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閑話 ロジャース伯爵

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 アブス子爵家との話し合いで、エレノアは私に離縁したいと言い出す。
 私が必死に妻はエレノアだけだと伝えても、跪いて謝っても、エレノアの目は冷たいまま…。何の希望も持たない空虚な目で見られる。


 第二夫人になることを望むアブス子爵家と、第二夫人は要らない私との話し合いは上手くいくはずもなく…、そんな時にエレノアが話し合いに同席させたのは、義弟のベネット卿だった。

 エレノアがこんな時に頼る相手はベネット卿だという現実に、胸がチクリと痛んだような気がした。

 ベネット卿は、アブス子爵令嬢がベネット家の店で媚薬を購入していたことを話す。それを否定する令嬢に、令嬢のサイン入りの同意書と、店のカメラの映像まで見せて令嬢を黙らせた。
 そして、夜会にいた私の友人達から証言を集めて、購入した媚薬の副作用と、具合が悪くなっていた時の私の症状が同じであったことに気付き、アブス子爵令嬢が私に媚薬を盛ったことを突き止めてくれたのである。
 こんなやり手の義弟だから、エレノアはベネット卿を頼ったのだろう。

 しかし、アブス子爵令嬢がそんなことをするとは…。
 エレノアと再構築している大事な時だったのに、私はこの大人しそうな女狐に嵌められたわけか。
 なんて情けない…。
 
 エレノアは始めからそのことを疑っていたから、アブス子爵家に強い態度を取っていたのだろう。

 それなのに私は、何も気付かずにアブス子爵令嬢を詰るエレノアを注意してしまった…。エレノアの夫として、彼女の一番の味方でなければいけなかったのに。
 私のこんなところが、エレノアからの信頼を失う原因の一つになっているのかもしれない。



 後日、夜会で迷惑をかけたことを詫びる為に、私はエイジャー伯爵家に来ていた。そこには、他の親友達の姿もある。

「アラン。あの日のことだが、夫人には謝ることはできたのか?
 あの日のアランは具合が悪かったことを、私達みんな見ているんだ。アランはもしかしたら嵌められたのかもしれないということを、私達から夫人に話そうかと相談していたんだが。」

「…ありがとう。実はエレノアの義弟が、私が嵌められたことを証明してくれたんだ。
 ベネット家の店でアブス子爵令嬢が媚薬を買っていたことを突き止め、媚薬の副作用と、私の体調不良の症状が一緒だったことを教えてくれた。
 ベネット卿は、お前達が私のために色々証言をしてくれたと話していた。
 ありがとう…。」

「ベネット家からあの日について聞かれていたが、そういうことだったのか…。
 嵌められたことが証明できて良かった。」

「しかし、媚薬を買っていたって?あのアブス子爵令嬢が?
 大人しそうなのに、随分と大胆な女だ。騙されていたよ。」

「いや、あの女はずっとアランを狙っていたぞ。アランにだけは挨拶しに来たり、ワインを持って来たりしていただろう?まだ諦めてなかったんだな…。
 ある意味で怖い令嬢だ。」

「あの女、よくアランをじっと見ていたよな…。今更だけど、暗いし、何を考えているか分からなくて、少し不気味だと思っていたんだ。」

「しかし、ベネット卿はすごいな!ベネット家の店はあんなに沢山あるし、店に来る客だってすごい人数だろ?その中から、アブス子爵令嬢が媚薬を買っていた証拠を見つけるなんて、相当なやり手だな。」

「で、アランはどうするんだ?夜会の後にあんなことになったと、すでに噂になっているぞ。」

 やはり噂になってしまったか…

「あの女、避妊薬を飲まなかったらしい。
 エレノアからは、妊娠の可能性があるから、私が責任を取らなくてはならないと言われた。」

「あの女、やってくれたな。始めからアランに責任を取らせるつもりでいたんだろう。」

「アラン、辛いかもしれないが、夫人の言う通りだ。
 お前は被害者だが、孕んでいるかもしれないアブス子爵令嬢をそのままには出来ないぞ。」

「あの女を第二夫人として迎えないと、無責任な伯爵だとレッテルを貼られて、アランの信用問題に関わると思う。
 夫人が気の毒だが…。」

 やはりそうなのか…。

「アラン、夫人を繋ぎ止められるようにしっかりやれよ!1番辛いのはお前ではなくて夫人だ。」

「…ああ、私の妻はエレノアだけだ。」




 私はアブス子爵令嬢を第二夫人に迎えることにした。
 だが、この女のしたことは絶対に許さない。
 この先愛することはないし、私を陥れた憎い女としか思えない。もし、子どもができたとしても何も感じないだろう。


 私の大切な妻はエレノアだけ……








 後日。


 エレノアに会いに来て、帰るところであったベネット卿を呼び止める。

「ベネット卿、先日は申し訳なかった…。私があの女に嵌められたことを証明してくれて、心から感謝する。」

「………。」

 ベネット卿は刺すような視線を私に向けている。

「…ベネット卿?」

「ロジャース伯爵様のためにしたのではありませんから、お礼は結構です。
 それより…、いつ義姉を返してくれるのです?」

「返す…?何を言って?」

 ベネット卿はフッと冷笑する。

「義姉から聞きました。貴方は結婚したその日に、義姉と夫婦になることを拒否したと。
 …よくも、私の大切な義姉を傷つけてくれましたね。
 今回のことも、貴方は被害者であり加害者でもある。」

「あれは違う!そんなつもりで言ったのでは……」

「言い訳は結構です!
 姉は辛い思いをさせられているにも関わらず、〝私がバカだった〟とか〝私が悪い〟とか、自分を責めることしか言いませんでした。
 本当に優しい義姉なんですよ…。
 義姉を不幸にしている貴方を…、私は絶対に許さない。」

 ベネット卿は、私を睨みつけて帰って行った…。







「旦那様、これは非常に由々しき事態ですよ…。」

「トーマス、分かってはいるんだ…。私が全て悪い。」




 私はどうしたらいい…?



 



 
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