上 下
54 / 102
二度目の話

閑話 私が死んだ後 8

しおりを挟む
 王太子殿下side


「殿下、私は急ぎでフロスト侯爵家に婚約破棄の手続きをしたいと思いますので、今日のところはこれで失礼させて頂きます。」

 オーデン伯爵は早くこの場から逃げたいらしいが…

「伯爵、残念だったな。娘の婚約の話だけでなく、自分達の派閥が推す者が王妃になれなくなった上に、未来の宰相候補は出世の道を閉ざされてしまったようだ。
 伯爵の派閥の長も、嫡男が王家の婚約を壊したのだから、私と隣国王家それぞれに多額の慰謝料を払わなくてはいけなくなる。
 もしかしたら、没落するかもしれないな。」

「そ、それは…」

「同じ派閥の伯爵達も今後は難しい立場になるだろうが、伯爵の素晴らしい手腕で乗り切ってくれ。」

「ま、待って下さい。私達は…」

「何か話がしたいなら、そこの王宮騎士団長が全て聞いてくれるそうだ。
 ああ、ブレア公爵!公爵の元妻が私の婚約者だった頃によく暗殺者に襲われていたのは覚えているよな?
 もしかしたらオーデン伯爵が詳しく知っているかもしれないから、一緒に立ち会って話を聞いてもいいぞ。
 あのデイジー元王女が暗殺者を雇っていたらしいが、デイジー元王女と伯爵の派閥の者達は、前からの知り合いだったらしいからな。」

 伯爵は蒼白の顔になっていた。

「殿下、このような場に私を呼んで下さって、ありがとうございます。
 私も王宮騎士団長と行動を共にし、オーデン伯爵の話を聞かせてもらい、今後の成り行きを見守りたいと思っております。」

 アルマンの光を失った目は、新しい獲物を睨みつけていた。

 アナが亡くなり二年近く経つが、未だに全身黒の服装のアルマン。
 あの頃、私の婚約者であったアナが、暗殺者に襲われたと報告を聞くたびに、私の横にいたアルマンが怒りで震えていたことに私は気付いていた。
 きっとアルマンは、フロスト侯爵とその派閥を許さないだろう。今後アルマンが、どのように報復するのか楽しみでもある。


 私もアルマンと一緒で、心が壊れてしまっているのかもしれない…


 後日デイジー元王女は、自分はフロスト卿に襲われただけの被害者で、特別な関係ではないと得意の泣き真似をして訴えていたらしいが、その数日後に妊娠が発覚すると、何も言えなくなっていた。
 デイジー元王女とフロスト卿が飲んでいた避妊薬の中身が、実は精力剤だったと知らされた時の二人の反応は、なかなか面白いものであったと思う。

 デイジー元王女を溺愛していた隣国の前国王は、事故に見せかけて殺されたらしいし、今の国王は犬猿の仲であった異母兄で、祖国には全く頼れない状況なのだ。
 元々身持ちが悪く、異性関係にはだらしない王女だったが、溺愛される国王の娘として甘やかされて育ってきたらしい。

 コールマン侯爵は商人の伝手を頼って、まだ王太子だったデイジー元王女の異母兄に、非公式に接触することに成功したようだ。
 異母兄とその母の隣国王妃、王妃の実家である公爵家は、デイジー元王女の話を聞き、両国の同盟関係に亀裂が生じるのを恐れ、前から計画していた前国王とデイジー元王女の母である側妃の暗殺を決行することにしたらしい。

 そんなデイジー元王女はフロスト卿と結婚して、二人一緒に幽閉されることに決まる。隣国王家の血を引く元王女を、平民として自由に生活させるのはあまりに危険だと判断されたのだ。
 幽閉先からは、男女の怒鳴り合う声が聞こえてくるらしいが、二人が元気な証拠だから何の問題もないだろう。
 生まれてくる二人の子供は、隣国王家に引き取ってもらう予定でいる。

