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黒き風と生きる
風が吹く
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必死に訴える弟に俺は頷く。
薄っすらと開いた目が、それを見て小さく笑った。
自分の不甲斐なさに涙が出た。
「覚悟は決まったか?坊主?」
男はニヤニヤとそういった。
俺は腹を括った。
「ああ。」
「そうかい。なら大人しくしな。」
「いや、殺せ。」
「?!」
「ここで生きながらえても、そうそう長くは持たないだろう。だったらこの場で、この村でこの山で、皆と死にたい。」
俺は真っ直ぐ男を見返して告げた。
言葉に詰まる男。
「……兄……ちゃん……。」
「大丈夫だ、エボニー。俺は自分の行きたい道を選んだだけだよ。」
弟は俺が山を下りようとしている事に気づいていた。
だから俺に言ったのだ。
今、下りる時だよ、と。
確かにこのどさくさに紛れれば、誰も俺が山を下りた事に気付かないだろう。
でもそれが正解なのかと言われれば違う気がした。
それが本当に俺がしたい事かと言われれば、違う気がした。
俺はただ逃げたかったんだ。
エコーの死から。
彼がいなくなってしまった悲しみから。
それに耐えられる自信がなかったから、この山ごとそれを捨ててしまおうとしていただけだ。
今こうして再び死が目の前にある。
エボニーは助からないだろう。
この村も助からないだろう。
俺はまた逃げるのか?
その悲しみから目を逸らして。
その苦痛から逃げ続けるのか?
それがどうして絶望的に俺を悲しませるのか知りもしないで……。
俺はギュッと弟を抱きしめた。
その死が耐え難いほど悲しく苦しいのは愛しているからだ。
かけがえないほど大切だからだ。
その悲しみから目を反らせて逃げるのは、かけがえなく愛している自分の気持ちを踏みにじる事だ。
俺はこの村を、この山を、愛してる。
ここが俺の全てだ。
終わりが来るならここと共に。
それが俺の答えだった。
男が苦々しい顔で俺を睨む。
そして無言のままボーガンを構えた。
その矢が頬を掠める。
けれど俺は動かず、真っ直ぐに男を見つめ続けた。
チッと苛立たしげに男が舌を鳴らした。
「……そうかい。なら、あの世で仲間と仲良くしな。小僧。」
そう言って鉄の矢が俺に向けられる。
俺はただ静かにそれを見ていた。
男が引き金を引く様が、スローモーションの様に見えていた。
その時だった。
今まさに、引き金を引こうとしていた男の頭が消えた。
それは音もなくふっと消えた。
頭部を失った体が、一瞬、何が起きたのか解らず制止し、糸が切れたマリオネットの様に崩れ落ちた。
風が吹いたのだ。
俺はゆっくりと空を見上げる。
風が吹いていた。
黒い風が……。
「旧竜だ!旧竜が出たぞ!!」
「本当に居やがった!!」
「狙え!生け捕りにするんだ!!」
賊たちが一斉に騒ぎ始めた。
村の事は後回しにし、手にしていた見慣れない武器を構え始める。
俺はそれをぼんやり見ていた。
確かに彼らの武器はとても強力だ。
でも、それは人間相手の話。
あんなモノでこの山の神に対抗しようなんて、世間知らずだなぁと冷静に思っていた。
俺の率直な感想通り、人間なら簡単に串刺しにできる自慢の鉄の矢も、黒い風の前では小枝同然だった。
何よりこの速さで飛び回っているのだ。
殆どの矢は見当違いの場所を虚しく飛んでいくばかりだ。
「……エボニー、見てご覧?黒い風だよ……。」
俺は浅い息の弟にそう声をかけた。
弟は薄っすら目を開くと、ぼんやりとした目でそれを確かめ、小さく笑った。
とても嬉しそうに笑った。
