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07 苦痛
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結婚式当日に逃げることを決めた私は、そのことが周りにバレないように、表面上は今までと同じ生活を送ることにした。
今までと同じ生活を送るとなると、嫌でもリリアンやアストン様と顔を合わせなくてはならない。
リリアンは私に対して嫌味を言って絡んでくることが多くなっていた。相手にしても無駄だからとサラッと流すことにしていたら、そんな私達を見た義母がリリアンに激怒し、私の部屋に来ることを禁止にしてくれたので、同じ邸で生活していても殆ど顔を合わせることはなかった。邸の中では義母が目を光らせてくれたので、何とかなっていたのだ。
義母はきちんとした人なのに、どうしてリリアンはあんな感じなんだろう……?
そして何とかならなかったのは、アストン様の方だった。
結婚式まであと二ヶ月と少しくらいになっていたので、衣装合わせや、新婚生活で使う部屋の家具選び、アストン侯爵家でのお茶会など、彼と会う機会が沢山あって大変だった。しかも、結婚直前の仲の良い婚約者同士だった私達は、アストン侯爵家で彼の妻のような扱いになっていたので、当然のことのように二人きりにされる。それが苦痛で仕方がなかった。
「ローラが元気になってくれて本当に良かったよ。
早く君と夫婦になりたい。夫婦になれば、君が体調の悪い時に夫として一番近くで看病することが許されるだろう?
君が臥せっている間、ずっと会えなくて不安だったんだ。ローラに何かあったらどうしようと、気が気ではなかったんだよ」
ズキズキと胸が痛む。この人は何を思ってこんな嘘を口にしているのだろう。
裏切りを知った後にこんなことを言われる私は、なんて哀れなのかしら。
二人きりの部屋で愛を囁かれれば、そのままアストン様に抱き寄せられ……、彼の顔が近づき……、キスをされてしまうわ!
「ひっ! アストン様。……今日は天気がよろしいので、庭園の花でも見に行きたいですわ」
引き攣った笑顔でアストン様の胸を押し返し、ソファーから立ち上がって誤魔化す。
「……分かったよ。行こうか」
一瞬だけアストン様が驚いた表情をしていたように見えた。私がキスを避けるとは思わなかったのだと思う。
しかし、侯爵令息として厳しく躾けられてきたアストン様はすぐに元の表情に戻り、私をエスコートして庭園まで連れて行ってくれる。
アストン様とは結婚前だから体の関係はなかったけど、手を繋いだり抱きしめ合ったり、触れるくらいの軽いキスをすることはあった。
きっとリリアンにも同じことをしているに違いない。もしかしたら、あのリリアンのことだから、それ以上のことをしている可能性もある。
それを考えると、もうアストン様に触れられることは受け付けなくなっていた。
更に、リリアンに愛を囁いて抱き締めていた彼の姿を思い出してしまい、気分が悪くなりそうになる。
庭園ならば二人きりの部屋とは違って庭師がいるし、少し離れてメイドも付いてくるから、無理に抱き締めたりキスをされたりはしないはず。花を見るふりをして時間を稼いで、いい時間になったら疲れたことを理由にして帰ろう。
しかし……
「ローラ、帰りは私が送っていくよ」
「だ、大丈夫ですわ。アストン様がお忙しいのは分かっておりますから。一人で帰れます」
「途中で気分が悪くなったりしたら大変だ。
心配だから送らせてくれ」
「本当に大丈夫ですわ」
アストン様は私の話を笑顔で流し、馬車に乗り込んでしまった。そして、当たり前のように私の隣にピッタリとくっ付いて座る。
馬車みたいな狭い密室で二人きりにはなりたくないのに。
そんなアストン様は急に私の腰を抱いてきたので、驚いた私は、体がビクッとしてしまった。
「……ローラ?」
「あ、申し訳ありません」
ですよねぇ。今まで二人きりで馬車に乗っていて腰を抱かれた時の私は、アストン様に甘えてもたれ掛かったりしていましたからね。
そんな私がビクッとした反応をすれば、アストン様だって驚くに決まっている。
「ローラは何かあったのかい?」
「いいえ。特に何もないですわ」
「呼び方が……私を家名で呼んでいるよ。前みたいに呼んでくれないのかい?」
やってしまった……。無意識に〝レイ様〟から〝アストン様〟と呼び方を変えてしまっていたわ。
「……自分でも気づいていませんでしたわ。
特に深い意味はないのです。申し訳ありませんでした」
「私達はもうすぐ結婚するのだから、今更、家名で呼ばれると寂しい気持ちになるよ」
「レイ様、ごめんなさい」
「いいんだ。ただ、こんなことは言いたくないんだが……」
ゴクリ……。この男は真顔で何を言うつもり?
私の余所余所しい態度で全てがバレてしまったりして?
「ローラは、マリッジブルーなのかもしれないね」
マリッジブルー? 今の私にはちょうどいい理由になるかもしれない。
「そうかもしれません。
実は、レイ様と結婚することは楽しみなのですが……、私なんかが名門のアストン侯爵家に嫁いで上手くやっていけるのかと今更不安になりまして」
「ローラの不安に気付いてあげられなくて悪かった。
父上も母上も、ローラが侯爵家のことを一生懸命に学んでくれたことに対してとても喜んでいたんだ。沢山褒めていたよ。
うちの家族も使用人達も、みんなローラが嫁いでくることを楽しみにしている。
私もずっと好きだったローラと婚約出来て嬉しかったし、今では君なしでは生きていけないと思うほどに愛しているんだ。
ローラは一人じゃない。私が君を守るから、何も心配せずに嫁いできて欲しい」
「……っ!」
「ローラ、泣かないでくれ。
そんなに不安なんだね。大丈夫だよ」
何で心にもないことを平気で口に出来るのかしら?
私が何も知らないと思って馬鹿にしているのね……
私は何でこんな酷い人を好きになってしまったの?
「申し訳ありません……」
アストン様は泣く私を抱き締めようとしてきたが、涙で服を汚してしまうと悪いからと話して遠慮させてもらうことにした。
今までと同じ生活を送るとなると、嫌でもリリアンやアストン様と顔を合わせなくてはならない。
リリアンは私に対して嫌味を言って絡んでくることが多くなっていた。相手にしても無駄だからとサラッと流すことにしていたら、そんな私達を見た義母がリリアンに激怒し、私の部屋に来ることを禁止にしてくれたので、同じ邸で生活していても殆ど顔を合わせることはなかった。邸の中では義母が目を光らせてくれたので、何とかなっていたのだ。
義母はきちんとした人なのに、どうしてリリアンはあんな感じなんだろう……?
そして何とかならなかったのは、アストン様の方だった。
結婚式まであと二ヶ月と少しくらいになっていたので、衣装合わせや、新婚生活で使う部屋の家具選び、アストン侯爵家でのお茶会など、彼と会う機会が沢山あって大変だった。しかも、結婚直前の仲の良い婚約者同士だった私達は、アストン侯爵家で彼の妻のような扱いになっていたので、当然のことのように二人きりにされる。それが苦痛で仕方がなかった。
「ローラが元気になってくれて本当に良かったよ。
早く君と夫婦になりたい。夫婦になれば、君が体調の悪い時に夫として一番近くで看病することが許されるだろう?
君が臥せっている間、ずっと会えなくて不安だったんだ。ローラに何かあったらどうしようと、気が気ではなかったんだよ」
ズキズキと胸が痛む。この人は何を思ってこんな嘘を口にしているのだろう。
裏切りを知った後にこんなことを言われる私は、なんて哀れなのかしら。
二人きりの部屋で愛を囁かれれば、そのままアストン様に抱き寄せられ……、彼の顔が近づき……、キスをされてしまうわ!
「ひっ! アストン様。……今日は天気がよろしいので、庭園の花でも見に行きたいですわ」
引き攣った笑顔でアストン様の胸を押し返し、ソファーから立ち上がって誤魔化す。
「……分かったよ。行こうか」
一瞬だけアストン様が驚いた表情をしていたように見えた。私がキスを避けるとは思わなかったのだと思う。
しかし、侯爵令息として厳しく躾けられてきたアストン様はすぐに元の表情に戻り、私をエスコートして庭園まで連れて行ってくれる。
アストン様とは結婚前だから体の関係はなかったけど、手を繋いだり抱きしめ合ったり、触れるくらいの軽いキスをすることはあった。
きっとリリアンにも同じことをしているに違いない。もしかしたら、あのリリアンのことだから、それ以上のことをしている可能性もある。
それを考えると、もうアストン様に触れられることは受け付けなくなっていた。
更に、リリアンに愛を囁いて抱き締めていた彼の姿を思い出してしまい、気分が悪くなりそうになる。
庭園ならば二人きりの部屋とは違って庭師がいるし、少し離れてメイドも付いてくるから、無理に抱き締めたりキスをされたりはしないはず。花を見るふりをして時間を稼いで、いい時間になったら疲れたことを理由にして帰ろう。
しかし……
「ローラ、帰りは私が送っていくよ」
「だ、大丈夫ですわ。アストン様がお忙しいのは分かっておりますから。一人で帰れます」
「途中で気分が悪くなったりしたら大変だ。
心配だから送らせてくれ」
「本当に大丈夫ですわ」
アストン様は私の話を笑顔で流し、馬車に乗り込んでしまった。そして、当たり前のように私の隣にピッタリとくっ付いて座る。
馬車みたいな狭い密室で二人きりにはなりたくないのに。
そんなアストン様は急に私の腰を抱いてきたので、驚いた私は、体がビクッとしてしまった。
「……ローラ?」
「あ、申し訳ありません」
ですよねぇ。今まで二人きりで馬車に乗っていて腰を抱かれた時の私は、アストン様に甘えてもたれ掛かったりしていましたからね。
そんな私がビクッとした反応をすれば、アストン様だって驚くに決まっている。
「ローラは何かあったのかい?」
「いいえ。特に何もないですわ」
「呼び方が……私を家名で呼んでいるよ。前みたいに呼んでくれないのかい?」
やってしまった……。無意識に〝レイ様〟から〝アストン様〟と呼び方を変えてしまっていたわ。
「……自分でも気づいていませんでしたわ。
特に深い意味はないのです。申し訳ありませんでした」
「私達はもうすぐ結婚するのだから、今更、家名で呼ばれると寂しい気持ちになるよ」
「レイ様、ごめんなさい」
「いいんだ。ただ、こんなことは言いたくないんだが……」
ゴクリ……。この男は真顔で何を言うつもり?
私の余所余所しい態度で全てがバレてしまったりして?
「ローラは、マリッジブルーなのかもしれないね」
マリッジブルー? 今の私にはちょうどいい理由になるかもしれない。
「そうかもしれません。
実は、レイ様と結婚することは楽しみなのですが……、私なんかが名門のアストン侯爵家に嫁いで上手くやっていけるのかと今更不安になりまして」
「ローラの不安に気付いてあげられなくて悪かった。
父上も母上も、ローラが侯爵家のことを一生懸命に学んでくれたことに対してとても喜んでいたんだ。沢山褒めていたよ。
うちの家族も使用人達も、みんなローラが嫁いでくることを楽しみにしている。
私もずっと好きだったローラと婚約出来て嬉しかったし、今では君なしでは生きていけないと思うほどに愛しているんだ。
ローラは一人じゃない。私が君を守るから、何も心配せずに嫁いできて欲しい」
「……っ!」
「ローラ、泣かないでくれ。
そんなに不安なんだね。大丈夫だよ」
何で心にもないことを平気で口に出来るのかしら?
私が何も知らないと思って馬鹿にしているのね……
私は何でこんな酷い人を好きになってしまったの?
「申し訳ありません……」
アストン様は泣く私を抱き締めようとしてきたが、涙で服を汚してしまうと悪いからと話して遠慮させてもらうことにした。
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