【原版】猛毒の子守唄

了本 羊

文字の大きさ
上 下
4 / 22

第三話

しおりを挟む


ヒイシは通された部屋で、四人ほどの侍女達によってお風呂に入れられ、ドレスを着せられ、髪や肌を整えられていた。
ミスラは侍女達にヒイシのことを任せると、また仕事に戻って行った。
 「お綺麗ですわ、ヒイシ様」
 侍女達が出来上がったヒイシへと感嘆のため息を漏らす。
 髪と肌を整えられ、フリルのあしらわれた生地の柔らかい白のロングドレスのみを纏ったヒイシは、装飾など必要とはせず、またヒイシの容姿にも装飾など邪魔な飾りとなることを侍女達は目で見て確信した。アメジストの肩先までの髪に不思議な白い瞳。ほっそりとしてなめらかなシャープのある瞳は大きいが違和感がないほど配置の良い顔形。
どこまでも『神秘的』という言葉が似合う容貌。
 足も腰も腕も細く華奢な、羨望の眼差しを浴びることの出来る体躯にホワイトピーチの唇。シルクのような感触の髪質。フワフワの砂糖菓子のような雰囲気は触ってしまったら溶けてしまうような淡い存在感と一体化している。
ミスラが「大地の女神」と称えるほどの美しさがそこに体現されていた。

ヒイシは上質のソファに座り、侍女の淹れてくれたお茶を飲みながらボーっ、としていた。
どれぐらいの時間そうしていたのだろう。
 部屋の扉がノックされ、ミスラが現れた。
ヒイシの横に座ると、侍女にお茶を頼み、退室を促す。部屋にはヒイシとミスラ、二人っきりとなった。
 「食事を断ったと聞きましたが」
 「………喉を通る気分ではなかったので」
 何か良いことでもあったのだろうか。
 妙に機嫌がいいミスラを横目で見ながら、ヒイシは手に持ち続けている茶器に視線を移す。
 「それと、広間ではありがとうございました。ようやく外相事務次官の証拠を掴むことが出来、前外相大臣のご家族も喜んでいます」
 「………お礼を言われることではありませんので」
 「どうして、貴方はあの場で嘘をつかなかったのですか? 己の今後が左右される場面で、貴方が命を取るような浅はかな人間には思えない」
 答えたくはなかった。
しかし、ミスラはヒイシを見つめ続けている。答えるまで待つつもりだろう。
ため息を零し、ミスラは茶器をテーブルの上に置く。
 「………あの場で「嘘は通用しない」と言ったのは宰相閣下です」
 「そうですね。ですが、貴方ならば見抜けない嘘を吐くことも可能だったはずだと、私は思っています」
 「……私の故国、ウィードは、初代が異能持ちでした。故に度々、皇族には異能持ちが生まれました。私の父もです」
 異能は皇族の血筋の証。皇位を継ぐ者にそれは代々伝えられてきた。伯父が知ったのは、本当に偶然だったのだろう。
 「おかしな原理と思われますが、異能持ちでしか次代の異能を受け継ぐ子孫を遺せないのです」
ヒイシの一族はその異能の力で皇位を守ってきた。
 伯父がヒイシを亡き者に出来なかったのは、異能を受け継ぐ人間がヒイシしか存在しなかったせいだ。後々、一族の男性にヒイシをあてがい、血を遺そうと思っていることはわかっていた。
 「……なるほど。ですが、それならば疑問が残ります。貴方のお父上である前皇太子殿下は、現王の伯父に事故に見せかけて亡き者にされたはず。回避出来なかったとは思えません」
 「………それが父と母の望み、でしたから」
 「望み?」
 言葉の続きを促されていることはわかっていたが、これ以上父と母のことは絶対に語りたくはない。
それが伝わったのだろう。諦めたようなため息が聞こえ、ヒイシは再度口を開く。
 「……伯父は勘違いをしているようですが、私の異能は「他者の心を見通す」ことではなく「すべての事柄を見通す」ものです。勿論、個人によって力の加減は違いますし、父は他者の心を見通す程度の力でした。それでも……例外は存在します」
 「例外?」
ミスラの訝しげな声に、ゆっくりとヒイシはミスラと向き合う。
 「力が発揮出来ない相手も存在する、ということです。宰相閣下のことが何一つとしてわからないのですから」
 広間でミスラを見た瞬間、衝撃と混乱がヒイシを襲った。
 力が発揮出来ない人間も存在する、ということは祖父や父から聞いて知ってはいた。
だが、生を受けてから今まで、ヒイシはそんな人間に会ったことはなかった。唯一の例外は同じ異能を持つ亡き父だけ。
しかし、現実に目の前に佇むミスラの存在は、ヒイシに恐怖を与えた。
この人間は、たやすく自分に騙されてはくれない。嘘も通じない。
それは人々の心の深淵を不本意ながら見続けてきたヒイシの直感であった。
 弟であるミスラが見えないのならば、兄の国王も見えないのだろう。
 「私は見えませんか」
 「見えません。だからこそ、偽りは口に出来ないと思いました。……死ぬことは願い……だったのですが」
きっと、自嘲的な笑みが零れているのだろう。

