35 / 43
奏と響子
奏と響子の場合 3
しおりを挟む
「 すごーい! CDショップみたい!」
「はは……、これしか趣味がないだけだよ」
奏は響子の家に来ていた。女性教諭が一人暮らしするアパートはいわゆる1Kで、その部屋を囲むように本棚が置かれている。八割がCDやDVDで、残りは音楽関係の本だ。
「先生、ジャズも聴くんだ」
「少しだけね。昔友人に貰ったんだよ」
その言葉を発するときの響子の顔は物憂げな雰囲気を放っていた。奏はそれを察していないふりをして、話題を切り替えた。
「楽器は持ってないの? あれ、やらないんだっけ?」
「持ってないわけじゃないよ。ピアノはこの部屋には置けないし、ギターは壊れたけど新しいのを買ってないだけ」
「ギターならいつでも貸したげるよ」
「ありがと。でも私は、奏が作った曲を聴きたいな」
「それで良いならいくらでもやるから待ってて」
「楽しみにしてる」
奏はまた立ち上がって音楽の本を物色し始める。
「好きなの貸してあげるから、気になるのあったら言ってね」
「先生、これ全部借りたいかも」
「嘘でしょ」
「ホントだよ。だってこれ全部先生のおすすめってことでしょ?」
響子の知る限り、奏は自分の前でだけこんなことを言う。むしろ、学校ではほとんど誰とも喋っていないのだろう。同世代の人間とも交流を図ってほしい。そう思っているが、以前部活に入ることを勧めたときに喧嘩したこともあり言い出せずにいた。加えて、教師が生徒を家に招き入れるということにも罪悪感が無いわけではない。
だが、たとえ自分の前でだけでも、奏が笑顔でいられるならその場所を壊したくないという気持ちもある。
「……んせ、先生!」
「え!?」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど」
「ああ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「彼氏を家に入れたときにそんなことしちゃダメだよ」
「……」
「ごめん! 嘘だよ、嘘!」
「別に怒ってないよ。さ、借りたいの決まったならもう帰りな」
家に着いた時は午後二時くらいだったが、すでに外は赤黒く染まっている。時計は六時を示していた。奏は素直に帰る支度をし始める。
「じゃあ、これ借りていきます」
「うん、返すのはゆっくりでいいからね」
「先生、お邪魔しました~!」
結局、奏はあの話をしてはくれなかった。響子も聞き出すことが出来なかった。
教師として、同じ趣味を持つ友人として、彼女に何をしてあげられるのか、どこまで踏み込んでいいのか響子はまだ答えを出せないでいた。
「はは……、これしか趣味がないだけだよ」
奏は響子の家に来ていた。女性教諭が一人暮らしするアパートはいわゆる1Kで、その部屋を囲むように本棚が置かれている。八割がCDやDVDで、残りは音楽関係の本だ。
「先生、ジャズも聴くんだ」
「少しだけね。昔友人に貰ったんだよ」
その言葉を発するときの響子の顔は物憂げな雰囲気を放っていた。奏はそれを察していないふりをして、話題を切り替えた。
「楽器は持ってないの? あれ、やらないんだっけ?」
「持ってないわけじゃないよ。ピアノはこの部屋には置けないし、ギターは壊れたけど新しいのを買ってないだけ」
「ギターならいつでも貸したげるよ」
「ありがと。でも私は、奏が作った曲を聴きたいな」
「それで良いならいくらでもやるから待ってて」
「楽しみにしてる」
奏はまた立ち上がって音楽の本を物色し始める。
「好きなの貸してあげるから、気になるのあったら言ってね」
「先生、これ全部借りたいかも」
「嘘でしょ」
「ホントだよ。だってこれ全部先生のおすすめってことでしょ?」
響子の知る限り、奏は自分の前でだけこんなことを言う。むしろ、学校ではほとんど誰とも喋っていないのだろう。同世代の人間とも交流を図ってほしい。そう思っているが、以前部活に入ることを勧めたときに喧嘩したこともあり言い出せずにいた。加えて、教師が生徒を家に招き入れるということにも罪悪感が無いわけではない。
だが、たとえ自分の前でだけでも、奏が笑顔でいられるならその場所を壊したくないという気持ちもある。
「……んせ、先生!」
「え!?」
「大丈夫? ぼーっとしてたけど」
「ああ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」
「彼氏を家に入れたときにそんなことしちゃダメだよ」
「……」
「ごめん! 嘘だよ、嘘!」
「別に怒ってないよ。さ、借りたいの決まったならもう帰りな」
家に着いた時は午後二時くらいだったが、すでに外は赤黒く染まっている。時計は六時を示していた。奏は素直に帰る支度をし始める。
「じゃあ、これ借りていきます」
「うん、返すのはゆっくりでいいからね」
「先生、お邪魔しました~!」
結局、奏はあの話をしてはくれなかった。響子も聞き出すことが出来なかった。
教師として、同じ趣味を持つ友人として、彼女に何をしてあげられるのか、どこまで踏み込んでいいのか響子はまだ答えを出せないでいた。
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
女の子なんてなりたくない?
我破破
恋愛
これは、「男」を取り戻す為の戦いだ―――
突如として「金の玉」を奪われ、女体化させられた桜田憧太は、「金の玉」を取り戻す為の戦いに巻き込まれてしまう。
魔法少女となった桜田憧太は大好きなあの娘に思いを告げる為、「男」を取り戻そうと奮闘するが……?
ついにコミカライズ版も出ました。待望の新作を見届けよ‼
https://www.alphapolis.co.jp/manga/216382439/225307113
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本
しましまのしっぽ
恋愛
男性向け(女声)シチュエーションボイス台本です。
関西弁彼女の台本を標準語に変えたものもあります。ご了承ください
ご自由にお使いください。
イラストはノーコピーライトガールさんからお借りしました
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる