上 下
2 / 107

第2話 新世界の洗礼

しおりを挟む
 ゴブリン。
 ゲームでは有名なモンスターだろう。
 雑魚敵の代表で、主に初心者が戦いに慣れるための相手として登場する。
 或いは経験値稼ぎの獲物だろうか。

 だが、実際に退治してみると迫力が違う。
 かなり小柄で痩せ細った体躯だが、片手が握る木の槍には存在感がある。

 あれは人間を殺せる武器だ。
 刺されれば致命傷になりかねない。
 それを意識すると呼吸が速まったので、精神力で落ち着ける。

 これはRPGの延長線上にあるのだ。
 ドット絵から少し進化しただけである。
 たとえ死んだとしても構わない。
 とっくに諦めた人生で、無抵抗に殺されるのが当たり前だった。
 ここで生き残れば儲けものと捉える。
 その程度でいい。

 開き直ってみると気分も楽になった。
 これからのことは部屋で決心したばかりなのだ。
 初めての戦闘も含めて楽しまなくては。
 最初の街から出られない勇者などゲームに必要ない。

 こちらを睨むゴブリンを前に、まず胸を張って構えを取った。
 右手に包丁。
 左手にゴルフクラブ。

 包丁は切っ先を前に向けて握り込む。
 ゴルフクラブはやや短めに持って、緩く掲げた姿勢を保った。
 天井に当たらず、素早く振り下ろせる位置だ。
 その状態でじっとゴブリンを観察する。

 ゴブリンは唸りながら木の槍を構えていた。
 先端は大雑把に削られて尖っている。
 下手に近付くと刺されるだろう。

 ただしゴブリンのサイズに合わせてあるのでそこまで長くない。
 リーチの面ではゴルフクラブが優っている。
 間合いに気を付けることで負傷のリスクを下げられるだろう。

 思考の途中、いきなりゴブリンが動き出した。
 叫びながら突進を始める。
 木の槍を構えて猛然と迫ってきた。

 その瞬間、脳裏にあった作戦は吹き飛んだ。
 余計なことを考えている暇はなかった。

 閉じかけた自宅の扉を掴むと、力任せに押し開いた。
 必然的に扉は、狭い外廊下を塞ぐ形になる。

 扉の向こうで硬い何かがぶつかる音がした。
 おそらく槍だ。
 勢い余って当ててしまったのだろう。

 ゴブリンは扉で塞がれていない隙間に割り込み、強引に通ろうとしてくる。
 血走った目で喚きながら槍を振り回していた。
 命を、奪おうと、している。

 気が付くとゴブリンの脳天にゴルフクラブを打ち込んでいた。
 頭蓋を砕く生々しい感触。
 黄色く濁った眼球がせり出した。

 間を置かずに包丁を突き込む。
 刃はゴブリンの首筋に潜っていった。
 引き抜くと鮮血が迸り、顔とスーツを濡らしていく。
 一張羅が台無しになった。

 頭が割れて首を刺されたゴブリンはそれでも死なない。
 震える身体で扉を押し退けつつ、槍で反撃しようとしてきた。

 刺されたくない。
 その一心で槍を掴みながらタックルを敢行した。
 さらに血でぬめるゴブリンの首を掴み、手すり壁の向こう側へ投げ落とす。

 ゴブリンは頭から真っ逆さまに地上に落ちて、駐車場の軽自動車に激突した。
 衝撃で防犯アラームがけたたましく鳴り響く。

 アスファルトに転がって悶絶するゴブリンのもとに、二足歩行の大柄な豚が現れた。
 俗に言うオークだ。
 戦闘音を聞き付けて現れたのだろうか。

 オークはどこかで調達したと思しき鉄パイプで瀕死のゴブリンを滅多打ちにして殺した。
 そのまま死体を引きずってマンションの外へ歩いていく。
 途中、こちらを一瞥したものの、何もせずに立ち去った。

 決して友好的な気配ではなかった。
 漁夫の利で獲物を奪った感じである。
 おそらくゴブリンは食糧になるのだろう。
 あまり美味そうではないが、モンスターの味覚は人間と違うのかもしれない。