どうして自分の願いは叶ったことがないのか?
この畏怖され、拒絶される力を抱えて、永劫生きていかねばならないのだろうか?
 人としての尊厳を失ってまで?

 「死……?」
 自分の思考に彷徨っていたヒイシは、その言葉がミスラの口から洩れたものだとは最初わからなかった。たった一言聞こえた声に、それまでヒイシと対峙していたミスラとは明らかに異なった、一切の感情が排他された声音であったからだ。
ハっとしてミスラを見た瞬間、ヒイシは悲鳴を抑えるために両手を口元にあて、ミスラから距離を取った。
ミスラの口元には微笑みが刻まれ、瞳の奥も剣呑な色はなく、むしろ笑んでいる。
だが、ミスラの纏う空気とそれは、あまりにも齟齬を感じさせるほど違和感を伴っており、素人ならば逃げ出していただろう。
けれどヒイシには、今、目の前の人物から逃げてはならない、という本能が働いていた。
 離宮に閉じ込められている時は、人々の思念でしか情報を持たなかったジルベスタン兄弟。
その一角の存在と対峙している今だからこそわかることがある。
 何か、どこかでこの人物は狂っている。
 表面的なことや、内面ではなく、もっと奥深いところにある何かが。

 逃げてはいけない。
 本能は訴えても、傍に寄りたいか、などと訊かれるのは不毛に尽きる。
 逃げなくとも距離を開けるようにソファの端に少しずつ移動する。
しかし、どんなに大きなソファでも、必ず端があり、そこに到達すれば逃げ場はないに等しい。
ヒイシの背中がソファの端の肘掛けについたと同時に、ミスラがのばした手がヒイシの左足を掴み、引き摺り戻される。
 何が起こったのか、何がミスラの逆鱗に触れたのか、ヒイシにはわからなかった。
 恐ろしいほど美しいミスラの顔が自分の眼前にある理由を考えることを、ヒイシは拒絶していたのかもしれない。
いや、もし考えられたとしても、頭の中や思考が真っ白になっていて上手く機能出来てはいなかっただろう。
いきなりドレスの上から胸を力加減など一切なく鷲掴みにされ、感触を楽しむかのように揉まれ、苦痛が奔った。
そこまできて、ようやくヒイシの思考が弾けたように突如回復した。「逃げてはいけない」という危機本能よりも女性としての危機本能のほうが勝り、無我夢中でミスラの腕から抜け出そうと暴れ出す。
 瞬間、バシッ! という音と共に、左頬にジワジワとした痛みが襲った。口の中に血の味が広がり、自分の頬を叩かれたのだということを頭の中が麻痺しそうになる中で理解する。
ミスラの行動に遠慮はなく、ヒイシが身に纏っているドレスの胸元を容易く引き裂くと、乳房を直に掴み、先端をジュルジュルと音をたてて吸い付く。唾液でベットリと汚れる行為に、ミスラの容姿とはかけ離れた下品さが目立つ。
 何がミスラをそこまで駆り立てるのかわからない。
ミスラの顔には既に笑みはなく、背筋が泡立つほどの不気味で無表情な人形が動いているかのようだ。
 「や――――――――っ!!」
 錯乱が頂点に達し、ヒイシは頬を叩かれたことすら忘れて今まで以上の力で暴れはじめた。
 未だかつて、これほどまでに何かに抗った記憶も経験もヒイシにはない。
けれど、どれだけ暴れようと、所詮は男と女。体格の差は歴然としていた。
ミスラは細く見えても王族に必須な護身術などをキチンと学んでいるのだろう。筋肉のつきかた、張りは一般男性よりも遥かに綺麗でしっかりとしている。
ふいに、手に何かが触れた。それが自分が飲んでいたお茶の茶器であることに気付き、ヒイシはあらん限りの力を込めて、手に取った茶器をミスラに投げ付ける。
ミスラのヒイシを抑え付ける力が弱まった瞬間、ヒイシはミスラを足で蹴り付けてソファから逃れ、一目散に扉に向けて走ろうとするが、扉に手が届く後一歩でミスラの手で床に力任せに組み伏せられる。
