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第一話 因果応報な強盗事件

新たな相談

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 三日後の夕方。
 杏子はファミレスの席でぐったりとしていた。
 彼女は恨むような視線を対面の人物――朽梨に向ける。

「先生、そろそろ寝かせてください……もう本当に無理です」

 ここ三日間、杏子はまともに睡眠が取れていなかった。
 合計しても十時間ほどだろう。

 彼女は昼夜問わず朽梨に呼び出され、聞き込みや張り込み行った。
 断ろうとすれば契約違反による罰金を仄めかされ、従わざるを得ないように追い込まれた。

 これだけでも十分に過酷だが、おまけに調査方法が法律的にグレーゾーンを突っ走るような類なのだ。
 心身共に疲れ果てるのも当然だろう。

 テーブルに突っ伏す杏子を前に、その元凶である朽梨は腕組みをして言う。

「この程度の調査で根を上げるとは情けない。そんなことでは一人前の探偵にはなれないぞ」

「別に私は探偵志望じゃないですからね……」

「そうかそうか、それは良かった」

 杏子のツッコミをいい加減に流し、朽梨は一冊の大学ノートを出す。
 それは此度の連続強盗事件の調査記録であった。
 切り抜いた資料や写真を貼ってあるせいで、ノートはかなりの厚みになっている。

「調査結果の整理だ。そこから犯人を絞る」

「了解です。あ、先に注文しちゃいましょうよ。私はエビグラタンと唐揚げが食べたいです。先生は何にしますか?」

 呑気な杏子の問いかけに硬直する朽梨。
 喉元まで出かけた小言を呑み込み、メニュー表を片手に答える。

「……ドリンクバー二つと抹茶パフェだ」

 その後、オーダーを済ませた二人は、それぞれドリンクバーから飲み物を取ってくる。
 コーラをストローで飲みつつ、朽梨は話を再開させた。

「まずは四人の被害者についてまとめる。一応言っておくが、こいつらは残らず詐欺グループだ。四人で一つの組織を運営している。今回の事件もその売り上げ金が盗まれたってわけだ。警察に相談できないのも当然の話だな」