 壁に背を預けて息を吐く。
 いつの間にか呼吸を止めていたことに気付いた。
 震える両手は、血の付着した包丁とゴルフクラブを握っている。

 これが弱肉強食。
 生まれ変わった世界の真理を垣間見た気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ダイスの神様の言うとおり!

gagaga
ファンタジー
突如めまいに襲われたその男は、気が付けば一枚の紙を握りしめ、草原に倒れていた。 その男は周囲を見渡し、今までアパートにいたはずなのにと首をかしげる。そしてわけも分からないこの状況の打開、そのヒントを求めて手に握った紙を広げてみた。 古く、茶ぼけたボロボロの紙はもろく、今にも崩れ落ちそうで、当然、中に書いている文字もわずかにしか読み取れなかった。 苦心しながらも、どこか見覚えのあるその紙面から男が読み取った情報は 「これは・・・、テーブルトークRPGの自キャラのステータス表か」 学生時代、男が熱心に取り組んでいた活動対面の会話式ロールプレイングゲーム、TRPGで愛用していた自分のキャラクターの名前がそこには掲載されていた。 「アーノルド。これまた懐かしい名前だ。職業は、第一が聖騎士で・・・、後は全く読めないな」 そうやって自分の状況を把握しようとしてた彼の脳内に、何かが転がる音が響いた。 それが二度起こり、静まった所で彼は立ち上がる。 「よく分からん。だが、前に進むべきだろう。前は、きっとこっちだ」 まるで何者かに背中を後押しされたように、その男、アーノルドは目印のない草原を歩き出す。 さて、彼の行く末はいかに。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

金貨三枚で買った性奴隷が俺を溺愛している ~平凡冒険者の迷宮スローライフ~

結城絡繰
ファンタジー
平凡な冒険者である俺は、手頃に抱きたい女が欲しいので獣人奴隷を買った。 ただ性欲が解消できればよかったのに、俺はその奴隷に溺愛されてしまう。 爛れた日々を送りながら俺達は迷宮に潜る。 二人で協力できるようになったことで、冒険者としての稼ぎは抜群に良くなった。 その金で贅沢をしつつ、やはり俺達は愛し合う。 大きな冒険はせず、楽な仕事と美味い酒と食事を満喫する。 主従ではなく恋人関係に近い俺達は毎日を楽しむ。 これは何の取り柄もない俺が、奴隷との出会いをきっかけに幸せを掴み取る物語である。

【魔物島】~コミュ障な俺はモンスターが生息する島で一人淡々とレベルを上げ続ける~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【俺たちが飛ばされた魔物島には恐ろしいモンスターたちが棲みついていた――!?】 ・コミュ障主人公のレベリング無双ファンタジー! 十九歳の男子学生、柴木善は大学の入学式の最中突如として起こった大地震により気を失ってしまう。 そして柴木が目覚めた場所は見たことのないモンスターたちが跋扈する絶海の孤島だった。 その島ではレベルシステムが発現しており、倒したモンスターに応じて経験値を獲得できた。 さらに有用なアイテムをドロップすることもあり、それらはスマホによって管理が可能となっていた。 柴木以外の入学式に参加していた学生や教師たちもまたその島に飛ばされていて、恐ろしいモンスターたちを相手にしたサバイバル生活を強いられてしまう。 しかしそんな明日をも知れぬサバイバル生活の中、柴木だけは割と快適な日常を送っていた。 人と関わることが苦手な柴木はほかの学生たちとは距離を取り、一人でただひたすらにモンスターを狩っていたのだが、モンスターが落とすアイテムを上手く使いながら孤島の生活に順応していたのだ。 そしてそんな生活を一人で三ヶ月も続けていた柴木は、ほかの学生たちとは文字通りレベルが桁違いに上がっていて、自分でも気付かないうちに人間の限界を超えていたのだった。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。

ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。 それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。 これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ) よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m hotランキング23位(18日11時時点) 本当にありがとうございます 誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

処理中です...