雪に散る

ミヤハル

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築‐弐

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 真砂吾の変化に気付いたのは松葉の死から十日と二日した頃だろうか。

 いつもなら一緒に剣術やいろいろな習い事をした後に少女たちと共に遊びに行く。

 松葉の死からの真砂吾の落ち込みように、喜代(真砂吾が一時的に引き取られた家の娘で彼女の親友だそうだ)も気を使っているようで、普段以上に真砂吾に構っているらしい。普段の真砂吾を知らない築だが、よく一緒にいるようになった少年たちがそのことを教えてくれた。

 泣いているところは誰も見ていないらしいけれど、初めのころは目元を伺うたびに赤くなっていること気付いて、つい真砂吾を呼び止めそうになった。

 そうやって村に来てからもずっと真砂吾のことを見てばかりいたせいか、真砂吾のことが好きなのか?と聞かれた。

 そのため、正直に是と答えたのがよかったのか、そんな年頃にも関わらず、自分の気持ちに真っ正直な築のことをだんだん村の人も受け入れていった(もとより母がこの村の出身であることも多大に関係しているのだろうが)。

 松葉が死んでのち、時たますれ違うたび、露骨にいやな顔をする真砂吾の姿をみて、築の周りの少年たちはいちいち騒ぎ立てた。築本人はいつものことだと、むしろ、あんなことがあって無視されないだけましだと思った。



 そう思っていたのに、出会わないのだ。



 順調に村に馴染んでいく上で、築は真砂吾の母の出生の噂、行方不明になった男の話、駆け落ちしたのに戻ってきた彼女の祖母の話。そして彼女のここで立場。

 顔立ちの違いから半ば察していたものの、この村にきて、想った以上に真砂吾の周りには自分の知らないことがあることを知った。

 それは、自分の全く知らない真砂吾の世界だった。







 夕方、遊んだ帰り道。築は一人歩いていた。

 今日は沢蟹が住んでいるという沢を漁っていた。もう冬の近い秋にも関わらず、はしゃいだせいで何となく阿寒がする。このままいくと風邪をひくかもしれない。



(母さんに怒られるな…)



 村長になる人間がその体たらくでどうするの!真砂吾ちゃんのことも守れないわよ!そう言われるのが目に見える。

 別に隠してはいないから真砂吾が好きだとばれているのはいいのだが、ことあるごとに言及されるのはなんだかげんなりする。

 築の母は非常に自分の(血の繋がりがない)姉が大好きなため、その姉の娘に自分の息子が好き、という状態が非常に好ましいらしい。

 真砂吾が築を嫌っている現状に気付いているが、若いからよ、とよくわからないことを言ってそれすら楽しんでいる感がある。

 大好きだった姉が死んでからも築の母は築の前では泣いたりしなかった。ただ、残された真砂吾を心配していたのみだ。

 しかし、それは叶わなかった。むしろ自分たちが近付けば真砂吾の悲しみを煽るだろう。そう、祖父は言った。

 築には正解はわからない。まず、正解が存在するのだろうか?

 彼女のために自分は何が出来るだろう?幾度も繰り返した問いをまた繰り返す。答えが見えないまま、人通りの少ない村はずれの道を歩いていると、不意に声がかかった。



「築くん!」



 追ってくる足音、自分を呼ぶ声。振り返ると同じ年頃の少女がいた。

 正しくは一つ年下、真砂吾と同い年。黒い髪を少女らしく長くのばし、毛先を山吹色の髪ひもで止めている喜代。真砂吾の居候先の娘であり、彼女の親友らしい。

 惣五郎と家が隣同士らしく、よく話に出てくる。だから直接話したことはなかったが知っていた。



「なんだ」



「ちょっ、待って…」



 息をつく、そんなに急いだのか。彼女の息は荒かった。 



「何かあったのか」



 強い視線がこちらに来た。



「真砂吾よ」



 ごほっ、彼女がせき込む。



「来て…!」



 息も整わないうちに走り出した彼女について築は走る。途中、彼女は追い抜きそうな築に気付き、「山の入口のほう、だよ」と言った。

 それにうなずき、築は彼女を置いて先を行った。柿の木を通り過ぎ、井戸のある原を一直線に突っ切る。暗く、成長する草に覆われた地面に足を取られながらも、走る。森へ続く道に出ると、暗い中に人影が見えた。

 段々と速度を落としながらもそれに近づく。足音は殺していないはずだが、人影たち―よく見ると三人いる―は誰も築に気付かない。やっと、誰か、しっかりと見えた。

 はたして、そこにいたのは二人の少年と真砂吾の姿だった









「何してるんだ」



 声をかける。すると、三人ははっとしてように築に向き直った。

 真砂吾に相対するのは惣五郎とその弟だった。



「築っ、なんでお前がここにいるんだ!喜代か?!」



「築。いいとこに来た、真砂吾に言ってくれよ。俺たちちょっと山に行きたいだけなんだって!」



 真砂吾がまなじりをつり上げてこちらを見た。惣五郎とその弟は焦ったような顔だ。



「家に帰ったら、妹が熱を出してて、小川の水を取りに行くだけなんだ。場所も知ってる、すぐ行ってこれる。だから――」



「駄目だ、もう暗くなる。今日は諦めろ」



 真砂吾はすげなく言い放つ。



「小川の水?なんでそんなもの、水なら井戸にあるだろう?」



 築の疑問に惣五郎は首を振る。喜代が後ろからやってきたことに気付くが、彼女は口ははさまず、後ろから伺っている。



「熱が出たら、山にちょっと入った小川の水を飲むといいんだ。暗の洞のほうから出てるんだけどさ…」



「そんなものが熱に効くわけないだろう?!五年前の熱病のときも効かなかったっておじい様に聞いたぞ!」



「そんなの知るか!あーもう、いいからどけよ真砂吾……」



 惣五郎が先に進もうとする、真砂吾は両手を広げて通せんぼする。あたりはだんだん暗くなっていく、冬の入口に差し掛かった今の季節、日が落ちるのは早い。山の谷間にある集落だからなおさらだった。