 フロスト侯爵家は多額の慰謝料を払いきれず没落。
 同じ派閥であった貴族達からは聞き取り調査をしている段階だが、もし罪に問えることがなかったとしても、今後は他の派閥からの風当たりが強くなるだろうし、ブレア公爵とコールマン侯爵からの報復に怯える日々を送ることになるのだから、十分に生き地獄だと思われる。







「コールマン侯爵のお陰で、あの悪女と裏切り者を始末できた。感謝する。」

 断罪後、私達は二人で祝杯をあげていた。

「私は、ただアナの無念を晴らしたかっただけです。」

「本当にすまない。私のせいだ…。
 アナは私のせいで不幸になったのだ。」

「殿下だけの責任ではありません。私もアナを守れなかったのですから。
 大切な義妹が愛した殿下を責めようとは思いません。もう謝罪はしないで下さい。」

「そのように言ってくれて助かる。」

 コールマン侯爵の表情は穏やかそうに見えたが、

「殿下、フロスト元侯爵やオーデン伯爵などは、私の好きにさせてもらってもよろしいですか?」

 やはり報復する気でいるようだ。

「バレなければ好きにして構わない。
 しかし、ブレア公爵も何かしたがるだろうな。」

「ブレア公爵閣下には、バーカー元子爵令嬢の生殺与奪権を譲ったのですがね…。」

「顔を合わせたくないと思うが、そのことは二人で決めてくれ。
 ところで……、コールマン侯爵はアナを愛していたのか?」

 私はずっと気になっていたことを、酒の勢いで聞いてしまった。

「そんなことは初めて聞かれました。
 私は…、よく分からないですね。でも…、愛していたのでしょうか。
 それがどういった愛なのかは分かりませんが…、コールマン侯爵家に養子として迎えられた時に、可愛い義妹ができたて嬉しかったことは覚えています。
 今更ですが、アナと仲の良かった殿下が羨ましいと感じたことは沢山ありましたよ。私はそこまで親しくなれませんでしたから…。」

 いつも無表情のコールマン侯爵は、アナのことを話す時だけは感情が分かりやすいのだ。

 
 きっと自覚していないだけ…


 もし私とアナが婚約する前に、コールマン侯爵が己の感情に気付いていたら、私はアナとは婚約は出来なかっただろう。
 この男がライバルだったらと考えるだけでゾッとする。
 だからと言って、私は簡単にアナを諦めたりはしなかっただろうが…。





 アナと初めて会った時、可愛らしい令嬢だと思った。
 私になど興味を持たず、茶会のお菓子を嬉しそうに食べる姿に、私だけでなく、どの令息も視線を向けていた。
 気づいたらアナばかりを目で追っていて、すぐにこれが恋なのだと気付いてしまった。


 アナは厳しい王妃教育も一生懸命やってくれた。
 少し抜けているところもあるが、真面目で努力家で、私にだけは自然に接してくれて、面白くて、泣き虫で…
 そんなアナを私は深く愛していた。


 私とアナの婚約が解消された後、彼女は私の側近であったアルマンとすぐに婚約することになり、私は胸が張り裂けそうであったが、その感情を何とか誤魔化して、アナの幸せのために静かに見守ろうとした。


 しかし、アナは幸せにはなれなかった。


 アルマンならアナを幸せにしてくれると信じていたのに…


 いや、私が全て悪い。
 側近や悪女に騙されていたことに気付かず、アナを手放すことしか出来なかった私が悪いのだ。








 悪女との結婚がなくなった私は、新たな婚約者を決める気にもなれず、ひたすら忙しい日々を送っていた。


 無理が祟ったのかもしれない。
 ある日私は、流行病で寝込んでしまう。





 どれくらい寝込んだのだろうか?





