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第一話 死神刑事との邂逅
神経をやすりで逆撫でする
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午後二時。
宮間と黒羽は、駅前のコンビニにいた。
殺人事件の容疑者、西田清美の勤務先の店舗である。
「新作のスイーツが出てるらしいけど食べる?」
「結構です」
「つれないねぇ」
二人は取り留めもない会話をしながら入店する。
レジに立つ女性店員が「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
宮間はさりげなく胸元のネームプレートを確認する。
そこには”西田清美”と記載されていた。
目的の人物である。
宮間はドリンクコーナーから缶コーヒーを二本取ると、それらをレジへ持って行った。
ついでに肉まんも購入する。
西田は手際よく品物をビニール袋に入れて合計金額を述べた。
まだ目の前の人物の素性には気付いていないようだ。
財布から小銭を出しながら、宮間は親しげに話しかける。
「どうもどうも。お仕事お疲れ様です」
「いえ……ありがとうございます」
西田はやや困惑しつつも礼を言う。
いきなり声をかけられたことを怪しんでいるらしい。
そんな反応も気にせず、宮間はレジカウンターに身を乗り出す。
彼の手はいつの間にか警察手帳を持っていた。
それを西田からしか見えない位置でひらひらと動かす。
「ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、お時間いただけますかね」
「……は、はい」
西田はすっかり委縮した様子で頷く。
ただの客かと思ったら、警察だったのだ。
驚いてしまうのも無理はない。
宮間と黒羽は、西田に連れられて店内の奥にある一室に移動した。
そこは休憩室らしく、スチールデスクとパイプ椅子が置かれている。
宮間は西田と向き合うように座った。
黒羽は壁に寄りかかったまま、明後日の方向を眺めている。
事情聴取を手伝う気はないらしい。
いや、既に容疑者に関心がないのは明らかであった。
ここへ来るまでは意欲的だったのに、その熱は一体どこに消えてしまったのか。
いまいち考えの読めないパートナーに嘆息しつつ、宮間は話を切り出す。
「西田さんは瀧原さんのことをご存知で?」
「はい……昨日、他の刑事さんに教えてもらいました。今朝のニュースにもなっていましたね。未だに信じられません……」
「それは話が早い。今日はその事件についてお尋ねしようと思いましてね」
途端、西田はキッと宮間を睨みつけた。
その目は僅かに潤みを帯びている。
「知っていることは全部、他の刑事さんに話しました……! どうせ、私を疑っているんですよね!? 私は何もしていないのに、ひどいです……」
そこまで言い切った西田は、顔を伏せて泣き崩れる。
我慢してきた感情を抑え切れなくなったのか。
もしこれが演技ならば、彼女は相当な役者だろう。
嗚咽する西田を前に、宮間は頬杖を突いて肉まんを齧る。
彼の目は相変わらず死んでいた。
「いや、まあ、すみませんね。こっちも仕事なもんで。ほら、黒羽ちゃんも謝って」
「早く次の容疑者に会いに行きましょう」
「彼女もこう言ってるんで、許してあげてください」
直後、西田によって怒鳴られた二人は、あえなくコンビニから追い出された。
あの分だと謝罪に戻っても事情聴取は望めまい。
無神経な二人は、西田の心情的な地雷を見事に踏み抜いたのであった。
何事かと注目する通行人をよそに、宮間は缶コーヒーを開けて飲む。
「いやー、参った参った。ご立腹ってレベルじゃなかったなぁ」
「当然です。西田さんは犯人ではありませんので」
毅然として断言する黒羽に、宮間は片眉を上げた。
「ふーん、やけに自信満々だね」
「私には視えますから」
そう言って黒羽は自身の目を指差す。
両瞳は屋外でもはっきりと分かる紫色をしていた。
どことなく妖しげな雰囲気を纏っている。
「そりゃ、すごい。厨二病ってやつかね」
宮間は缶コーヒーを飲み干すと、空になったそれをゴミ箱に投げた。
缶はゴミ箱の穴の縁に弾かれて地面を転がる。
あと数センチずれていれば綺麗に放り込めたろう。
腰に手を当てた宮間は、盛大なため息を吐いた。
「カンも外れたことだし、二人目のホシの方に行くか」
「同感です」
「あー、今のは……いや、解説するのも恥ずかしいね、うん」