良かったな、エボニー。
見たがってたもんな、黒い風を……。
俺の目から涙が溢れ、弟の頬を濡らす。
弟は嬉しそうに微笑んだまま、もう目を開かなかった。
逃げ惑う賊の悲鳴。
黒い風が通り過ぎると彼らがボロ布の様にズタズタに引き裂かれる。
やがて夜が近づいてくる頃には、村からは何も聞こえなくなっていた。
夜の闇が訪れる。
村は燃えている瓦礫の灯り以外、真っ暗だった。
闇の中、ボリボリと骨を砕くあの音が響く。
俺は冷たくなった弟を抱きかかえたままそれを見ていた。
エコーが死んだ時と同じ様にそれを見ていた。
瓦礫と化した村。
その闇に降り立った黒い風が死んだ村人を食べていた。
その中にはエコーの両親や……父と母の亡骸もあった。
黒い風は不思議と賊の死体は食べなかった。
村人の死体は瓦礫の中に埋まっていてもちゃんと見つけ出して食べるのに対し、賊の死体は目の前にあっても邪魔なものとして扱っていた。
それをどうやって見分けているのかわからない。
やがて……。
黒い風は俺の前に立った。
闇の中でも圧倒的なその存在に畏怖を感じずにはおれない。
黒い風はスッと俺の方に顔を寄せた。
俺の匂いを嗅ぎ、そして弟の匂いを嗅いだ。
ハッとした。
黒い風が何をしようとしているのか理解した。
俺は咄嗟に弟を抱きしめた。
いや、弟だったものを抱きしめた。
黒い風は一瞬、俺達から顔を離した。
そしてその漆黒の瞳が、じっと俺を見つめた。
わかってる。
わかってるんだ。
弟は死んだ。
弟は黒い風が好きだった。
ずっと憧れていた。
最後にその姿を見る事ができ、とても嬉しそうに笑って死んだ。
だから……。
俺の目からは止めどなく涙が溢れた。
みっともなく鼻水が出るままにしゃくりあげ、弟を抱きしめた。
黒い風に向かって何度も何度も首を振った。
わかってる。
わかってるんだ。
でも……。
黒い風は物音一つ立てずにそこにいた。
黙って俺の気持ちの整理がつくのを待っていた。
どれぐらいそうしていたのかわからない。
俺はもう一度だけギュッと弟の亡骸を抱きしめた。
そして顔を上げた。
黒い風はそこにいた。
俺は弟の体を黒い風に差し出した。
黒い風は静かにそれを受け取り、口に加えた。
そしてそれを食べ始める。
ボリボリと骨を砕く音。
俺はそれを黙って見ていた。
涙が止めどなく流れたが、もう怖いとは思わなかった。
薄っすらと開いた目が、それを見て小さく笑った。
自分の不甲斐なさに涙が出た。
「覚悟は決まったか?坊主?」
男はニヤニヤとそういった。
俺は腹を括った。
「ああ。」
「そうかい。なら大人しくしな。」
「いや、殺せ。」
「?!」
「ここで生きながらえても、そうそう長くは持たないだろう。だったらこの場で、この村でこの山で、皆と死にたい。」
俺は真っ直ぐ男を見返して告げた。
言葉に詰まる男。
「……兄……ちゃん……。」
「大丈夫だ、エボニー。俺は自分の行きたい道を選んだだけだよ。」
弟は俺が山を下りようとしている事に気づいていた。
だから俺に言ったのだ。
今、下りる時だよ、と。
確かにこのどさくさに紛れれば、誰も俺が山を下りた事に気付かないだろう。
でもそれが正解なのかと言われれば違う気がした。
それが本当に俺がしたい事かと言われれば、違う気がした。
俺はただ逃げたかったんだ。
エコーの死から。
彼がいなくなってしまった悲しみから。
それに耐えられる自信がなかったから、この山ごとそれを捨ててしまおうとしていただけだ。
今こうして再び死が目の前にある。
エボニーは助からないだろう。
この村も助からないだろう。
俺はまた逃げるのか?
その悲しみから目を逸らして。
その苦痛から逃げ続けるのか?
