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記憶が戻る前の話
07 出会い
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私の行儀見習い先は、我が国の筆頭公爵家であるアンダーソン公爵家だった。伯爵家とは比べ物にならないほど広大な敷地には豪華で大きな邸が見える。一体、部屋はいくつあるのだろう?
邸の入り口では家令とメイド長が出迎えてくれた。
「ベント伯爵令嬢。公爵閣下は大変忙しい方ですので挨拶は手短なものになると思いますが、気になさらないで下さい」
初老の家令は、緊張する私を気遣ってくれているのか、優しく声を掛けてくれた。
「公爵様は女性があまり得意ではないので、口調が冷たく感じると思います。悪気はありませんので、気にされなくて大丈夫ですわ」
40代くらいのメイド長も優しそうな人で、私は無意識にホッとしていた。
二人の話を聞くと、公爵様は女嫌いでそっけない態度を取られるけど気にしなくていいよってことかしら?
それくらい平気よ。ベント伯爵家での酷い扱いを考えたら、少し冷たい態度を取られるくらい何ともないわ。
こんなに大きな邸で公爵様とは滅多に顔を合わせないだろうし、一緒に働く他の使用人達とは仲良く出来たら嬉しいな……
「全く気にしませんので大丈夫ですわ。
お気遣いありがとうございます」
その後、家令は公爵様に挨拶をするために執務室へと案内してくれた。
執務室の中では、目の覚めるような美丈夫が仕事をしている。
国王陛下も美しいと思ったけど、公爵様も凄く美しいわ。顔が整いすぎて芸術品みたい……
「閣下、明日から行儀見習いとして働くベント伯爵令嬢でございます」
家令が私を紹介してくれたが、忙しそうな公爵様は視線を私に向けることなく、書類を見たままの状態で口を開く。
「ああ……、陛下と王妃殿下からの紹介で行儀見習いに来ると聞いていたな。
うちは基本的に貴族令嬢の行儀見習いは受け入れていなかった。大した仕事もせず、貴族令嬢だからと他の使用人を見下したり、仕事より男漁りの方に興味があるような女が多かったからだ。
陛下と王妃殿下から頼まれて仕方なく受け入れただけだ。仕事をする気がないならすぐに去ってもらう」
公爵様は書類だけを見つめて淡々と話をしている。まるで書類と会話をしているようだ。
家令とメイド長は、公爵様のこの冷たい態度を心配して私に声を掛けてくれたのだと理解できた。
これくらい大したことないわ。
今までの行儀見習いの令嬢は、この美しい公爵様を狙ってここに来たのかも。未婚の美しい公爵様に憧れる令嬢は沢山いそうだし、しつこく言い寄られて女嫌いになってしまったのかもしれない。
私は生きていくことに精一杯で、美しい公爵様に興味はないから安心して欲しいわ。
ここで認められたら長く働かせてもらえるかもしれないし、上司になる家令やメイド長はいい人だから、行儀見習いではなく使用人として正式に雇って欲しいくらいなんだから。
「心得ております。どうぞよろしくお願い致します」
最低限の挨拶をしてすぐに退室するつもりでいたが、私の言葉を聞いた公爵様は、ピタッと仕事の手を止める。
何かあったのかしら? 大切な書類の不備でも見つけた? でも、私には関係ないわね。
「閣下は多忙ですので、私達はこれで退室させていただきます」
「失礼いたします」
家令に退室を促された私が部屋から出ようとした時、後ろから声が掛かる。
「待て!」
「閣下、どうされました?」
慌てた様子の公爵様に家令と私が振り返る。
その瞬間、公爵様と初めて目が合った。
「……君は?」
驚愕の表情を浮かべて私を見つめる公爵様を見て、こっちがビクッとしてしまう。
美形の真顔は迫力があるし、公爵様という高い身分の方に穴が開きそうなほど見つめられたら恐怖しかなかった。
「閣下、ベント伯爵令嬢が怯えております。どうかされましたか?」
家令の落ち着いた声は、公爵様を冷静にさせた。
「……何でもない。呼び止めて悪かった」
これが後に私の夫となる公爵様との出会いだった。
驚くほどの美丈夫だけど、近寄りがたくて何を考えているのか分からない人というのが第一印象で、特別に何かを感じたりはしなかった。
邸の入り口では家令とメイド長が出迎えてくれた。
「ベント伯爵令嬢。公爵閣下は大変忙しい方ですので挨拶は手短なものになると思いますが、気になさらないで下さい」
初老の家令は、緊張する私を気遣ってくれているのか、優しく声を掛けてくれた。
「公爵様は女性があまり得意ではないので、口調が冷たく感じると思います。悪気はありませんので、気にされなくて大丈夫ですわ」
40代くらいのメイド長も優しそうな人で、私は無意識にホッとしていた。
二人の話を聞くと、公爵様は女嫌いでそっけない態度を取られるけど気にしなくていいよってことかしら?
