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第三話
しおりを挟むヒイシは通された部屋で、四人ほどの侍女達によってお風呂に入れられ、ドレスを着せられ、髪や肌を整えられていた。
ミスラは侍女達にヒイシのことを任せると、また仕事に戻って行った。
「お綺麗ですわ、ヒイシ様」
侍女達が出来上がったヒイシへと感嘆のため息を漏らす。
髪と肌を整えられ、フリルのあしらわれた生地の柔らかい白のロングドレスのみを纏ったヒイシは、装飾など必要とはせず、またヒイシの容姿にも装飾など邪魔な飾りとなることを侍女達は目で見て確信した。アメジストの肩先までの髪に不思議な白い瞳。ほっそりとしてなめらかなシャープのある瞳は大きいが違和感がないほど配置の良い顔形。
どこまでも『神秘的』という言葉が似合う容貌。
足も腰も腕も細く華奢な、羨望の眼差しを浴びることの出来る体躯にホワイトピーチの唇。シルクのような感触の髪質。フワフワの砂糖菓子のような雰囲気は触ってしまったら溶けてしまうような淡い存在感と一体化している。
ミスラが「大地の女神」と称えるほどの美しさがそこに体現されていた。
ヒイシは上質のソファに座り、侍女の淹れてくれたお茶を飲みながらボーっ、としていた。
どれぐらいの時間そうしていたのだろう。
部屋の扉がノックされ、ミスラが現れた。
ヒイシの横に座ると、侍女にお茶を頼み、退室を促す。部屋にはヒイシとミスラ、二人っきりとなった。
「食事を断ったと聞きましたが」
「………喉を通る気分ではなかったので」
何か良いことでもあったのだろうか。
妙に機嫌がいいミスラを横目で見ながら、ヒイシは手に持ち続けている茶器に視線を移す。
「それと、広間ではありがとうございました。ようやく外相事務次官の証拠を掴むことが出来、前外相大臣のご家族も喜んでいます」
「………お礼を言われることではありませんので」
「どうして、貴方はあの場で嘘をつかなかったのですか? 己の今後が左右される場面で、貴方が命を取るような浅はかな人間には思えない」
答えたくはなかった。
しかし、ミスラはヒイシを見つめ続けている。答えるまで待つつもりだろう。
ため息を零し、ミスラは茶器をテーブルの上に置く。
「………あの場で「嘘は通用しない」と言ったのは宰相閣下です」
「そうですね。ですが、貴方ならば見抜けない嘘を吐くことも可能だったはずだと、私は思っています」
「……私の故国、ウィードは、初代が異能持ちでした。故に度々、皇族には異能持ちが生まれました。私の父もです」
異能は皇族の血筋の証。皇位を継ぐ者にそれは代々伝えられてきた。伯父が知ったのは、本当に偶然だったのだろう。
「おかしな原理と思われますが、異能持ちでしか次代の異能を受け継ぐ子孫を遺せないのです」
ヒイシの一族はその異能の力で皇位を守ってきた。
伯父がヒイシを亡き者に出来なかったのは、異能を受け継ぐ人間がヒイシしか存在しなかったせいだ。後々、一族の男性にヒイシをあてがい、血を遺そうと思っていることはわかっていた。
「……なるほど。ですが、それならば疑問が残ります。貴方のお父上である前皇太子殿下は、現王の伯父に事故に見せかけて亡き者にされたはず。回避出来なかったとは思えません」
「………それが父と母の望み、でしたから」
「望み?」
言葉の続きを促されていることはわかっていたが、これ以上父と母のことは絶対に語りたくはない。
それが伝わったのだろう。諦めたようなため息が聞こえ、ヒイシは再度口を開く。
「……伯父は勘違いをしているようですが、私の異能は「他者の心を見通す」ことではなく「すべての事柄を見通す」ものです。勿論、個人によって力の加減は違いますし、父は他者の心を見通す程度の力でした。それでも……例外は存在します」
「例外?」
ミスラの訝しげな声に、ゆっくりとヒイシはミスラと向き合う。
「力が発揮出来ない相手も存在する、ということです。宰相閣下のことが何一つとしてわからないのですから」
広間でミスラを見た瞬間、衝撃と混乱がヒイシを襲った。
力が発揮出来ない人間も存在する、ということは祖父や父から聞いて知ってはいた。
だが、生を受けてから今まで、ヒイシはそんな人間に会ったことはなかった。唯一の例外は同じ異能を持つ亡き父だけ。
しかし、現実に目の前に佇むミスラの存在は、ヒイシに恐怖を与えた。
この人間は、たやすく自分に騙されてはくれない。嘘も通じない。
それは人々の心の深淵を不本意ながら見続けてきたヒイシの直感であった。
弟であるミスラが見えないのならば、兄の国王も見えないのだろう。
「私は見えませんか」
「見えません。だからこそ、偽りは口に出来ないと思いました。……死ぬことは願い……だったのですが」
きっと、自嘲的な笑みが零れているのだろう。
どうして自分の願いは叶ったことがないのか?