「いやいや、そんなの初耳ですが! 後ろめたい事情って、詐欺のことだったんですか!?」

 立ち上がろうとした杏子の頭を押さえ、朽梨は面倒そうに返答する。

「声が大きい。お前がいない間に調べたことだ。確かな筋からの情報だから間違いない」

「……依頼者の杉下さんも詐欺師ということですか?」

「ああ。自宅の調度品や身に着けていた腕時計やスーツが高級品だった。あれはよほどの稼ぎが無いと無理だ」

 朽梨は確信を以て断言する。
 依頼の話をする一方、杉下の恰好や自宅を観察していたらしい。

 杏子は難しい顔で考え込んだ後、ぽつりと提案する。

「強盗に襲われる詐欺グループですか……もう通報した方がよさそうですね」

「何を言っている。それをすると報酬が手に入らないだろうが。諸費用で見事に赤字だ」

 朽梨の返しにきょとんとした顔をする杏子。
 彼女は呆れたようにぼやく。

「なんというか、先生って清々しいほど金の亡者ですね!」

「お前はもう少しオブラートに包んだ表現を覚えろ」

 そんなやり取りをしていると、ウェイトレスが注文した料理を運んできた。
 杏子と朽梨は一旦会話を中断して、それぞれ手元に寄せる。

「先生の頼んだ抹茶パフェ、美味しそうですね。一口くださいよ」

「これは俺の分だ。誰にも渡さん」

「金の亡者の上に食い意地も張ってるんですか。プロの欲張りですね」

「食い意地が張っているのはどっちだ。もういい、調査結果の話に戻るぞ」

 ため息を吐いた朽梨は、記録ノートをめくって杏子に見せる。

 そこには細かなプロフィールと数枚の写真が貼ってあった。
 どれも金髪の人相の悪い中年男が写っている。
 一目で隠し撮りと分かるアングルだ。

「加藤仁昭。四十八歳。自営業。連続強盗事件の最初の被害者だ」

「居酒屋のオーナーでしたよね。聞き込みが大変でした」

 ノートを見た杏子は思わず苦笑する。

 二日前の加藤への聞き込みはかなり揉めた。
 徹底して会話を拒否され、少しでも食い下がると怒鳴られた。

「大事な金を盗まれて気が立っているのだろう。どうしようもなく短気で愚かな男さ」

 朽梨は吐き捨てるかのように言い放つ。
 相変わらず麻袋で表情は定かではないが、全身から嫌悪感が滲み出ていた。
 人差し指がコツコツとテーブルを叩いている。

「加藤はほぼシロだ。自分が襲われた時を除けば、事件発生時は店にいる。従業員や常連の証言からして間違いないだろう。防犯カメラにも映っていた」

 そう締め括り、朽梨は記録ノートをめくる。
 ページには白髪の神経質そうな男の写真が貼られていた。
 写真のうち何枚かは、ベッドの上で包帯を巻いた姿だ。

「次だ。原野亮太。五十歳。フリーター。二番目の被害者で、現在は市内の病院にて入院している」

「この人だけ重傷でしたね」

「鈍器による殴打。下手に抵抗したせいだ」

 原野への聞き込みは今日行ったばかりである。
 犯行時に受けた傷が深刻で、ずっと面会謝絶状態だった。

「こいつもシロだな。被害者を装うための自傷行為にしてはやりすぎだ。さすがに入院後も犯行を続けられるとは考えにくい」

「確かに先生のおっしゃる通りですね。あー、レモンをかけたらめっちゃ美味しいです」

 うんうんと頷く杏子は、神妙な面持ちで唐揚げを頬張っている。
 したたり落ちた肉汁が記録ノートに染みを作っていた。

 杏子の額にチョップをかましつつ、朽梨は話を続ける。

「三番目が谷川和樹。三十七歳の高校教師。この男についてはアリバイがない。犯行時刻は自宅にいたという話だった」

「一貫して非協力的で、なんだか怪しい雰囲気でしたね」

 写真の被写体は七三分けの物静かそうな男だった。
 茶色のスーツを着ており、黒板の前に立って何か話している。

 どうやら授業中の光景らしい。
 それを如何にして入手したのか杏子は気になったが、今は関係ないので触れないでおく。

「この谷川さんが犯人の可能性は高いですかね」

 杏子がエビグラタンを食べながら訊くと、朽梨はパフェのスプーンを回しながら答える。

「消去法だがな。場合によっては行動を監視する」

「制服コスプレで高校に潜入捜査ですね!」

「百歩譲って教師だ」

 律儀にツッコミを入れた朽梨は次のページを開く。

「四人目。杉下信彦。会社員。今回の依頼者で、犯行時刻は自宅にいたという話だが、家族の証言のためアリバイ成立とは言えない」

「家族は息子さんしかいないんでしたよね」

「六年前に離婚したらしい。妻は既に別の男と結婚して他県で暮らしている。今回の件とは無関係だろう」

 そこで朽梨は記録ノートを閉じてため息を吐く。
 麻袋から覗く双眸は、心なしかうんざりした色を見せていた。

「以上が詐欺グループ兼事件の被害者だ。この中に強盗犯が潜んでいるかもしれないが、全くの他人という可能性も十分にある。ったく、捜査が面倒だ。警察に丸投げしたい」

「本音ダダ漏れじゃないですか。報酬のために頑張りましょうよ」

「詐欺グループの情報を警察に流して金を貰う方が楽な気がしてきた」

「とても探偵とは思えないセリフですね」

 二人が騒いでいると、テーブルの前に誰かがやってきた。
 カジュアルな服装の若い男だ。
 男は深刻そうな表情で発言する。

「食事中にすみません。探偵さんですよね」

「ええ、そうです。何か御用ですか」

 営業モードに切り替わった朽梨が尋ねると、男はこくりと頷く。

「俺は、杉下信彦の息子の和夫です。どうか父の詐欺を止めてくれませんか」
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