それくらい平気よ。ベント伯爵家での酷い扱いを考えたら、少し冷たい態度を取られるくらい何ともないわ。
こんなに大きな邸で公爵様とは滅多に顔を合わせないだろうし、一緒に働く他の使用人達とは仲良く出来たら嬉しいな……
「全く気にしませんので大丈夫ですわ。
お気遣いありがとうございます」
その後、家令は公爵様に挨拶をするために執務室へと案内してくれた。
執務室の中では、目の覚めるような美丈夫が仕事をしている。
国王陛下も美しいと思ったけど、公爵様も凄く美しいわ。顔が整いすぎて芸術品みたい……
「閣下、明日から行儀見習いとして働くベント伯爵令嬢でございます」
家令が私を紹介してくれたが、忙しそうな公爵様は視線を私に向けることなく、書類を見たままの状態で口を開く。
「ああ……、陛下と王妃殿下からの紹介で行儀見習いに来ると聞いていたな。
うちは基本的に貴族令嬢の行儀見習いは受け入れていなかった。大した仕事もせず、貴族令嬢だからと他の使用人を見下したり、仕事より男漁りの方に興味があるような女が多かったからだ。
陛下と王妃殿下から頼まれて仕方なく受け入れただけだ。仕事をする気がないならすぐに去ってもらう」
公爵様は書類だけを見つめて淡々と話をしている。まるで書類と会話をしているようだ。
家令とメイド長は、公爵様のこの冷たい態度を心配して私に声を掛けてくれたのだと理解できた。
これくらい大したことないわ。
今までの行儀見習いの令嬢は、この美しい公爵様を狙ってここに来たのかも。未婚の美しい公爵様に憧れる令嬢は沢山いそうだし、しつこく言い寄られて女嫌いになってしまったのかもしれない。
私は生きていくことに精一杯で、美しい公爵様に興味はないから安心して欲しいわ。
ここで認められたら長く働かせてもらえるかもしれないし、上司になる家令やメイド長はいい人だから、行儀見習いではなく使用人として正式に雇って欲しいくらいなんだから。
「心得ております。どうぞよろしくお願い致します」
最低限の挨拶をしてすぐに退室するつもりでいたが、私の言葉を聞いた公爵様は、ピタッと仕事の手を止める。
何かあったのかしら? 大切な書類の不備でも見つけた? でも、私には関係ないわね。
「閣下は多忙ですので、私達はこれで退室させていただきます」
「失礼いたします」
家令に退室を促された私が部屋から出ようとした時、後ろから声が掛かる。
「待て!」
「閣下、どうされました?」
慌てた様子の公爵様に家令と私が振り返る。
その瞬間、公爵様と初めて目が合った。
「……君は?」
驚愕の表情を浮かべて私を見つめる公爵様を見て、こっちがビクッとしてしまう。
美形の真顔は迫力があるし、公爵様という高い身分の方に穴が開きそうなほど見つめられたら恐怖しかなかった。
「閣下、ベント伯爵令嬢が怯えております。どうかされましたか?」
家令の落ち着いた声は、公爵様を冷静にさせた。
「……何でもない。呼び止めて悪かった」
これが後に私の夫となる公爵様との出会いだった。
驚くほどの美丈夫だけど、近寄りがたくて何を考えているのか分からない人というのが第一印象で、特別に何かを感じたりはしなかった。
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