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第13唄
しおりを挟む「ロウヒ様は既に顔を見知っておられますが、ヒイシ様とお会いするのはこれが初めてですね。騎士団統括団長兼陛下の護衛を務めております、サイ・アンサイクロと申します」
「お初にお目に掛かります、ロウヒ様、ヒイシ様。騎士団統括副団長兼宰相閣下の補佐をを務めております、ナイ・アンサイクロと申します」
「ご尊顔を拝謁出来たこと、心より嬉しく存じます。政務統括官を務めております、ブルータ・ケシュトリンと申します」
ヒイシとロウヒの出会いから5日後、2人は揃って呼び出しを受け、ミスラとアトリア以外の側近3名を紹介されている現状だ。
ヒイシとロウヒはお互いに顔を見合わせ、小さく頷くき合うと、居住まいを正す。
「ロウヒ・ミステリステとです」
「ヒイシ・アルリア・シュターレンと申します」
ヒイシもロウヒも、お互いが知る礼で側近達に挨拶を返す。
「ここは非公式な場だ。全員楽にしてくれ」
アトリア陛下の言葉で空気が動き、ヒイシとロウヒはソファに促され、アトリアとミスラも対面にある椅子へと腰掛ける。側近達は立ち上がり、そのまま静止の状態を維持している。
先に対面を果たしていたヒイシとロウヒはお呼びが掛かるまでの数日間、お互いの親交を深めていた。そんな中、ようやくミスラやアトリア側の状態が落ち着いたようで、正式な顔見せの段取りが組まれた。
この数日間でヒイシとロウヒの侍女達も選別し終わり、使用人の長達は通常の業務に戻って仕事の采配を揮っている。
案内された部屋は王族や重鎮達が内密の話をしても良い造りをしているが、華美ではなく、淑やかな美しさを維持されているのが見受けられる。
ミスラとアトリアは所謂上座のアンティーク調の揃いの椅子に座り、対面にある白を基調とした立派な革張りのソファにヒイシとロウヒが。
真ん中の足の低いテーブルを囲むように、反対側にも高級なソファや椅子が置かれている。
日の光が強く、けれども弱くないよう入るよう調節された大きなガラス戸は、ミスラとアトリアの後方にあり、兄弟を別世界に誘っている錯覚を覚えさせる。
「ブルータ、サイ、ナイも座ってくれ。今は非公式だ」
アトリアの言葉に従って椅子に座る臣下達は、ヒイシから見てとても洗練されている。
いや、自国が基準になってしまっている時点で、国にとっては失礼だな、と思い直す。
席に着いたものの、予め用意されていた茶器をブルータは流れるようにそれぞれへと給仕し、ナイがそれを補佐する。
ブルータ・ケシュトリンは壮年ながら佇まいが確りとしており、上質な衣服を品よく着こなし、肩先よりも長い髪を紐で一つに括っている。若かりし頃はそれは美丈夫だったのだろう、と想像させる顔立ちをしているが、表情は柔和でどこか親しみやすさを感じさせる。こういった人間を威容いようと表すのだろうな、とヒイシは思う。
給仕を手伝っているナイ・アンサイクロは、サイと兄弟と言われても、
「似ていない」
と思わず口走ってしまいそうだ。ただ、髪と瞳の色は同じスチールグレーの髪色とメイズの瞳。
髪質がフワフワしており、男性なのに盈盈えいえいとしているな、と思ってしまう。
サイ・アンサイクロは、弟のナイとは正反対硬い髪質をしており、邪魔なのかナイよりも短めで不揃いな切り揃えられているが、不思議と似合っている。サイの容貌で1番目を惹くのが、左目を覆う眼帯だろう。隻眼であることは聞き知っていたが、それが元来の容姿の良さを損なうことはなく、寧ろ竜姿りゅうしと形容して差しさえないないだろう。
ミスラの兄であるアトリアはミスラと本当に瓜二つの容姿と容貌をしている。双子でも僅かな差異はあるものだ、ということを知っているヒイシとしては、無遠慮にならないまでも無言で2人に見入ってしまう。身長もキッチリ同じなのは、並んだ姿で確認済みである。
そんな双子の違いは服装と髪型のみ。ミスラは常に纏っている赤い法衣のような宰相服、アトリアは同じく赤いが、華美ではなく動きやすさを重んじる礼装の上位版、と云った感じだ。
特徴的なのは、ミスラが長い髪を一つの大きな薔薇の形に纏めているのに対し、アトリアは長い髪を10ほどの小さな薔薇にして編み込んでいる。
それが嫌味なく似合ってしまうのもこの双子の凄さなのかもしれない。
無表情で周囲を観察しているヒイシとは逆に、ヒイシの隣に座っているロウヒは、瞳を何度もパチパチと瞬きを繰り返している。
ヒイシの脳内にキラキラのような残像が流れ込んでくるので、恐らく、というかほぼ確実に室内の顔面偏差値の高さに目を慣れさせようとしているのだろう。
ヒイシは己の美貌を自覚しているが、ロウヒは他者と接する機会のないまま此処まで連れて来られてしまった故に、自身の容貌がヒイシと同様に飛びぬけている自覚がまったくない。
