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第3章

6話

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 静かになった館の大広間でラシェルは自分で血をグラスに注いで飲んでいた。そこへジュラルドが入ってくる。

「やあ、君もいる?」
「おう」

 樽の栓を開けてグラスに血を注ぐ。ジュラルドが受け取ろうとすると、ラシェルは少し手を引いて渡さない。

「君はあの人に会ったことあるのかい?」
「遠目で見たことあるだけだ。良くない影響を受けるとかであまり近くに寄るなと言われてたしな。今回二人に誰に会いに行くかを話さなかったのもそれが理由だろ」
「興味深いね。彼が小さい時に眠ったんだっけ?」
「それくらいだったな。顔は覚えてねえが、不気味な雰囲気だったことは覚えてる」

 ラシェルがグラスを渡すとすぐに飲み干した。立ち上がったジュラルドにさらに質問を投げかける。

「ヴェザン王やヴァルドーより強い?」
「それは分からねえな。単純な魔力量ならその二人の方が強そうだったが、ヴェザン王を立てる為にわざと抑えてようにも見えた」
「実力は未知数……と。じゃあ側近の方はどんな人なの? 確かエレッタの師匠でしょ」
「エレッタを泣かせられると言えば凄さが伝わるだろ? 噂だがあの人が実家を出る時に親から好きなものを持っていって良いと言われてその側近を指名したそうだ」
「それは大した人物だね」
「無事に連れて帰ってこられるといいがな」
「そうだねぇ。……そういえばオルテグナ周辺って吸血鬼と獣人族が対立してなかったっけ? いざこざに巻き込まれないと良いけど」

 部屋を出ようとしたジュラルドに別の話題を振る。ジュラルドは面倒臭そうな顔をするが、すぐに椅子に腰掛けた。

「まだ決着がついてないなら獣人どもも大したもんだな」
「戦力差というよりは人数差だろうね。攻めようにも人手がない。王族が出れば戦局が大きく動くかもしれないけど、他家の吸血鬼や人間にも注意を払わないといけない。それと世間体が邪魔するんだよ。『王が直々に攻め込んだのか。獣人族ごときを相手に苦戦を強いられたのだな』って」
「それで防戦一方になるならそっちのが世間体が悪いだろ」
「ボクもそう思うけど、そう簡単にはいかないのが政治とか外交ってのなんだろうねぇ」
「下らねえな」
「貴族ならそういう教育も受けてると思うんだけどなあ」
守護団ガーディアン筆頭の家系だからな。そういうこと覚える暇があったら剣を振れと教わった」
「その守護者もつけずに行った王様は大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
「随分楽観的だね。いや、多大な信頼故かな」
「戦い方以外で教わったことで一番印象深かったのが『守るものがあるやつは強い』ってことだ」

 ラシェルが鼻で笑う。

「可愛い娘達の為なら死なないって? 君はもっと現実的かと思っていたよ」
「感情や思想が勝負の結果に直結するなんて思ってねえよ。ただ、実力が拮抗した時に勝敗を分けるのはそういうところだって話だ」

 ジュラルドはヘリオットと名乗った人間の剣士との戦いを思い出していた。身体能力は自分の方が上だが、彼は策と技術でそれを上回った。勝敗は紙一重の差だ。勝負に懸ける思い、強さへの拘り、それらの自尊心を守るために戦っていたヘリオットに対して自分は興味本位で戦ったのではないかと考える。変わった人間に触って遊んでみようという見下した気持ちがあったのだ。

「そうは言うけど、ほとんどの戦いは始まる前に分かるよね。実力が拮抗することなんてほとんどないよ」
「お前がそういう戦いをしたことがないだけだ」
「それに関しては言い返せないな。ボクにとっての戦いは狩りのように一瞬で終わらせるものだからね。戦いっていうのはいかにして早く勝つかだよ」

 ラシェルが頬杖をついて溜め息を漏らす。これ以上議論しても仕方がないとでも告げるかのようだった。それに対してジュラルドは返答をぶつける。

「その通りだ。そのためなら能力を活用するだけじゃなく、優位な環境へ引きずり込むのを卑怯とは言わねえ」
「分かっているのに積極的にそれを行わない理由も聞きたいね」
「分かっている事と出来る事としたい事は違うからな」
「出来ない言い訳としては潔い部類だね」

 憤りも悲観も見せないジュラルドにラシェルはばつが悪くなった。しかし謝罪する気もなかった。
 少ししてジュラルドが立ち上がった。

「外に行ってくる。掃除は任せた」
「仕方がないなあ」

 今日の掃除当番は彼だ。
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