竜と生きる人々

ねぎ(ポン酢)

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黒き風と生きる

別れの時

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「コラー!チビーッ!!」

俺が怒鳴ろうとどこ吹く風。
チビは切り出した肉をモリモリ食べてしまう。

あれからまた数日たった。
黒い風が狩りをしてきてそれを俺が解体する。
解体したそばからチビが肉を食っていく。
それが繰り返される。

食欲旺盛なチビ。
はじめは一頭で一日もったが、今は二匹解体しても俺の分まで食べようとする。
死守しないと食うものがなくなる。

黒い風はというと、そんな俺達をただじっと見ていた。

これだけ食べる量が増えたのに、黒い風は取ってくる獲物の量を増やさない。
むしろ減らし始めている気がする。
狩りに行っても戻りが遅くなった。
そのせいでチビは機嫌が悪くなり、俺の食うものを奪って食べてしまう。

仕方ない……。

争って勝てる相手でもないので、俺は瓦礫と化した村の外に出て、罠を仕掛けた。
そんな俺の後ろをひょこひょことついてくるチビ。

「~~~!チビ!お前がついてきたら!獲物が怖がって逃げるだろうが!!」
「キギギッ??」

何を言われているのかわかっていない。
それまで閉じ篭っていた瓦礫の村を出て、全てが物珍しいのか、あっちこっち行っては匂いを嗅いだり、岩をひっくり返したりしている。
お陰で警戒した小動物たちはなりを潜めてしまった。
これでは罠を仕掛けてもなかなか取れないだろう。
やり方を変えた方がいいかもしれない。
俺はそう思った。

一応罠を仕掛けて、苔の実を集めて飢えを凌ぐ。
黒い風やチビは完全な肉食らしく、苔の実には興味を示さなかった。

空の高さ、そして風の匂い。
俺はそれを感じて少し考えていた。

苔の実がたくさん取れるのは秋だからだ。
山の秋は短い。
直に凍てつく冬が来る。

「……………………。」

一人で山で冬を越す事は難しいだろう。
今でさえ、黒い風がチビの為に狩りをしてくるおこぼれをもらっているからなんとかなっているだけで、そうでなければ餓死していただろう。

胸の上からペンダントを握りしめる。

コートがくれた片道切符。
俺みたいな子供が生きる為にはこれを頼るしかないだろう。

冬が来る前に山を下りなければならない。

エコーやエボニー、父や母。
村の皆は空に還った。
それでいい。
黒い風と共に、この山とこの空の中に居続けるのだ。

だが俺は違う。
幸か不幸か生き残った。

俺は、生きなければならない。

皆の命が巡り巡ってチビの中でも生きているように。
俺もいつかはその中に還る。
でも今はその時ではない。
だから生きる為にその選択をしなければならない。

山を、空を見つめる。

いつか俺もここに還るのだ。
それだけは変わらない。

けれど生きている限り、生きなければならない。
エコーやエボニー、皆の為にも、俺は生きている限りは生きなければならない。
それがどれだけ過酷でも、この村があった証明として。
不思議とそう思えた。

ふと、チビが空を見上げた。
チビの目は生まれた時と違って今はよく見えるようだ。
俺には見えない先の先まで見通せるのか、一点を見つめて動かない。

恐らく黒い風が帰ってくるのだ。

黒い風は帰ってこない事もある。
その意味を俺は理解していた。

黒い風は子育てを終えようとしている。

多くの鳥たちがそうであるように。
多くの獣たちがそうであるように。

甲斐甲斐しく餌を運んだ様に、餌を与えない事で巣立ちを促す。

自然の摂理に勝てない子は死に絶える。
けれどそれに一人で打ち勝てなければ生き物は皆、生きていけないのだ。

空を見上げる。
俺の目にも黒い風が見えた。

「……さようなら、俺たちの山。その主である黒い風……。」

俺はどうしてだかそう呟いた。







チビは何も知らない。
無邪気にはしゃいで村に戻った。
ごちそうが待っていると思ったからだ。

何も疑う事を知らない無垢なチビ。
黒い風が落とした獲物に嬉々として食らいついている。
もう俺が解体してやらなくても自分で食いちぎって食べていける。

黒い風は離れた瓦礫の上に立ち、それをじっと見ていた。

俺が見上げると、少しの間、俺の顔を見つめた。
そして村の中をのしのし歩くと、ある瓦礫の下を掘り始めた。
そして何かを加え、俺の前にそれを置いた。

「…………。」

それは俺が隠していた箱。
村を去ろうと準備したものが入っている。

どうして黒い風が箱を知っていたのか、どうしてそれを瓦礫の中から取り出して俺の前に置いたのかはわからない。
わからないけれど、どういう意味なのかはわかった。

俺は黒い風を見つめた。
エコーが食われた時はあんなに恐ろしく、絶望と無力感を覚えた黒い風を。

俺は黙って跪き、頭を下げた。
それがこの山の神に対する礼儀だと思った。

黒い風は首を伸ばし、いつかのように臭いを嗅いだ。
生温かい鼻息がくすぐったかった。

「……いずれ帰ります。ここが俺の世界の全てだから。」

黒い風は何も言わなかった。
ただじっと俺を見つめていた。

今なら黒い風がわかる。

理解しがたい村の全てがわかる。
それは言葉にするには難しく、他の人には理解できない事だと思った。

でもそれでいいのだ。

黒い風が翼を広げ、空に向かって首を伸ばす。


「ケエエェェェェ……ッ!!」


聞いた事のない声を高らかに上げる。
それは山の中に反響した。
チビも何かを感じ取ったのか、食べるのをやめてこちらに顔を向ける。

と……。

どこか遠くから、同じ様に鳴く声が聞こえた。
いや、単に黒い風の鳴き声が山の中で木霊しただけかもしれない。
けれどその声が遠く何重にも重なり合うのを俺は聞いた。

考えてみればそうだ。
いくら黒い風でも、一頭で卵が産める訳がない。

コートも言っていた。
この山の奥に「竜の巣」があるのだと……。

黒い風が翼をはためかせる。
俺はそれを黙って見つめていた。


「キギギッ!キギギッ!!」


チビがいつもと違う雰囲気に、慌てたように駆け寄ってきた。
しかしそれが届く事はなかった。

バサリ……と飛び上がる黒い風。

チビはそれを追おうと走ったり跳ねたり、翼を動かしたりしている。
けれどチビはまだ飛べない。
黒い風を追いかける事はできない。

「キギギッ!!ギャッギャッギャッ!!」

しきりに呼びかけるが黒い風は振り向かない。
悠々と空に舞い上がり、村の瓦礫の上を旋回する。
それは段々と速度を上げ、「黒い風」となる。

「ギャァオゥ!ギャァオゥ!!」

それが暮れ行く空の闇に消えていくのを、俺は見送った。
涙がいつの間にか流れ頬を伝う。

必死に鳴き叫ぶチビの声が山にただ響いていた。
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