この畏怖され、拒絶される力を抱えて、永劫生きていかねばならないのだろうか?
人としての尊厳を失ってまで?
「死……?」
自分の思考に彷徨っていたヒイシは、その言葉がミスラの口から洩れたものだとは最初わからなかった。たった一言聞こえた声に、それまでヒイシと対峙していたミスラとは明らかに異なった、一切の感情が排他された声音であったからだ。
ハっとしてミスラを見た瞬間、ヒイシは悲鳴を抑えるために両手を口元にあて、ミスラから距離を取った。
ミスラの口元には微笑みが刻まれ、瞳の奥も剣呑な色はなく、むしろ笑んでいる。
だが、ミスラの纏う空気とそれは、あまりにも齟齬を感じさせるほど違和感を伴っており、素人ならば逃げ出していただろう。
けれどヒイシには、今、目の前の人物から逃げてはならない、という本能が働いていた。
離宮に閉じ込められている時は、人々の思念でしか情報を持たなかったジルベスタン兄弟。
その一角の存在と対峙している今だからこそわかることがある。
何か、どこかでこの人物は狂っている。
表面的なことや、内面ではなく、もっと奥深いところにある何かが。
逃げてはいけない。
本能は訴えても、傍に寄りたいか、などと訊かれるのは不毛に尽きる。
逃げなくとも距離を開けるようにソファの端に少しずつ移動する。
しかし、どんなに大きなソファでも、必ず端があり、そこに到達すれば逃げ場はないに等しい。
ヒイシの背中がソファの端の肘掛けについたと同時に、ミスラがのばした手がヒイシの左足を掴み、引き摺り戻される。
何が起こったのか、何がミスラの逆鱗に触れたのか、ヒイシにはわからなかった。
恐ろしいほど美しいミスラの顔が自分の眼前にある理由を考えることを、ヒイシは拒絶していたのかもしれない。
いや、もし考えられたとしても、頭の中や思考が真っ白になっていて上手く機能出来てはいなかっただろう。
いきなりドレスの上から胸を力加減など一切なく鷲掴みにされ、感触を楽しむかのように揉まれ、苦痛が奔った。
そこまできて、ようやくヒイシの思考が弾けたように突如回復した。「逃げてはいけない」という危機本能よりも女性としての危機本能のほうが勝り、無我夢中でミスラの腕から抜け出そうと暴れ出す。
瞬間、バシッ! という音と共に、左頬にジワジワとした痛みが襲った。口の中に血の味が広がり、自分の頬を叩かれたのだということを頭の中が麻痺しそうになる中で理解する。
ミスラの行動に遠慮はなく、ヒイシが身に纏っているドレスの胸元を容易く引き裂くと、乳房を直に掴み、先端をジュルジュルと音をたてて吸い付く。唾液でベットリと汚れる行為に、ミスラの容姿とはかけ離れた下品さが目立つ。
何がミスラをそこまで駆り立てるのかわからない。
ミスラの顔には既に笑みはなく、背筋が泡立つほどの不気味で無表情な人形が動いているかのようだ。
「や――――――――っ!!」
錯乱が頂点に達し、ヒイシは頬を叩かれたことすら忘れて今まで以上の力で暴れはじめた。
未だかつて、これほどまでに何かに抗った記憶も経験もヒイシにはない。
けれど、どれだけ暴れようと、所詮は男と女。体格の差は歴然としていた。