 目覚めた私は、自分が7歳の頃に戻っていた…

 



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

浮気の代償~失った絆は戻らない~

矢野りと
恋愛
結婚十年目の愛妻家トーマスはほんの軽い気持ちで浮気をしてしまった。そして浮気が妻イザベラに知られてしまった時にトーマスはなんとか誤魔化そうとして謝る事もせず、逆に家族を味方に付け妻を悪者にしてしまった。何の落ち度もない妻に悪い事をしたとは思っていたが、これで浮気の事はあやふやになり、愛する家族との日常が戻ってくると信じていた。だがそうはならなかった…。 ※設定はゆるいです。

私に代わり彼に寄り添うのは、幼馴染の女でした…一緒に居られないなら婚約破棄しましょう。

coco
恋愛
彼の婚約者は私なのに…傍に寄り添うのは、幼馴染の女!? 一緒に居られないなら、もう婚約破棄しましょう─。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

完 あの、なんのことでしょうか。

水鳥楓椛
恋愛
 私、シェリル・ラ・マルゴットはとっても胃が弱わく、前世共々ストレスに対する耐性が壊滅的。  よって、三大公爵家唯一の息女でありながら、王太子の婚約者から外されていた。  それなのに………、 「シェリル・ラ・マルゴット!卑しく僕に噛み付く悪女め!!今この瞬間を以て、貴様との婚約を破棄しゅるっ!!」  王立学園の卒業パーティー、赤の他人、否、仕えるべき未来の主君、王太子アルゴノート・フォン・メッテルリヒは壁際で従者と共にお花になっていた私を舞台の中央に無理矢理連れてた挙句、誤り満載の言葉遣いかつ最後の最後で舌を噛むというなんとも残念な婚約破棄を叩きつけてきた。 「あの………、なんのことでしょうか?」  あまりにも素っ頓狂なことを叫ぶ幼馴染に素直にびっくりしながら、私は斜め後ろに控える従者に声をかける。 「私、彼と婚約していたの?」  私の疑問に、従者は首を横に振った。 (うぅー、胃がいたい)  前世から胃が弱い私は、精神年齢3歳の幼馴染を必死に諭す。 (だって私、王妃にはゼッタイになりたくないもの)

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

私のことが大嫌いらしい婚約者に婚約破棄を告げてみた結果。

夢風 月
恋愛
 カルディア王国公爵家令嬢シャルロットには7歳の時から婚約者がいたが、何故かその相手である第二王子から酷く嫌われていた。  顔を合わせれば睨まれ、嫌味を言われ、周囲の貴族達からは哀れみの目を向けられる日々。  我慢の限界を迎えたシャルロットは、両親と国王を脅……説得して、自分たちの婚約を解消させた。  そしてパーティーにて、いつものように冷たい態度をとる婚約者にこう言い放つ。 「私と殿下の婚約は解消されました。今までありがとうございました!」  そうして笑顔でパーティー会場を後にしたシャルロットだったが……次の日から何故か婚約を解消したはずのキースが家に押しかけてくるようになった。 「なんで今更元婚約者の私に会いに来るんですか!?」 「……好きだからだ」 「……はい?」  いろんな意味でたくましい公爵令嬢と、不器用すぎる王子との恋物語──。 ※タグをよくご確認ください※

偽りの家族を辞めます!私は本当に愛する人と生きて行く!

ユウ
恋愛
伯爵令嬢のオリヴィアは平凡な令嬢だった。 社交界の華及ばれる姉と、国内でも随一の魔力を持つ妹を持つ。 対するオリヴィアは魔力は低く、容姿も平々凡々だった。 それでも家族を心から愛する優しい少女だったが、家族は常に姉を最優先にして、蔑ろにされ続けていた。 けれど、長女であり、第一王子殿下の婚約者である姉が特別視されるのは当然だと思っていた。 …ある大事件が起きるまで。 姉がある日突然婚約者に婚約破棄を告げられてしまったことにより、姉のマリアナを守るようになり、婚約者までもマリアナを優先するようになる。 両親や婚約者は傷心の姉の為ならば当然だと言う様に、蔑ろにするも耐え続けるが最中。 姉の婚約者を奪った噂の悪女と出会ってしまう。 しかしその少女は噂のような悪女ではなく… *** タイトルを変更しました。 指摘を下さった皆さん、ありがとうございます。

あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。

ふまさ
恋愛
 楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。  でも。  愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。

処理中です...