宮間は気まずそうに苦笑するのであった。
宮間と黒羽は、駅前のコンビニにいた。
殺人事件の容疑者、西田清美の勤務先の店舗である。
「新作のスイーツが出てるらしいけど食べる?」
「結構です」
「つれないねぇ」
二人は取り留めもない会話をしながら入店する。
レジに立つ女性店員が「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
宮間はさりげなく胸元のネームプレートを確認する。
そこには”西田清美”と記載されていた。
目的の人物である。
宮間はドリンクコーナーから缶コーヒーを二本取ると、それらをレジへ持って行った。
ついでに肉まんも購入する。
西田は手際よく品物をビニール袋に入れて合計金額を述べた。
まだ目の前の人物の素性には気付いていないようだ。
財布から小銭を出しながら、宮間は親しげに話しかける。
「どうもどうも。お仕事お疲れ様です」
「いえ……ありがとうございます」
西田はやや困惑しつつも礼を言う。
いきなり声をかけられたことを怪しんでいるらしい。
そんな反応も気にせず、宮間はレジカウンターに身を乗り出す。
彼の手はいつの間にか警察手帳を持っていた。
それを西田からしか見えない位置でひらひらと動かす。
「ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、お時間いただけますかね」
「……は、はい」
西田はすっかり委縮した様子で頷く。
ただの客かと思ったら、警察だったのだ。
驚いてしまうのも無理はない。
宮間と黒羽は、西田に連れられて店内の奥にある一室に移動した。
そこは休憩室らしく、スチールデスクとパイプ椅子が置かれている。
宮間は西田と向き合うように座った。
黒羽は壁に寄りかかったまま、明後日の方向を眺めている。
事情聴取を手伝う気はないらしい。
いや、既に容疑者に関心がないのは明らかであった。
ここへ来るまでは意欲的だったのに、その熱は一体どこに消えてしまったのか。
いまいち考えの読めないパートナーに嘆息しつつ、宮間は話を切り出す。
「西田さんは瀧原さんのことをご存知で?」
「はい……昨日、他の刑事さんに教えてもらいました。今朝のニュースにもなっていましたね。未だに信じられません……」
「それは話が早い。今日はその事件についてお尋ねしようと思いましてね」
途端、西田はキッと宮間を睨みつけた。
その目は僅かに潤みを帯びている。
「知っていることは全部、他の刑事さんに話しました……! どうせ、私を疑っているんですよね!? 私は何もしていないのに、ひどいです……」
そこまで言い切った西田は、顔を伏せて泣き崩れる。
我慢してきた感情を抑え切れなくなったのか。
もしこれが演技ならば、彼女は相当な役者だろう。
嗚咽する西田を前に、宮間は頬杖を突いて肉まんを齧る。
彼の目は相変わらず死んでいた。
「いや、まあ、すみませんね。こっちも仕事なもんで。ほら、黒羽ちゃんも謝って」
「早く次の容疑者に会いに行きましょう」
「彼女もこう言ってるんで、許してあげてください」
直後、西田によって怒鳴られた二人は、あえなくコンビニから追い出された。
あの分だと謝罪に戻っても事情聴取は望めまい。
無神経な二人は、西田の心情的な地雷を見事に踏み抜いたのであった。
何事かと注目する通行人をよそに、宮間は缶コーヒーを開けて飲む。
「いやー、参った参った。ご立腹ってレベルじゃなかったなぁ」
「当然です。西田さんは犯人ではありませんので」
毅然として断言する黒羽に、宮間は片眉を上げた。
「ふーん、やけに自信満々だね」
「私には視えますから」
そう言って黒羽は自身の目を指差す。
両瞳は屋外でもはっきりと分かる紫色をしていた。
どことなく妖しげな雰囲気を纏っている。
「そりゃ、すごい。厨二病ってやつかね」
宮間は缶コーヒーを飲み干すと、空になったそれをゴミ箱に投げた。
缶はゴミ箱の穴の縁に弾かれて地面を転がる。
あと数センチずれていれば綺麗に放り込めたろう。
腰に手を当てた宮間は、盛大なため息を吐いた。
「カンも外れたことだし、二人目のホシの方に行くか」
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「あー、今のは……いや、解説するのも恥ずかしいね、うん」
宮間は気まずそうに苦笑するのであった。
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