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第16唄
しおりを挟む次の日から、ヒイシとロウヒの花嫁教育が始まった。
マナーから他国の情勢まで多岐に渡り勉強するが、ヒイシは皇族教育で習ったことの延長である為、難なく課題を熟していく。
一方のロウヒは、マナーに関してはヒイシが付きっ切りで練習に励んでいるが、それ以外では、元々亡き叔父が様々なことや読み書きを教えていたこと、本人の勉強好きから、ヒイシよりは手古摺るものの、課題を熟していっている。
これに驚いたのは、ブルータに人選された教師達だった。
幾ら皇族教育を受けていたとはいえ、10数年間も幽閉されていたヒイシと、1人で隠れ生きていた平民のロウヒ。教育は手古摺るだろう、と予想していたのだ。
しかし蓋を開けてみれば、2人はあまりにも早いスピードでどんどん様々なことを吸収していく。
教師陣達にも熱が入り、勉強科目外のことにも着手していく。
「あ~・・・。美味しいねぇ~・・・」
「そうね」
花嫁教育が始まって2ヶ月と少し、ヒイシとロウヒは日当たりの良い部屋で休憩のお茶を飲んでいた。
今日の茶葉は、ニライカナイと呼ばれる、花々とパッションフルーツをブレンドした、フルーツティー。柑橘のさっぱりとした爽やかな香りが、疲れた心身に程良く沁み渡る。
「あ、あの!!」
声のするほうに2人が視線を向けると、途惑った様子のバズが落ち着かなげにヒイシとロウヒを見ている。
「わ、わたしのような身分の者が、ロウヒ様やヒイシ様とのお茶会を一緒にしても良いのでしょうか・・・ッ!?」
今日の休憩のお茶には、雪薔薇を納品しに来た、バズも加わっている。
ロウヒが強引に誘い、ヒイシもそれを快諾した為だ。
ロウヒは初めてバズと会った時から、そのビスクドールのような容姿、勝気だが芯の通った性根を気に入り、必ず話をする仲になっていた。
今もって萎縮するバズではあるが、最近はちょっとずつ緩和が見られてきている。
そんな中でのお茶会参加は、やはり相当バズを震え上がらせてしまっているようだ。
「大丈夫、大丈夫。それに、この後すぐにダンスの練習だから、少しでも息を吐いておかないと、心身共に疲れるから」
「ダンス?、ですか?」
「こっちの話」
ロウヒの笑いに、ヒイシを含む部屋に居る侍女と侍従達はソッ、と顔を反らす。
先日、ロウヒが「既成事実」の意味を知り、国王であるアトリアに激怒したのは城勤めの者達にとっては記憶に新しいことだ。
大きな椅子をアトリアに投げ付け、数日ほどヒイシの部屋で寝泊まりした。
ロウヒは元来無邪気で素直な性格ではあるが、その反面怒る時は普段の姿からはかけ離れた姿なのだ。
アトリアやサイはロウヒの故郷でそれを見たことがあるので耐性があるが、初めて見たミスラやナイ、ブルータ、ヒイシでさえも呆気にとられてしまった。
ロウヒが投げた椅子は的確にアトリアを狙い、大怪我はしなくとも、今もアトリアは顔面にガーゼを2枚ほど貼っている。
部屋の扉がノックされ、侍女の入室の許可の声と共に、ダンスの講師が入ってくる。
「ロウヒ様、ヒイシ様。ダンスホールの準備が出来ておりますのでお集まり下さい」
「ではバズ、付き合ってくれて有難う」
講師の言葉にロウヒと立ち上がりながら、ヒイシはバズにお礼を伝える。
「あ、あのっ!」
そんな中、バズが珍しいことにヒイシとロウヒを呼び止める。
「い、今からダンスの講義をされるんですよね? わたしが見学してもだ、大丈夫でしょうか・・・?」
珍しいバズの申し出に、ヒイシとロウヒは顔を見合わせる。
「バズ、貴方は王族関係の方達との付き合いはいつも恐縮していたのに、今回はどうしたんだ?」
バズのことをよく知っている副侍従長がヒイシとロウヒの代わりにバズに訪ねてくれる。
「あ、あの・・・」
言いづらそうにしながら、両手を弄ぶのを眺めつつも、顔が赤いことを隠そうとするバズは文句なく可愛い。
たどたどしい言葉から理由を探ってみると、以前亡き父親が雪薔薇の納品の為に、急遽夜会当日に納品しに行き、隅から見た貴族達のダンスに感嘆した、とよく娘であるバズに話しており、1度見てみたかったそうなのだ。
そういうことならば、と無理に茶会に付き合わせたお詫びに、ヒイシとロウヒはバズの見学を快く許可する。
練習用のダンスホールは小さいながらも造りはしっかりとしており、その装飾はなくとも美しい細工模様の部屋に、バズは見入っている。
そんな中、ヒイシ達が通って来た扉とは違う続き間の扉から、ミスラとアトリア、ナイとサイが現れる。勿論、侍従や侍女たちは部屋の隅で待機、護衛は部屋の外で待機だ。
「あれ、バズ殿もいらっしゃっているのですか?」
「ナ、ナイ様っ!! 失礼を致しております!!」
この国の宰相やその側近である侍従、果ては国王や騎士団長の登場に、バズは慌ててスカートの端を持ち、頭を下げて最上位に対する礼を行う。
心臓がバクバクと脈うっているのが、ヒイシに伝わってくる。
侍従が先程のバズとヒイシ、ロウヒの会話の件を来た者達に報告してくれる。
「なるほど。では、バスは俺と一緒に見学していましょうか。俺もただの付き添いなので」
「は、はいッ!」
ギクシャクとした動きで、バズがナイの隣に移動していく。
その姿を微笑ましく見守りながら、ヒイシとロウヒもダンスではいつもの定位置へと赴く。
「・・・・・・あの、どうして陛下や閣下が来られているのでしょうか?」
バズがこっそりとナイに訊いているが、ヒイシには筒抜けだ。
「最初はちゃんと講師の方々がダンスのお相手を務めていたんだよ。でも、男性パートは女性では難しいから、男性講師に交代になったところでね・・・」
「何か問題でもあったんですか?」
そんな気はなくとも、可愛らしいバズが首を傾げると華が飛んでいるような錯覚をしてしまう、と以前妻が話していたのを思い出し、ナイは内心の笑いを堪えながら説明を続ける。
「ロウヒ様やヒイシ様に問題はなかったよ。ただ、ダンスの相手を務めた男性講師達がね・・・・・・」
ため息を噛み殺しながらナイは続ける。
「皆、お2人の美しさに当てられて授業にならないか、求婚してしまうかで・・・」
ナイの遠くを見るような黄昏がれた表情に、バズは驚きで口に手を当ててしまう。
ヒイシとロウヒは既にミスラとアトリアの花嫁になることが正式に決定している女性だ。
そんな2人に求婚するなんて、とてもではないが有り得ない。
求婚した男性講師の半分は我に返って落ち込むか、怯え、もう半分はヒイシとロウヒに本気になってしまい、護衛達によって城から叩き出され、厳重な監視が付くこととなった。
それ故に、ダンスの授業はミスラとアトリアが仕事の時間を空けて、2人の相手を務めることとなったのだった。
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