巻き戻り令嬢は長生きしたい。二度目の人生はあなた達を愛しません

一度目の話

疑い

　体調が戻らない私は、社交はしないで邸で過ごす時間が増えていた。


「シア、明日私は隣国に立つ。私が留守の間、もし何かあれば、別邸にいる両親を頼ってくれ。
　君は無理をし過ぎてしまうところがあるから、心配しているんだ。体調もまだ悪そうに見えるから、私は君の側にいたかったんだが、本当にすまないな。
　すぐに仕事を終わらせて帰ってくるから、待っていて欲しい。」

「ずっと前から予定に入っていた大切なお仕事なのですから、私のことは気になさらずに、気を付けて行って来て下さいませ。」

　その日の夜は、しばらく離れ離れになるから一緒にいたいと旦那様が望まれたので、久しぶりに一緒のベッドで眠った。
　私のことなんて、そこまで気にしなくてもいいのに。

　次の日の早朝、見送りに出た私を抱きしめて、キスをした後、旦那様は旅立って行った。
　みんなに勘違いされるようなことをしないで欲しい。よけいに惨めになるのだから…。
　
　使用人達はこんな私達を笑顔で見ていたが、事情を知るメイド長だけは、厳しい表情で見ていた。




　その時の私は気づかなかったのだが、旦那様とはこれが永遠の別れになる。




　旦那様が隣国に旅立ってから、数日後のことだった。


「奥様、今日は顔色が悪いように見えますわ。
　少し横になっていては？」

「そうかしら？大丈夫よ。
　ふふっ！シェリーとアデルは心配性ね。」

　しかし、その数時間後に私は倒れてしまった…。





「奥様…、大丈夫ですか？
　先程、公爵家の侍医に診て頂いたのですが、貧血だそうです。最近、食欲が落ちていましたので、きちんと食事を摂取するようにと言われましたわ。」

　目覚めた私を心配そうにみるシェリーとアデルがいた。

「奥様…、最近お辛そうに見えますわ。
　しばらく実家の侯爵家で療養してはいかがでしょうか？」

「私の体調を気遣ってくれるのは感謝するわ。
　でも旦那様が留守の間、私がこの邸を離れるわけにはいかないわ。一応はこの公爵家の女主人なのだから。」

「…軽率なことを言って申し訳ありませんでした。」

「いいのよ。アデルは私を心配してくれて言ってくれているのは分かるから。」


　そこからまた数日間、寝て過ごすが、いつまで経っても良くならない。


「奥様、まだ貧血が良くなっていないようですね。
　これは栄養を摂らないと治りませんから、お辛くても食事はきちんと食べるようにしてください。」

　なかなか元気にならない私を心配して、家令が再び侍医を呼んでくれたが、また貧血だと言われる。

　食欲がないのに、どうやって食べろと言うのよ…。


「奥様。あの侍医ではなく、実家の侯爵家の侍医を呼んで診てもらうことは出来ないのでしょうか？
　ここまで弱っているのに、ただの貧血なのでしょうか？」

「そうね。私も子供の頃から診てもらっていた、スミス先生の方がいいわね。」

　シェリーはすぐに、メイド長にそのことを相談するのだが、

「奥様…、公爵家ではあのホワイト先生に診てもらうことになっておりますし、ホワイト先生はこの国の医師の中ではかなり名の知れた名医でして、強い発言力のある先生なのです。
　ホワイト先生の診察を疑って、違う医師の診察を受けたと知れたら、その医師はホワイト先生に睨まれて、この国では診察をしにくい状況になるかもしれません。
　私はお勧めしません。」

「そう…。そんなにすごいお医者様なのね。
　分かったわ。」

　しかしその後も、日に日に調子が悪くなっているような気がしてならない。
　立ち上がるのも辛くて、殆どの時間をベッドで寝て過ごす日々。

「奥様、なかなか良くならないようなので、栄養剤を処方しておきます。」

「…はい。ありがとうございます。」

　侍医は薬を出してくれたが、あまり効いているようには思えなかった。歩くのも困難になってきている。


「奥様…。何かがおかしいと思います。
　ここまで具合が悪いのに、あの診察は疑問に思います。
　あの侍医もですが、メイド長も信用できません。」

「アデル、そんなに怒らないで…。」

「奥様、私もそう思います。
　奥様は部屋で休んでおられるので分からないかもしれませんが、メイド長とメイド長と親しい使用人達が、私達を見張っているような気がするのです。
　この邸の者達は信用出来ませんわ。」

「シェリーまでそんな風に言わないのよ。
　きっと、あのバーカー子爵令嬢と旦那様の恋を応援する使用人達は、私の存在を許せないだろうから、私の専属メイドの貴女たちに厳しい目を向けるのかもしれないわ。
　私は二人にとっては、邪魔でしかないのだから…。」

「奥様はあんなに頑張ってきたのに…。私は奥様に…、し、幸せになって……っ。」

　アデルのクリクリの目から涙が流れている。
　私のせいで、悲しませてしまったわね。

「アデル、泣かないで……、ゲホっ、ゲホっ…」

　急に咳き込んでしまった。

「お、奥様……」

「え？」

「血が…」


　私の口元と手のひらには、血が付いていた…