それがどうして絶望的に俺を悲しませるのか知りもしないで……。
俺はギュッと弟を抱きしめた。
その死が耐え難いほど悲しく苦しいのは愛しているからだ。
かけがえないほど大切だからだ。
その悲しみから目を反らせて逃げるのは、かけがえなく愛している自分の気持ちを踏みにじる事だ。
俺はこの村を、この山を、愛してる。
ここが俺の全てだ。
終わりが来るならここと共に。
それが俺の答えだった。
男が苦々しい顔で俺を睨む。
そして無言のままボーガンを構えた。
その矢が頬を掠める。
けれど俺は動かず、真っ直ぐに男を見つめ続けた。
チッと苛立たしげに男が舌を鳴らした。
「……そうかい。なら、あの世で仲間と仲良くしな。小僧。」
そう言って鉄の矢が俺に向けられる。
俺はただ静かにそれを見ていた。
男が引き金を引く様が、スローモーションの様に見えていた。
その時だった。
今まさに、引き金を引こうとしていた男の頭が消えた。
それは音もなくふっと消えた。
頭部を失った体が、一瞬、何が起きたのか解らず制止し、糸が切れたマリオネットの様に崩れ落ちた。
風が吹いたのだ。
俺はゆっくりと空を見上げる。
風が吹いていた。
黒い風が……。
「旧竜だ!旧竜が出たぞ!!」
「本当に居やがった!!」
「狙え!生け捕りにするんだ!!」
賊たちが一斉に騒ぎ始めた。
村の事は後回しにし、手にしていた見慣れない武器を構え始める。
俺はそれをぼんやり見ていた。
確かに彼らの武器はとても強力だ。
でも、それは人間相手の話。
あんなモノでこの山の神に対抗しようなんて、世間知らずだなぁと冷静に思っていた。
俺の率直な感想通り、人間なら簡単に串刺しにできる自慢の鉄の矢も、黒い風の前では小枝同然だった。
何よりこの速さで飛び回っているのだ。
殆どの矢は見当違いの場所を虚しく飛んでいくばかりだ。
「……エボニー、見てご覧?黒い風だよ……。」
俺は浅い息の弟にそう声をかけた。
弟は薄っすら目を開くと、ぼんやりとした目でそれを確かめ、小さく笑った。
とても嬉しそうに笑った。
良かったな、エボニー。
見たがってたもんな、黒い風を……。
俺の目から涙が溢れ、弟の頬を濡らす。
弟は嬉しそうに微笑んだまま、もう目を開かなかった。
逃げ惑う賊の悲鳴。
黒い風が通り過ぎると彼らがボロ布の様にズタズタに引き裂かれる。
やがて夜が近づいてくる頃には、村からは何も聞こえなくなっていた。
夜の闇が訪れる。
村は燃えている瓦礫の灯り以外、真っ暗だった。
闇の中、ボリボリと骨を砕くあの音が響く。
俺は冷たくなった弟を抱きかかえたままそれを見ていた。
エコーが死んだ時と同じ様にそれを見ていた。
瓦礫と化した村。
その闇に降り立った黒い風が死んだ村人を食べていた。
その中にはエコーの両親や……父と母の亡骸もあった。
黒い風は不思議と賊の死体は食べなかった。
村人の死体は瓦礫の中に埋まっていてもちゃんと見つけ出して食べるのに対し、賊の死体は目の前にあっても邪魔なものとして扱っていた。
それをどうやって見分けているのかわからない。
やがて……。
黒い風は俺の前に立った。
闇の中でも圧倒的なその存在に畏怖を感じずにはおれない。
黒い風はスッと俺の方に顔を寄せた。
俺の匂いを嗅ぎ、そして弟の匂いを嗅いだ。
ハッとした。
黒い風が何をしようとしているのか理解した。
俺は咄嗟に弟を抱きしめた。
いや、弟だったものを抱きしめた。
黒い風は一瞬、俺達から顔を離した。
そしてその漆黒の瞳が、じっと俺を見つめた。
わかってる。
わかってるんだ。
弟は死んだ。
弟は黒い風が好きだった。
ずっと憧れていた。
最後にその姿を見る事ができ、とても嬉しそうに笑って死んだ。
だから……。
俺の目からは止めどなく涙が溢れた。
みっともなく鼻水が出るままにしゃくりあげ、弟を抱きしめた。
黒い風に向かって何度も何度も首を振った。
わかってる。
わかってるんだ。
でも……。
黒い風は物音一つ立てずにそこにいた。
黙って俺の気持ちの整理がつくのを待っていた。
どれぐらいそうしていたのかわからない。
俺はもう一度だけギュッと弟の亡骸を抱きしめた。
そして顔を上げた。
黒い風はそこにいた。
俺は弟の体を黒い風に差し出した。
黒い風は静かにそれを受け取り、口に加えた。
そしてそれを食べ始める。
ボリボリと骨を砕く音。
俺はそれを黙って見ていた。
涙が止めどなく流れたが、もう怖いとは思わなかった。
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