そんな2人の前にも、ナイがお茶を出し、摘まめる程度の菓子を皿に載せる。
ヒイシとロウヒは揃ってナイに礼を口にし、カップに口を付ける。
今日の紅茶は蓮の花の香りがし、スッキリとした味が口内に広がる。
「お口に合いましたでしょうか?」
ヒイシが顔を上げると、ブルータがニコニコとした好々爺然として此方を見ている。
「「美味しいです」」
図ったわけではないが、ロウヒとヒイシの感想が被さってしまった。
「王宮内で貴人に使われるお茶は、全てブルータ様がお選びになっております。今日のお茶はロータスポンド、と云う紅茶でして、早朝の池から、花開く寸前の蓮の花を摘み取り、丁寧に手作業でガオセン・・・雄しべの先の葯だけを集めて、お茶に香りをうつして作られております」
ナイが淀みなくスラスラとお茶の説明をするのを、ヒイシは内心感嘆して聞いていた。
王族の給仕も熟すナイは、様々なことに精通しているらしい。
「確か・・・・・・、100gのロータスポンドを作るのに必要な蓮の花は100本でしたね」
ミスラが紅茶を飲みながら、ポツリ、と思い出した、というような小さな声で呟いたが、ミスラの声は不思議とよく響くので、本当の囁き声でもない限り、室内に居る人間の耳には届く。
高級茶葉なのだな、とヒイシは納得し、服の隠しポケットからハンカチを取り出すと、有無を言わさずロウヒの口を勢いよく塞いだ。
「ウ゛ムっ」
ロウヒは『高級』などとは無縁な生活を送っていた為に、そういったことに今もって慣れていない。
お茶を吹き出しそうになる事態はヒイシにとっては予測済みであった。
声に出すことなく、首を振ることで、
「飲食物を粗末にしてはいけません」
とロウヒに意思表示を伝える。
ロウヒのほうもその意味が理解出来たらしく、ハンカチをヒイシの手から受け取りつつ、コクコクと頷いた。
「おお、ロウヒ様とヒイシ様はここ数日の交流ですっかり打ち解かれたご様子。安心致しました」
ブルータがニコニコ顔でヒイシとロウヒを見る。
それに釣られるように視線を動かしたアトリアが、ロウヒとヒイシを暫しの間見詰め、口を開く。
「侍女長や侍従長達が選別した侍女達も優秀だな。これは給金を上げるのを検討すべきか」
「そうですね。ロウヒ様とヒイシ様の装いは、普段着であれどとても素晴らしい選別をしています」
アトリアの賛辞を、空になったアトリアのカップに紅茶を注ぎながら、ナイが肯定を返す。
今日のヒイシとロウヒの装いは、侍女達が気合いを入れたがったものの、2人が華美を好まず、様々な角度から検討された結果と云える。
本日のヒイシの装いは、Iラインと呼ばれる箱型シルエットのホリゾンブルー色のドレスを着用し、頭の右側に木々の枝を連想させる金と赤いサラサウツギの花を模したスタールビーの髪飾りを付けている。首にはジルべスタンの紋章を模った様々な宝石が使用されているチョーカーを装着し、耳にはグリーンフローライトで作られた葉の形を鮮明に模したピアス。
Iラインのドレスは別名「ボックスライン」とも呼ばれており、くびれや締め付けを意識せず、身体のラインを出さなくても良い為、人気のあるドレスの型であるが、ヒイシが着ているととても上品なドレスに様変わりし、侍女達が密かに自分用のIラインドレスを製作する憧れを抱かせていたりする。
ヒイシとしては、そんな周囲など全く意に介さず、ヒラヒラやフワフワしたドレスでないので気に入っているだけ、という着飾ることとは無縁の意識なのだ。
ロウヒの装いは、フィッシュテールと呼ばれる型のジェードグリーン色のドレスを着用、ヒイシとは反対の頭の左側に回遊魚を模ったゴシュナイトの髪飾りを付け、耳には貝殻を模したオーロラクォーツのイヤリングをしている。
フィッシュテールは基本、スカートの前が短く、後ろが長いデザインである為、長いほうの丈を引きずらないように注意しなければならないが、ロウヒの印象通り、よく似合っているのだ。
ヒイシと揃いのチョーカーを身に付けているが、ヒイシとは違い、ピアスの穴を開けることに抵抗感がロウヒはあったため、イヤリングとなった。
侍女達が力を入れた胆は、2人の印象や雰囲気から得られる色を本人にではなく、お互いに身に付けさせていることであろう。ヒイシとロウヒはどんな色でも似合うことを、ここ数日で侍女達や侍従達は承知しているが、国王と宰相兄弟の伴侶の仲が良いことを自然とアピールしているのである。
因みに、指輪は邪魔だから、という理由でヒイシもロウヒも付けていない。
そんな2人を優しく眺めていたブルータではあったが、少しだけ顔付きを真面目に変え、言葉を発した。
「侍女や侍従、護衛達も下がらせましたのは、今後のことを話し合うため。それでは始めましょうか」
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