「暗くなる、だから、真砂吾どいてくれ。ほんと、頼むから…」



 だんだんと惣五郎の言葉が沈んでいく。真砂吾はそれでも、前をどかない。

 惣五郎の弟はどうした。今まで一度も口をきいていない。だが、自分もそんなこと言えない。さっきから築自身も二人の会話に口をはさめずにいる。そう思った矢先、



「……ばか」



 小さい声が聞こえた。



「おにのこのくせに」



 惣五郎の弟だった。確か年は六つだったか、すぐ下の妹と仲がいいと以前惣五郎に聞いた。はじけるように、真砂吾がその言葉に反応した。顔が歪みそうになる、だが直前にそれをこらえたことに築は気付いた。



「ばか!おまえみたいなおにの子がいるから、みさとはねつをだしたんだ!」



 少年の言葉を続けた。止まらないその言葉は誰から教わったものなのだろう。



「そんなこと、言ったって。夜になったら山は危ない、だから…」



「すぐに行ってくるっていっただろ!それなのにお前のせいで、もうくらくなる…、みさとがしんじゃったらどうすんだよ!!」



 少年の言葉がだんだん涙交じりになっていく。反対に真砂吾の顔はどんどん真顔になっていった。

 築がどうしていいかわからなくなり始めた時、後ろから声が聞こえた。



「もう、暗くなる。そこで何をもめているんだ」



「じい様…」



 築の後ろのほうに目をやった真砂吾がつぶやく。築は振り返った。

 暗闇に混じるように、確かにそこに祖父がいる。



「…む、むらおささま」



 惣五郎が小さい声で続けた。



「妹が熱を出したんです。それで…、洞のほうの小川の水を汲んでこようと思って、俺…」



 手に持っていたらしい、大きめのひょうたんを彼は掲げた。



「すぐに戻ります、だから、その、ちょっとだけ…」



「おねがいしますむらおささま!!」



 惣五郎の弟も続けた。興奮しすぎたのか顔が赤い。

 祖父はしばし、そこにいるものの様子をうかがっていたようだった。



「…妹は、美里と言ったな」



「?あ、はい、そうです!」



「さっき大吾に言われて買った薬を渡してきた。だから大丈夫だろう」



「え、親父が?」



 買った薬、年に何度かやってくる行商人から買う、高級なそれを管理しているのは村長の家だ。高級ゆえに個人では買わず、村全体で一定量を買い、それを必要に応じて使う。それを管理するのは少しばかりだが医術も嗜む、村長だった。



(むらおさ…か)



 祖父の発言から、すぐに顔を上げ、ほっとした顔をする惣五郎とその弟を見ながら築は何か重いものを感じた。

 村長、その名の持つ力は強く、大きい。それは将来自分の背負うものだということを築は知っている。ただそこにあればいいのではない。村のため、国長から授けられた様々な術や教養は自分たち村長の家系にしか許されていない。そのことは前から知っている。

 けれど、自分がそれを背負うのだと目の当たりにするごとに築は思いものを感じる。

 それが何か分からず、だが二人の姿を見続けることもできず、わずかに視線をそむけた築の目は真砂吾に向かった。

 顔を下げた彼女の顔はわずかにしか見えない。けれどそこから少しだけ伺うことの出来る顔を、築は見透かした。瞼を伏せた、暗い、顔。



「惣五郎、義孝。今日はもう暗い、家に戻りなさい」



「でも、小川の水が…」



「買った薬にも、力はある。美里は大丈夫だ」



「…」



 村長の言葉に兄弟は顔を見合わせた。ちらりと山へ続く道を見る。もうその道は暗く、十歩も進めばきっともう何も見えなくなるだろう。自らが明かりとなるものを持っていないことも彼らは知っていた。

 そして、取りに行ったとしても、暗い道、洞に通じる道の険しさがどれほどのものかも知っていたのだ。



「…にいちゃん」



 弟―村長によると義孝―は小さい声で兄を呼んだ、そのままそっと兄の袖をつかむ。

 もう一度二人の目があった。



「…わかりました、帰ります」



「あしたにします」



 二人は静かな声でそう言うと村の方に向き直った。一瞬、惣五郎と築の目が合う。すぐにそらされたその目は、一度だけ後ろを振り返った。

 ゆっくりと帰る兄弟を少し見守ってから、気付いたように喜代が真砂吾を引っ張る。惚けたように兄弟が行ってしまうのを見ていた真砂吾は喜代に気づいたようだった。

 何やらこそこそ二人で話しているのをぼんやりと眺めていると、後ろから祖父に呼ばれた。

 振り返るといつものように厳しい顔の祖父がいた。



「帰るぞ」



「はい」



 すぐに来た道を帰ろうとする祖父にあわてて追いすがる。並ばず、少し後ろを歩く。暗い中、揺れる祖父の手が目に入った。しわの多い大きな手。剣術の時に重ねた感覚からして自分のものより相当大きい。



 ――いつか自分もこんなに大きな手になれるだろうか。真砂吾を守れるほどに強くなれるのだろうか?

 ふと、後ろを振り返ると真砂吾がこっちを見ていた。表情は遠くてわからない。けれど、なんとなく、泣きそうな顔をしているような気がした。

 それでも、自分は今、何も出来ないのだ。
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