 床に背中を打ち付けた衝撃で空気が上手く取り込めずに咳き込むが、それでも覆い被さってくるミスラの顔を両手で押し返そうとするも、再び叩かれていなかった右頬を容赦なく叩かれてしまう。
 今度は力加減などの配慮もせず、思いきり叩かれたことがわかった。衝撃で頭がクラクラする。
ヒイシを無表情に見下ろすミスラは、ヒイシの破れたドレスの布きれをヒイシの口内に押し込める。
まるで悲鳴は雑音だとでもいうように。
 何かが引き裂かれる音がしても、ヒイシの思考は上手く回復していなかった。ヒイシの下着だけを取り去ったミスラはまったく配慮のない手つきでヒイシの秘所にいきなり二本も指を突き入れた。
 「………っ!?」
 布で塞がれた口からはくぐもった声しか洩らせない。
 突き入れられた指は容赦なくヒイシの中を蹂躙し、痛みと生理的嫌悪でヒイシの目から涙が零れ落ちていく。
 突然、指が引き抜かれ、安堵で息を整えていたヒイシの秘所に、とてつもなく熱いなにかが触れた。
その正体を悟ったヒイシが息を呑むのと同時に、猛った楔が秘所を裂いておし入ってくる。あまりの熱さに無意識に身体を後ずらせて逃げようとしていたヒイシを引き戻し、ミスラは一息に貫いた。
 声にならない絶叫が室内に響いた。
ヒイシの目は極限まで見開かれ、涙腺が壊れたかのように涙が頬や床に流れ落ちていく。
ミスラの動きにあわせてヒイシの身体は意志を持たないかのように揺れる。
 首や胸をしつこく舐められ、吸われ、噛まれ、ヒイシの意識は混濁していく。
いっそ気を失えたら楽なのに、意識が落ちそうになると再び痛みで意識が浮上する。
ミスラはヒイシのすべてを貪り尽くさねば気が済まない、というように激しく抽挿を繰り返す。
ズチュズチュビチャビチャという音とミスラの獣のような息遣いが室内に充満し、それ以外の音は聞こえない。
 悪夢以上の暴力が、ヒイシから正常な意識を奪い、目は虚ろに宙を彷徨う。
それ故、ヒイシは口の中が完全に切れて、口内に押し込まれた布が真っ赤に染まりつつあることも、無意識にミスラの首元に爪を思いきりたてたことにも気付かない。
この時、ミスラの理性は自制が利かなくなっていた。
ただただ、目の前にある欲しいものを手に入れている感情に、うっすらと淫猥な笑みさえ零し、行為に没頭する。
ヒイシの左足を自分の肩にかけ、右足は片手で痕がつきそうなほど掴んで離さない。火傷しそうな体液を幾度となく奥に注がれ、やがてヒイシの視界は完全に暗転した。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕まされて捨てられた悪役令嬢ですが、ヤンデレ王子様に溺愛されてます!?

季邑 えり
恋愛
前世で楽しんでいた十八禁乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したティーリア。婚約者の王子アーヴィンは物語だと悪役令嬢を凌辱した上で破滅させるヤンデレ男のため、ティーリアは彼が爽やかな好青年になるよう必死に誘導する。その甲斐あってか物語とは違った成長をしてヒロインにも無関心なアーヴィンながら、その分ティーリアに対してはとんでもない執着&溺愛ぶりを見せるように。そんなある日、突然敵国との戦争が起きて彼も戦地へ向かうことになってしまう。しかも後日、彼が囚われて敵国の姫と結婚するかもしれないという知らせを受けたティーリアは彼の子を妊娠していると気がついて……

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

処理中です...