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第二話 知り合いの暫定サイコキラー

望まない大物

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 事件現場まで徒歩移動する宮間と黒羽。
 後続のパトカーは既にいなくなり、通りは本来の落ち着きを取り戻しつつあった。

 幸いにも現場までは遠くない。
 十五分もあれば到着できる距離だ。
 だからこそ、罰を課せられたというのもあるのだろうが。
 適度に雑談を交えながら二人は進む。

「まあ、俺たちが急いだって大したことはできないからね。鑑識の邪魔をしちゃ悪いし、遅れて着くのが正解だよ」

「大不正解です。やれることはたくさんあります」

「またまたぁ、黒羽ちゃんったら真面目すぎるんだから」

「私が真面目すぎるのではなく、宮間さんが――」

 その時、黒羽が不意に足を止めて沈黙した。
 僅かに見開かれた双眸。
 表情の変化が乏しいので分かり辛いが、どうやら驚愕しているようだ。
 彼女の視線は前方の歩道橋に向けられている。

 硬直する黒羽を見て、宮間は首を傾げた。

「どうかした?」

「あそこに殺人者がいます」

 黒羽の紫色のひとみが妖しく煌めく。

 歩道橋に立つのは小柄な人影だ。
 欄干にもたれかかり、下方を過ぎ去る車両を眺めている。
 距離があるので細かな容姿は確認できない。

 宮間は顎を撫でつつ思案する。

「へぇ、殺人者か。黒羽ちゃんの言うことだから本当なんだろうね」

 黒羽の眼は、他者の殺人経験数を看破する。
 目視さえすれば、過去にどれだけの人間を殺してきたか分かってしまうのだ。

 故に彼女は刑事として殺人事件に携わり、自身の能力を以て解決しようと尽力している。
 現状、その心意気が行き過ぎてしまうことも多々あるが、宮間に諭されて以降は改善に努めていた。

 とはいえ、染み付いた気質はそう簡単に変えられるものではない。
 黒羽は殺人者に視線を固定したまま懐を探る。

「とりあえず、あの殺人者を捕縛しましょう。罪状は何でもいいです。宮間さんなら適当に捏造できるでしょう」

「なんで俺が捏造できる前提なのさ」

「日頃の勤務態度からして得意に見えたので」

 黒羽は真顔で辛辣な返しをしながら、スタンガンと金槌を取り出した。
 たまたま通りかかった人々が二つの凶器を見てぎょっとする。

 宮間は黒羽の肩を優しく叩いた。

「黒羽ちゃん、その物騒なものは止めておこうか。色々と面倒臭いことになっちゃうからね。捜査は皆で協力しようって言ったでしょ?」

「だから協力してあの殺人者を捕まえるつもりです。宮間さんは気さくに話しかけてください。隙を突いて私が仕掛けて無力化します。抵抗された場合はスタンガンと金槌で攻撃するので問題ありません」

「いやいやどこのアクション映画かな? その作戦だと漏れなく問題しかないよ? というか、俺の言った協力ってそういう意味じゃないからね? コンビネーションを駆使して犯罪者をぶっ飛ばすってことじゃないから」

 宮間は穏やかに黒羽のスタンガンと金槌を取り上げる。
 このまま持たせておくと、何をしでかすか分かったものではない。

「返してください」

「駄目だね。渡したらすぐに行くつもりでしょ。物証もなしにいきなり一般人に危害を加えたら本当に不味い。それこそ今度は謹慎じゃ済まないかもしれないね」

「では、どうしろと言うのですか」

「まずは職質で様子を窺う。了承を取れたら名前やら住所やら番号を控えて、その後は監視しながら署に連絡かな」

 宮間は冷静に妥協策を述べる。

 たまたま見つけた殺人者を証拠もなく逮捕するのは極めて困難だ。
 根拠は黒羽の主張のみで、傍目には何の信憑性もない。
 叩けば埃が出てくるかもしれないが、その叩くまでに至れないのがネックである。

 説得を受けた黒羽は、しかし変わらぬ態度でジャケット裏から特殊警棒を抜き取った。
 まだ隠し持っていたらしい。
 彼女は毅然とした態度で言う。

「確かに宮間さんの意見は正しいと思います。ですが、今は一刻を争う事態です。申し訳ないのですが強行させていただきます」

「待って待って。どうしてそんなに頑ななのかな。理由を教えてほしい」

 宮間は走りだそうとした黒羽を引き止めて尋ねる。

 何やら黒羽の様子がおかしい。
 自身の正義感を貫こうというより、焦っているように感じられたのだ。

 彼女とて状況判断ができないわけではない。
 白昼堂々と暴力行為をすればどうなるかなど分かっているはずだ。
 それなのにも関わらず、全力で殺人者の捕縛に取りかかろうとしている。

 宮間の問いかけに動きを止める黒羽。
 彼女は鋭い眼光で殺人者を見据えて答える。

「あれはただの殺人者ではありません――被害総数百五十二人のシリアルキラーです」
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