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第2章

10話

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 セレスタが目を覚ます。外を見ると陽が落ちようとしている。出発から丸一日経ったのだろう。

「おはよ」

 リュシールの顔が真上にある。いつの間にか膝枕されていたのだ。

「!? ごめん、重かったでしょ?」
「寝顔可愛かったから許す!」

 ヴェスピレーネとラミルカは眠っていた。

「ヴェスさんはわたしが起きたの確認したら寝ちゃった。ラミルカちゃんはずっと寝てる」
「その間ずっと馬車は動いてたの?」
「うん。さっき聞いたら、もうすぐ街に着くからそこで休憩させてもらうって」

 真夜中から今までずっと走っていたのだ。予定より少しかかりそうだと思ったが、これでも彼女なりに頑張ってくれているのだろう。
 御者のトナに感心していると、彼女が声をかけてきた。

「街が見えてきましたよー!」

 馬車が停まる。まだ街には着いていない。また声がかかる。

「中に入っても停めておけるようなとこがないので、ここで停めます。私は馬の交換と食事をしてきますね。明日の朝出発しますので、それまでご自由にどうぞ」

 馬車団御用達の厩舎が各地にあり、長旅の際はそこで馬を交代させながら走るそうだ。
 姉妹は寝かせておくことにして、リュシールが留守番、セレスタは街を散策することになった。

「何か必要なものはある?」
「いや、特にないよ」
「まあ、私もそうなんだけど」
「情報収集? 気をつけてね」
「ええ、行ってくる」


 夕暮れ時だけあってか、所々からいい匂いがする。吸血鬼になったわけだが不思議と人間同様に生活できる。人間の頃食べていたものを美味しく食べられるし、日光に当たっても特に灰になったりするわけではない。ただ、ずっと当たっていると倦怠感がするのは最近分かった。吸血鬼の特徴である、眼の赤色や牙も隠せる。全て"光"の魔力のお陰だろう。だからといって、血を全く摂取しないと満たされない感じはするし、睡眠をとらないと眠気はする。
 果物売りの初老の男性から、旅の商人が利用する酒場があることを聞いてそこへ向かう。『酒と情報の店 コトラ』と書かれた看板を見つける。中からは賑やかな声が漏れている。
 中に入ると年齢、衣装、話し方も様々な人々が酒を酌み交わしていた。女性はほとんどおらず、酔った男数人がセレスタに言い寄ってきた。穏便に済ませようと弱い魔術を構築する。使おうとした瞬間、男たちがその場に倒れる。
 綺麗な顔立ちの男がセレスタの腕を掴んで酒場の外へ引っ張っていく。

「運が悪かったね、あんなのに絡まれるなんて。あ、もう少し歩くよ」

 彼はそう言うとセレスタの腕を離す。

「あの、もしかして会ったことありますか?」
「宿に着いたら話すよ」

 こじんまりとした木造建築の前で足を止めた。ここが彼の宿なのだろう。

 宿屋の主人と思しきおじさんが「お帰りー。お、女の子連れとはやるねー」と声をかけてくるが彼は無視した。

 部屋に入ると彼の周りが光る。金色だった髪が中心で白と黒に分かれた色に変わる。顔立ちも少し変わった。

「ミストさんですよね……?」
「当たり。魔力で大体分かってたでしょ」

 セレスタがフェルツのいる村に向かう途中で出会った魔術師で、"光"の魔術師であることを最初に指摘した人物である。

「まさか君とまた出会うとはね。しかもそんな変な魔力になって」

 彼女には理解できるらしい。やはり、魔力のコントロールがまだ甘いのだろう。
 彼女がどこまで感じているか分からないし、こうなった以上敵になる可能性すらあり得る。「どういうことですか?」という表情をしてみせる。

「"光"で隠れているみたいだけど、相当な闇の魔力を持ってる。それらのバランスがすごく不安定ってこと」

 ゆっくりと指を動かす。交戦でも逃走でも魔術が必要な相手なのは間違いない。

「大丈夫、ボクは敵じゃないし君の存在を公表するつもりもない。……って言っても信じられないか」

 ホッとした表情をして、指を止める。

「……そういえば、黒衣の剣士に会いました」
「出会っちゃったかー。でも、逃げ切れたなら良かった」

 魔物に襲われたところを助けられたことにした。吸血鬼の存在は話に出さない。

「ふーん、君ほどの魔力なら挑まれるかもと思ったけど、彼にはこの魅力が分からなかったみたいだね」

 彼も闇の魔力を持っていた。何故かと聞くとあっさりと答えてくれた。

「昔、闇の女王ってのがいてね。それに貰ったんだよ」

 その闇の女王の国と彼女の故郷は、かつて戦争をしていたそうだ。彼女も黒衣の剣士ヘリオットも戦後に国を飛び出したという。

「他に聞きたいことはあるかい?」

 自分の故郷であるアステニア帝国はどうだったかと聞いてみる。

「良い国だったよ。魔術の研究面は弱いけど、実戦向きな使い方には長けている。料理も美味しかったしね。ウェネステルよりは断然」

 セレスタは驚いた。料理が美味しいというところではなく、その後の「ウェネステル皇国にも行った」という発言にである。思わず前のめりになって話を聞こうとした。

「まあまあ、夕飯でも食べながら話そう。酒場で美味しい店を教えて貰ったんだ」

 近くの定食屋に入る。他の客はほとんどいなかった。

「さて、何から話したらいいかな?」
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