上 下
120 / 125

閑話 ギルバート

しおりを挟む
 私はパッとしない子爵家の3番目の息子だった。

 末っ子だからと可愛がられたことなんてない。なぜなら私は、父親が愛人に産ませた婚外子だからだ。
 母親は商家の娘で、美しい母に父が惚れ込んで愛人にしたらしい。そんな母は私を出産した後に亡くなり、父が私を引き取ってくれたようだ。

 父は本妻の機嫌を取るためなのか、私を特別可愛がったりはしなかったし、本妻は私をいない者として扱い、全く相手にしなかった。そして上の兄達は私を愛人の子だと虐めた。
 そんな子爵家が大嫌いで早く独り立ちをしたいと思った私は、勉学だけは頑張った。

 私が14歳になった時だった。
 子爵家に親戚のベネット伯爵がやって来る。

「君がギルバートかい?君の優秀さは家庭教師達の噂で聞いているよ。
 うちの息子にならないか?生活に不自由はさせないし、これからも変わらず努力してくれるなら、うちの跡取りになってもらいたい。」

 ベネット伯爵家といったら大金持ちの名門伯爵家だということは知っていた。そんなすごい家門の養子になれるなら…。
 しかし、義母や兄達は黙っていなかった。

「ベネット伯爵様。ギルバートよりも次男の方が優秀で性格も明るくて良い子ですわよ。
 うちの次男を養子にしてくださいませ。」

「ぜひ僕の方を養子にして下さい!絶対に後悔させません!」

 長男は跡取りだから手元におき、後を継げない次男を金持ちのベネット伯爵家に養子に出したいのだろう。
 しかし、ベネット伯爵は…

「私はギルバートと話がしたくてここに来たのだ。
 どうせ、愛人の子だからと蔑ろにしていたのだろう?
 14歳なら、本人が同意すれば養子に迎えられる決まりになっているのだから、夫人も子息も口を挟まないでくれるか?
 ギルバート、君はどうしたい?」

 この邸から出られるならば…

 私は迷わなかった。


「ベネット伯爵家の養子にして下さい。」

「分かった。では、直ぐに養子縁組の書類にサインをして、すぐに出発しよう。
 荷物は君の大切な物だけを持って来なさい。必要な物はベネット家で用意するから身一つでも構わない。」

 養子縁組の書類にサインをした後、自分の部屋で、大切にしていた本や母の形見などを鞄に詰めている時だった。

「お前、富豪のベネット家の養子になれるからと調子に乗るなよ。
 ベネット家には、俺と同じ学年の令嬢がいるんだ。美しくて、生徒会に所属するくらいの才女だ。
 お前なんかが養子に入っても相手にされないだろうし、ベネット家を横取りにしに来た余所者だって、冷遇されるだろうな。
 新しい家でもせいぜい苦しむがいい。」

 私の一つ年上の次兄は、それだけ言って去っていった。
 冷遇されたとしても、こんな家よりはマシなはずだ。望まれて養子に入るのだから、ベネット伯爵を信じたい。


 希望と不安の混ざり合った気持ちで、ベネット家に向かった私は、拍子抜けすることになる。


「貴方がギルバートね。来てくれてありがとう。私は貴方の義理の母になるから、義母上って呼んでくれたら嬉しいわ。
 私達は商売をしているから、忙しくしていることが多いけど、お互いが家にいる時は、必ず家族で一緒に食事やお茶をするって決めているのよ。ギルバートも今夜から一緒に食事をしましょうね。
 好きな食べ物は何かしら?食べられない物はある?
 家族になるのだから、貴方のことを色々教えてちょうだいね。」

 美しい伯爵夫人が迎えてくれた。穏やかで優しそうな夫人だ。この人が義理の母になるのか…。
 好きな食べ物なんて生まれて初めて聞かれたかもしれない。

「ギルバートです。今日からどうぞよろしくお願い致します。
 好きな食べ物も嫌いな食べ物も、特に何もありませんから、お気遣いなく。」

「ふふっ!徐々に本音で話せるようになればいいわね。
 そういえば、私達には娘がいるのよ。貴方の義理の姉になるわね。今は学園に行っているから、帰って来たら紹介するわね。」

 次兄が言っていた令嬢だな。恐らく私を良くは思わないだろうから、仲良くするのは難しいだろう。
 こんな大金持ちの家の一人娘だし、気位が高くて我儘かもしれないが、揉めたくはないな…。


 義理の姉になる令嬢が帰ってきたのは、暗くなってからだった。


「ギルバート、紹介するわね。娘のエレノアよ。仲良くしてあげてね。」

 義母が紹介してくれたのは、義母に似た顔立ちの美少女だった。

「ギルバートです。どうぞよろしくお願いします。」

「エレノアよ。義姉さんって呼んでね。よろしく!
 ギルって呼んでいい?
 ギルはもうすぐ学園に入学するわよね?絶対に私と仲良くしてね!」

「……は、はい。義姉さん、よろしくお願いします。」

 見た目と、喋る雰囲気があまりにも違い過ぎて驚いてしまった。

「お母様、早く夕飯にしましょう。今日も悪魔に酷使され過ぎて、お腹が空いてしまったわー。
 ギルも一緒にダイニングに行きましょう。」

 …悪魔に酷使された?

「ノア、不敬になるようなことは言わないでちょうだい!
 ギルバート、義姉のようになってはダメよ。行きましょう。」

「…は、はい。」

 ベネット家が予想していた雰囲気とあまりにも違い過ぎて、今後の私の生活がどうなるのかが、全く分からなかった。

 


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

【完結】お前なんていらない。と言われましたので

高瀬船
恋愛
子爵令嬢であるアイーシャは、義母と義父、そして義妹によって子爵家で肩身の狭い毎日を送っていた。 辛い日々も、学園に入学するまで、婚約者のベルトルトと結婚するまで、と自分に言い聞かせていたある日。 義妹であるエリシャの部屋から楽しげに笑う自分の婚約者、ベルトルトの声が聞こえてきた。 【誤字報告を頂きありがとうございます!💦この場を借りてお礼申し上げます】

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

別れてくれない夫は、私を愛していない

abang
恋愛
「私と別れて下さい」 「嫌だ、君と別れる気はない」 誕生パーティー、結婚記念日、大切な約束の日まで…… 彼の大切な幼馴染の「セレン」はいつも彼を連れ去ってしまう。 「ごめん、セレンが怪我をしたらしい」 「セレンが熱が出たと……」 そんなに大切ならば、彼女を妻にすれば良かったのでは? ふと過ぎったその考えに私の妻としての限界に気付いた。 その日から始まる、私を愛さない夫と愛してるからこそ限界な妻の離婚攻防戦。 「あなた、お願いだから別れて頂戴」 「絶対に、別れない」

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

処理中です...