼が出て行ったドアを見つめた。
部屋に入った途端、襲われると思っていた。
何の感情もない行為が始まると思っていた。
浴室から湯気がバスルーム内を満たそうとしている。
――指先が冷えてる。
――少しでも緊張を……
「……心配してくれた…のかな?」
彼の言葉が、その気遣いが、少しだけほんのちょっとだけ、悠莉の心に色を落とした。
いや!でも、処女は大好物って言ってた!しかも、女性の扱いに慣れてる!有名なホテルなのに、フロントでの手続きのスムーズさとか、エレベーターの場所とかスマート過ぎて、遊び慣れしてるのが分かりすぎて気を許すしちゃダメ!!
お風呂に入ったおかげで心にゆとりが持てた。油断しないように、と鏡に映る自分に言い聞かせる。
お風呂の後は服を着た方がいいのか、下着はどうしたらいいのか分からない。……こういう時、みんなどうしてるんだろうか。とりあえずブラとショーツ着用でバスローブを羽織る。そして恐るおそるドアを開けて部屋を見渡すと、一人掛けのソファーに座っている大雅と目が合った。
彼はニッコリと笑顔を見せるが、悠莉の胡乱げな視線が突き刺さる。彼女の緊張をほぐそうと、見せればレアだと高評価だった営業用の顔が通じなくて、思っていたのと違う反応に表情を戻す。
「おいで」
と、呼ばれたので言われるがままに彼の近くまで寄っていく。その間、大雅はグラスにミネラルウォーターを注いで、近づいた私に水が入ったグラスを渡す。それを受け取り、一口飲めば、喉が渇いていたらしく冷たい水が喉を潤してくれて、いつの間にかグラスの中の水を全部飲み干していた。
グラスをテーブルの上に置くと、大雅の手が差し出された。その手に自分の手を重ねる。
ゆっくりとした動作で大雅の座っているソファーの前にたどり着いた。
心臓がバクバクで口から出そうな感じがする。我慢しないでいろいろ出してもいいかもしれない。自分が真っ直ぐではなく斜めに傾いている気がする。
大雅がポンポンと彼の太腿を叩いた。ココに座れ、という意味なのか?もう、よく分からなくて、とりあえず膝の上に向かい合うように座った。
「まだ、何もしない」
膝の上に座った私の手を握り、優しそうな顔でそんなことを言う。……まだってことは、いづれはするんだよね?
「少し、話をしよう」
私の手を持ち上げたと思ったら、そこに大雅の唇が触れる。あまりにも自然な仕草で、お姫様に触れる騎士のようで、少しだけ見惚れてしまった。
「彼氏は……今はいないんだっけ?」
その問いにコクンと頷く。
「付き合ったことは?」
「高校の頃にちょこっと」
「すぐに別れたの?」
「いつの間にか消えていた」
「ふっ、なにそれ」
「私もよく分からなくて、メールで別れの言葉を送ってきただけというか、私も詳しく理由は聞いてない」
「それで納得したんだ」
「納得したっていうか、この人じゃないなーって思ってたのが分かっちゃったんじゃないかな」
「たいして好きじゃなかった?」
「そんなことは……ないと思う。好きになろうとはしてたし」
「傷が浅くて良かった」
傷が浅くて良かった、か。そうかもしれない。何か始まったように見えて、何も始まっていなかった。高校3年生の初めだったし、その後は受験で忙しかったからその人の事を考えることもなくなっていた。今、大雅に聞かれて思い出したくらいの浅い関係。
「タイガは?」
「誰とも付き合っていない」
「そうだった!その日その時だけの関係が良いって言ってたもんね」
「その言い方だと、クズに聞こえる……」
いや、クズだよ、っていう言葉は怖いので飲み込んでおく。
「じゃあ、キスの経験も無し?」
「それはある」
「相手は高校の時の彼氏?」
「ううん。幼稚園の時に、同じクラスの男の子にチュってされたんだって。お母さんが幼稚園の先生に聞いたって教えてくれた」
「可愛い?思い出だな」
「私は覚えてないんだけどねー」
母親が笑い話のネタで教えてくれた。卒園式が終わって家に帰る時にされたらしいのだけど、私はその時の記憶が全くない。そのキスした男の子の名前も覚えていない。
「そうか。されたのか…」
「ん?なんか言った??」
「いや。リリィ、俺にキスして?」
「えっ?」
ボソッと呟いた大雅の言葉は聞こえなくて、聞き返せば、代わりに凄い言葉が返ってきた。
「動かないから、リリィからキスして?」
もう一度、言われた。聞き間違いとかではないらしい。
そういえば、話に夢中で気がつかなかったけど、大雅の上に乗ってるのも大胆だな、と今更だけど思ってしまう。
「はい」
目を瞑った大雅を前に、身体が固まった。
そうだよね。コレが目的でこの場所にいるんだった。どうしよう。急に緊張が押し寄せてきた。……でも、怖くはなくなった。高校の時の彼氏の時は、申し訳ないが近づかれるのにも抵抗を感じていた。なのに、大雅には何の抵抗も感じない。最初は見知らぬ人だから警戒はしたけど、今は本当に怖くなくて不思議な感じがする。
ずっと握られていた両手。そこから右手だけを外し、本当に目を瞑っているのかを確かめるように、大雅の頬に触れる。
ピクリと大雅が反応するけど、嫌がるそぶりが見られないから、そのまま頬から彼の唇に触れた。
ここにキスをする。
顔を近づけて、触れるだけのキスをした。すぐに離れようとしたら、彼の閉じた瞳がゆっくりと開いた。
「もう一度」
請われるままに、もう一度、触れるだけのキスをする。唇から離れると、彼の閉じていた瞳が開いて私の瞳と触れ合う。
彼から何も言われないのに、またもう一度触れる。何度も、何度も触れ合ううちに、抱きしめ合いそれは深くなっていく。
ーーーーーーーーーー
両手の人差し指の指先にウイルス性のイボが出来まして液体窒素にて治療中です。
右手の人差し指の方がちょうどキーボードにぶつかる所で打ち込みしづらいというか、指先が当たると静電気並みの衝撃が走るので右手の人差し指を使わずに打ち込んでいるので入力の速度が亀になりました…。泣
不定期更新が本当に不定期になってしまった……。
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