ミスラは細く見えても王族に必須な護身術などをキチンと学んでいるのだろう。筋肉のつきかた、張りは一般男性よりも遥かに綺麗でしっかりとしている。
ふいに、手に何かが触れた。それが自分が飲んでいたお茶の茶器であることに気付き、ヒイシはあらん限りの力を込めて、手に取った茶器をミスラに投げ付ける。
ミスラのヒイシを抑え付ける力が弱まった瞬間、ヒイシはミスラを足で蹴り付けてソファから逃れ、一目散に扉に向けて走ろうとするが、扉に手が届く後一歩でミスラの手で床に力任せに組み伏せられる。
床に背中を打ち付けた衝撃で空気が上手く取り込めずに咳き込むが、それでも覆い被さってくるミスラの顔を両手で押し返そうとするも、再び叩かれていなかった右頬を容赦なく叩かれてしまう。
今度は力加減などの配慮もせず、思いきり叩かれたことがわかった。衝撃で頭がクラクラする。
ヒイシを無表情に見下ろすミスラは、ヒイシの破れたドレスの布きれをヒイシの口内に押し込める。
まるで悲鳴は雑音だとでもいうように。
何かが引き裂かれる音がしても、ヒイシの思考は上手く回復していなかった。ヒイシの下着だけを取り去ったミスラはまったく配慮のない手つきでヒイシの秘所にいきなり二本も指を突き入れた。
「………っ!?」
布で塞がれた口からはくぐもった声しか洩らせない。
突き入れられた指は容赦なくヒイシの中を蹂躙し、痛みと生理的嫌悪でヒイシの目から涙が零れ落ちていく。
突然、指が引き抜かれ、安堵で息を整えていたヒイシの秘所に、とてつもなく熱いなにかが触れた。
その正体を悟ったヒイシが息を呑むのと同時に、猛った楔が秘所を裂いておし入ってくる。あまりの熱さに無意識に身体を後ずらせて逃げようとしていたヒイシを引き戻し、ミスラは一息に貫いた。
声にならない絶叫が室内に響いた。
ヒイシの目は極限まで見開かれ、涙腺が壊れたかのように涙が頬や床に流れ落ちていく。
ミスラの動きにあわせてヒイシの身体は意志を持たないかのように揺れる。
首や胸をしつこく舐められ、吸われ、噛まれ、ヒイシの意識は混濁していく。
いっそ気を失えたら楽なのに、意識が落ちそうになると再び痛みで意識が浮上する。
ミスラはヒイシのすべてを貪り尽くさねば気が済まない、というように激しく抽挿を繰り返す。
ズチュズチュビチャビチャという音とミスラの獣のような息遣いが室内に充満し、それ以外の音は聞こえない。
悪夢以上の暴力が、ヒイシから正常な意識を奪い、目は虚ろに宙を彷徨う。
それ故、ヒイシは口の中が完全に切れて、口内に押し込まれた布が真っ赤に染まりつつあることも、無意識にミスラの首元に爪を思いきりたてたことにも気付かない。
この時、ミスラの理性は自制が利かなくなっていた。
ただただ、目の前にある欲しいものを手に入れている感情に、うっすらと淫猥な笑みさえ零し、行為に没頭する。
ヒイシの左足を自分の肩にかけ、右足は片手で痕がつきそうなほど掴んで離さない。火傷しそうな体液を幾度となく奥に注がれ、やがてヒイシの視界は完全に暗転した。
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