92 / 92
5.うじ茶のように渋く甘くすっきりと
p.92
しおりを挟む
「僕、死んだ割には、軽症だと思うのですが?」
両足骨折が軽症な訳はないのだが、死の淵にいた事を思うと、ずいぶんと軽い気がしていたのだ。
「あぁ、それは、私の方で少々情報操作を行った。心肺停止のままでは、そもそも研修が行えないのでな。蘇生後、半身不随というのも、そなたに文句を言われそうなので、まぁ、私なりの配慮だ」
事もなげにすごい事を口にする小野様を見ながら、僕もやはりなと、事の次第を当たり前のように受け入れている辺り、僕はもう立派な小野様付特別補佐になっているのだろうか。
「見るに、そなたは現世での活動再開を無事に果たせたようなので、此度の視察はこれで終いとするが、良いか?」
「えぇ、それは構いませんけど。次はいつ頃……」
「それは、解らぬ。私は、そう暇ではないのだ」
「それもそうですね。大丈夫です。僕はしっかりとこちらで生きていきますよ」
右手を握り親指だけを立てると、小野様に向かって決めポーズをして見せる。
「では古森さん、研修がんばってくださいね~。次、お会いした時には、絶対に海のお話をしましょうね~」
小鬼はそう言うとベッドからピョンと飛び降り、小野様の足元へと移動する。そばへ来た小鬼がスーツの裾をギュッと握った事を確認した小野様は、もう一度僕と視線を合わせる。
「では、古森。しっかりやるのだぞ」
そう言うと、小野様は両手を顔の前へ上げる。そして、パンっと音高く打ち鳴らした。その音の大きさに、僕は思わずギュッと目を瞑ってしまう。再び目蓋を開けたときには、二人の姿はもうどこにも見当たらなかった。
呆気に取られ、先ほどまで二人がいた場所をぼんやりと見つめる。そこには、冥界区役所宿泊所にはなかった窓から差し込む暖かな光と、懐かしい金木犀の香りだけが残されている。
不意に与えられた二度目の人生。三十年という期間は、やり直すには充分だ。まずは、もうそろそろ戻ってくるであろう、家族との関係修復に全力で取り組もう。
そんな事を考えていると、ココンと軽くドアがノックされ、続けて大きな声が病室に響く。
「古森さーん。古森衛さーん。検温お願いしまーす」
「はーい」
僕は、伸びのある大きな声で返事をした。
信じられない奇跡によって与えられた新たな時間を僕はもう無駄にはしない。次に小野様と小鬼に会った時に胸を張れるように。
日々を大切に。人々を大切に。
僕に与えられた三十年を、大切に誠実に生きていくことを心に強く誓う。
完
両足骨折が軽症な訳はないのだが、死の淵にいた事を思うと、ずいぶんと軽い気がしていたのだ。
「あぁ、それは、私の方で少々情報操作を行った。心肺停止のままでは、そもそも研修が行えないのでな。蘇生後、半身不随というのも、そなたに文句を言われそうなので、まぁ、私なりの配慮だ」
事もなげにすごい事を口にする小野様を見ながら、僕もやはりなと、事の次第を当たり前のように受け入れている辺り、僕はもう立派な小野様付特別補佐になっているのだろうか。
「見るに、そなたは現世での活動再開を無事に果たせたようなので、此度の視察はこれで終いとするが、良いか?」
「えぇ、それは構いませんけど。次はいつ頃……」
「それは、解らぬ。私は、そう暇ではないのだ」
「それもそうですね。大丈夫です。僕はしっかりとこちらで生きていきますよ」
右手を握り親指だけを立てると、小野様に向かって決めポーズをして見せる。
「では古森さん、研修がんばってくださいね~。次、お会いした時には、絶対に海のお話をしましょうね~」
小鬼はそう言うとベッドからピョンと飛び降り、小野様の足元へと移動する。そばへ来た小鬼がスーツの裾をギュッと握った事を確認した小野様は、もう一度僕と視線を合わせる。
「では、古森。しっかりやるのだぞ」
そう言うと、小野様は両手を顔の前へ上げる。そして、パンっと音高く打ち鳴らした。その音の大きさに、僕は思わずギュッと目を瞑ってしまう。再び目蓋を開けたときには、二人の姿はもうどこにも見当たらなかった。
呆気に取られ、先ほどまで二人がいた場所をぼんやりと見つめる。そこには、冥界区役所宿泊所にはなかった窓から差し込む暖かな光と、懐かしい金木犀の香りだけが残されている。
不意に与えられた二度目の人生。三十年という期間は、やり直すには充分だ。まずは、もうそろそろ戻ってくるであろう、家族との関係修復に全力で取り組もう。
そんな事を考えていると、ココンと軽くドアがノックされ、続けて大きな声が病室に響く。
「古森さーん。古森衛さーん。検温お願いしまーす」
「はーい」
僕は、伸びのある大きな声で返事をした。
信じられない奇跡によって与えられた新たな時間を僕はもう無駄にはしない。次に小野様と小鬼に会った時に胸を張れるように。
日々を大切に。人々を大切に。
僕に与えられた三十年を、大切に誠実に生きていくことを心に強く誓う。
完
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【R18】もう一度セックスに溺れて
ちゅー
恋愛
--------------------------------------
「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」
過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。
--------------------------------------
結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる