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37 ただの地元の知り合い
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店を出てすぐ、マリアはテッドに構わずに一人で歩き出す。
「マリア、待ってくれ! どこか静かな場所で話をしたい。少しだけ時間をくれないか?」
「ただの地元の知り合いでしかない貴方と話すことはないわ。昔からの知り合いだからと図々しく付き纏ったりはしないし、貴方の仕事の邪魔もしないようにする。今後は顔を合わせないように気を付けて行動するから、私のことは気にしないで。
じゃあ、お元気で!」
マリアはテッドに捨てられた時に言われたことを密かに根に持っていた。
ドリスの前でマリアを〝地元の知り合い〟と説明したことや、迷惑そうに冷たい表情で淡々と話をしていたあの日のテッド。
あの時に自分がされたように、テッドを〝地元の知り合い〟と言って冷たく突き放した。
どうせ裏で私をあざ笑っているんでしょ? こんなヤツ、冷たくあしらってもいいよね。
「……っ! マリア、ごめん。ずっと謝りたかった」
マリアの言葉に泣きそうになりながら必死に謝るテッド。そんな二人の様子を道ゆく人達がチラチラ見ている。
これでは私が悪者みたいじゃないの!
私は二股されて捨てられた方、悪いのはあっちよ!
「もう終わったことだから忘れましょう。
お互い仕事を頑張りましょうね。ではお元気で!」
マリアは早く会話を終わらせてこの場から離れたかった。しかしテッドはここでも引かず、ガシッとマリアの手を掴んで離さない。
何なのよ? テッドはどうしちゃったの?
「マリア、お願いだ。私の話を聞いて欲しい!」
「私達は二人きりで話をするような仲ではないわ。離して!」
「少しでいいんだ。どうしても伝えたいことがある」
テッドに関わりたくないマリアと、何とかマリアを引き留めたいテッド。二人は知らない人から見れば、喧嘩をしている恋人のようで、街中で揉める美男美女は非常に目立っていた。
「離して! 痛いわ」
その時……
「マリアさん?」
馬車が急に停まり、中から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「えっ?」
「やっぱりマリアさんだ。何かあったのか?」
マリアだと気付いてサッと馬車から降りてきたのはケイヒル卿だった。
「……ケイヒル様、どうして?」
こんな姿を職場の人に見られたくなかった。
恥ずかしさと気まずさで血の気が引く思いだ。
「仕事が休みで実家に行ってきた帰りだよ。マリアさんも今日は休みだったな。
ところで……、そちらはマリアさんとはどのような関係の方かな?」
ケイヒル卿は、マリアの手を掴んでいるテッドに鋭い視線を送る。
「ただの地元の知り合いで、今は何の関係もありません」
「……っ!」
「何の関係もないレディの手を強く掴むのは失礼だ。
今すぐ離してくれ!」
テッドは立派な馬車から降りてきた銀髪の貴公子を見て圧倒されてしまう。美形の騎士でモテモテのテッドから見ても、ケイヒル卿の美しい容姿は別格だった。
ケイヒル卿の服装や立ち振る舞い、そしてマリアが家名で呼んでいることから、すぐに貴族の令息だと気が付いた。
貴族の言うことは絶対だ。テッドはその時になってようやくマリアの手を離した。
「ちょうど公爵家に帰る途中だったんだ。よかったらマリアさんも乗っていかないか? 寮まで送るよ」
貴族でみんなの憧れのケイヒル卿とはあまり関わりたくないが、テッドから逃げるにはケイヒル卿の馬車に乗せてもらうのが一番だ。
今日だけ……、今だけこの方のお世話になろう。
「ケイヒル様、よろしくお願い致します」
「マリアさん、どうぞこちらへ」
ケイヒル卿は綺麗な所作でマリアをエスコートし、馬車に乗せてくれた。
◇◇
テッドはマリアが馬車に乗せられていく姿を黙って見ていることしか出来なかった。
「どうしてこんなことに……」
街中で再会したマリアは信じられないくらいに美しくなっていた。ドリスや他の王都の娘達とは比べ物にならないくらい可愛くて、仲間の騎士達はみんなマリアの容姿を褒めて、紹介して欲しいなんて言い出す者もいた。
今日の食事会でマリアに会えたら、二人きりになれる場所に移動して誠心誠意謝罪をし、プロポーズする予定でいた。うかうかしていたら、あんなに美しいマリアは他の男に取られてしまうという焦りがあったからだ。
ヘクターはそんなテッドに協力してくれて、何とか二人で食事会を抜けることが出来たのに……
マリアは全く自分を見てくれないし、目も合わせてくれず、まるで関わりを拒否しているかのようだった。
酷いことをしたのは自分だが、ずっと一緒に過ごしてきた仲だから何とかなると期待していた。愛情深いマリアなら自分を見捨てたりしないはず。それなのにどうして?
そんなテッドは、後日、職場でヘクターと顔を合わせた時に驚く話を聞かされる。
「部隊長、あの後はマリアさんと大丈夫でしたか?
実は二人がいなくなった後にアンさんから話を聞いたのですが、マリアさんは前の恋人に酷い振られ方をしたようです。その男は騎士だったらしくて、それがきっかけで彼女は騎士が苦手になってしまったらしいですよ。食事会も人数合わせで仕方なく来てくれたみたいです。
あんなに綺麗なマリアさんを振るなんてどこの騎士なんだろうって、みんなで話をしていたんですよ」
「……そうか」
テッドはヘクター達に、マリアのことを初恋の幼馴染としか話していなかった。
何も知らないヘクターは、先輩騎士として尊敬するテッドの力になりたいと言って協力してくれる。そして、アンから聞いたマリアの過去の話を親切心からテッドに教えた。
「過去の恋で傷付いたマリアさんを部隊長が癒してあげて下さい! 俺に出来ることは何でも協力しますんで」
「……ありがとう」
テッドは、その騎士が自分だとは口が裂けても言えなかった。
「マリア、待ってくれ! どこか静かな場所で話をしたい。少しだけ時間をくれないか?」
「ただの地元の知り合いでしかない貴方と話すことはないわ。昔からの知り合いだからと図々しく付き纏ったりはしないし、貴方の仕事の邪魔もしないようにする。今後は顔を合わせないように気を付けて行動するから、私のことは気にしないで。
じゃあ、お元気で!」
マリアはテッドに捨てられた時に言われたことを密かに根に持っていた。
ドリスの前でマリアを〝地元の知り合い〟と説明したことや、迷惑そうに冷たい表情で淡々と話をしていたあの日のテッド。
あの時に自分がされたように、テッドを〝地元の知り合い〟と言って冷たく突き放した。
どうせ裏で私をあざ笑っているんでしょ? こんなヤツ、冷たくあしらってもいいよね。
「……っ! マリア、ごめん。ずっと謝りたかった」
マリアの言葉に泣きそうになりながら必死に謝るテッド。そんな二人の様子を道ゆく人達がチラチラ見ている。
これでは私が悪者みたいじゃないの!
私は二股されて捨てられた方、悪いのはあっちよ!
「もう終わったことだから忘れましょう。
お互い仕事を頑張りましょうね。ではお元気で!」
マリアは早く会話を終わらせてこの場から離れたかった。しかしテッドはここでも引かず、ガシッとマリアの手を掴んで離さない。
何なのよ? テッドはどうしちゃったの?
「マリア、お願いだ。私の話を聞いて欲しい!」
「私達は二人きりで話をするような仲ではないわ。離して!」
「少しでいいんだ。どうしても伝えたいことがある」
テッドに関わりたくないマリアと、何とかマリアを引き留めたいテッド。二人は知らない人から見れば、喧嘩をしている恋人のようで、街中で揉める美男美女は非常に目立っていた。
「離して! 痛いわ」
その時……
「マリアさん?」
馬車が急に停まり、中から聞き慣れた声が聞こえてくる。
「えっ?」
「やっぱりマリアさんだ。何かあったのか?」
マリアだと気付いてサッと馬車から降りてきたのはケイヒル卿だった。
「……ケイヒル様、どうして?」
こんな姿を職場の人に見られたくなかった。
恥ずかしさと気まずさで血の気が引く思いだ。
「仕事が休みで実家に行ってきた帰りだよ。マリアさんも今日は休みだったな。
ところで……、そちらはマリアさんとはどのような関係の方かな?」
ケイヒル卿は、マリアの手を掴んでいるテッドに鋭い視線を送る。
「ただの地元の知り合いで、今は何の関係もありません」
「……っ!」
「何の関係もないレディの手を強く掴むのは失礼だ。
今すぐ離してくれ!」
テッドは立派な馬車から降りてきた銀髪の貴公子を見て圧倒されてしまう。美形の騎士でモテモテのテッドから見ても、ケイヒル卿の美しい容姿は別格だった。
ケイヒル卿の服装や立ち振る舞い、そしてマリアが家名で呼んでいることから、すぐに貴族の令息だと気が付いた。
貴族の言うことは絶対だ。テッドはその時になってようやくマリアの手を離した。
「ちょうど公爵家に帰る途中だったんだ。よかったらマリアさんも乗っていかないか? 寮まで送るよ」
貴族でみんなの憧れのケイヒル卿とはあまり関わりたくないが、テッドから逃げるにはケイヒル卿の馬車に乗せてもらうのが一番だ。
今日だけ……、今だけこの方のお世話になろう。
「ケイヒル様、よろしくお願い致します」
「マリアさん、どうぞこちらへ」
ケイヒル卿は綺麗な所作でマリアをエスコートし、馬車に乗せてくれた。
◇◇
テッドはマリアが馬車に乗せられていく姿を黙って見ていることしか出来なかった。
「どうしてこんなことに……」
街中で再会したマリアは信じられないくらいに美しくなっていた。ドリスや他の王都の娘達とは比べ物にならないくらい可愛くて、仲間の騎士達はみんなマリアの容姿を褒めて、紹介して欲しいなんて言い出す者もいた。
今日の食事会でマリアに会えたら、二人きりになれる場所に移動して誠心誠意謝罪をし、プロポーズする予定でいた。うかうかしていたら、あんなに美しいマリアは他の男に取られてしまうという焦りがあったからだ。
ヘクターはそんなテッドに協力してくれて、何とか二人で食事会を抜けることが出来たのに……
マリアは全く自分を見てくれないし、目も合わせてくれず、まるで関わりを拒否しているかのようだった。
酷いことをしたのは自分だが、ずっと一緒に過ごしてきた仲だから何とかなると期待していた。愛情深いマリアなら自分を見捨てたりしないはず。それなのにどうして?
そんなテッドは、後日、職場でヘクターと顔を合わせた時に驚く話を聞かされる。
「部隊長、あの後はマリアさんと大丈夫でしたか?
実は二人がいなくなった後にアンさんから話を聞いたのですが、マリアさんは前の恋人に酷い振られ方をしたようです。その男は騎士だったらしくて、それがきっかけで彼女は騎士が苦手になってしまったらしいですよ。食事会も人数合わせで仕方なく来てくれたみたいです。
あんなに綺麗なマリアさんを振るなんてどこの騎士なんだろうって、みんなで話をしていたんですよ」
「……そうか」
テッドはヘクター達に、マリアのことを初恋の幼馴染としか話していなかった。
何も知らないヘクターは、先輩騎士として尊敬するテッドの力になりたいと言って協力してくれる。そして、アンから聞いたマリアの過去の話を親切心からテッドに教えた。
「過去の恋で傷付いたマリアさんを部隊長が癒してあげて下さい! 俺に出来ることは何でも協力しますんで」
「……ありがとう」
テッドは、その騎士が自分だとは口が裂けても言えなかった。
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