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第89話 信頼を託されてみた

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 しばらく会話したところで、職員が自分の荷物をまとめ始めた。
 結界の具合を確かめつつ、彼女は俺達に告げる。

「さて、この辺りで一旦離脱しますね。お二人は頑張って鍛錬を続けてください」

「どこへ行くんだ」

「地上に戻ります。少しやることがありましてね。安心してください、数日以内に帰ってきますから。迷宮の主に好かれているなら危険もないでしょう」

 職員はギルドの人間だ。
 今は有給を取っているそうだが、実際は多忙の身だろう。
 彼女は英雄と比肩する実力の持ち主である。
 本来はこうして俺の鍛錬に付き合う暇も義理もない。
 その好意に甘えてばかりもいられなかった。

 荷物を持った職員が出ていく直前、足を止めて振り返った。
 彼女は口元を手で隠して言う。

「あ、そうそう。結界には防音機能もあるので、遠慮なく声を出して楽しんでもいいっすからね」

「……早く行ってこい」

「すみません、邪魔者はさっさと消えますね。では、また後ほど」

 職員は高笑いを響かせながら通路の奥へと消えていく。
 感謝はしているものの、色々と面倒な性格をした奴である。
 特に下世話なところはなんとかしてほしい。

 ため息を吐いていると、ビビが背中にくっついてきた。
 彼女は耳元で囁いてくる。

「防音だって。どうする?」

「せめて休ませてくれ。魔力を大量に使ったせいで気持ち悪い」

「じゃあ横にならないと」

 ビビが足を伸ばして座り、自分の太腿をぺちぺちと叩く。
 ここに頭を載せろということらしい。
 なぜか誇らしそうな顔で断りづらい雰囲気である。
 疲れていたこともあり、俺は大人しく従って横になった。
 仰向けの姿勢なので、間近からビビに見下される形となる。

「重たくないか」

「大丈夫。ちゃんと楽にして」

 ビビが俺の胸に手を当てた。
 彼女は涼やかな声で歌う。
 聞いたことのない曲だが心地よい。
 しばらく歌った後、ビビは唐突に言う。

「ご主人は本当にすごいね」

「そうか? 死ぬ気で挑んでようやく及第点という感じだが」

「普通はできないよ」

「半端な覚悟ではいられない状況だからな。いつもより調子は良いかもしれない」

 俺が苦笑気味に述べると、ビビが頬に手を添えてきた。
 彼女は俺の顔を覗き込んで尋ねる。

「勝てるか不安?」

「いや、属性の同時発動で希望が見えてきた。相手は俺のことを侮っている。怒りから冷静さも失っているだろうし隙は多いと思う。もちろん油断はできないけどな」

 不安に駆られては前に進めない。
 楽観的にはなれないまでも、絶望するような局面ではなかった。
 まだ時間は残されている。
 力を尽くして対策を講じるつもりだった。

 俺の意見を聞いたビビは笑みを見せる。

「ご主人のこと、信じてるよ」

「ありがとう。必ず勝ってみせるさ」

 そう応えると、ビビが顔を近付けてくる。
 俺達は互いを求めるようにして唇を重ね合わせた。
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