上 下
21 / 62

21 閑話 テッド

しおりを挟む
 何時間も歩き続けて、やっと実家に到着した時は日が暮れていた。

「ドーリィー、やっと着いたよ。古くて小さいが、ここが私の実家だ。
 すぐに両親に紹介するからな」

「……ええ」

 この時間なら、両親は畑仕事を終えて家に帰ってきているはずだ。ドリスは疲れ切って不機嫌だが、気さくで話好きな両親に会えば、きっとすぐに機嫌を直してくれるだろうとテッドは期待していた。
 しかし、いつもなら居るはずの両親はまだ帰っていないらしく、家にいたのは弟と幼い妹だけだった。

「兄ちゃん? 帰ってきたの?」

「わー! お兄ちゃん、お帰りなさい。
 あれ? そのお姉ちゃんは誰?」

 久しぶりに会う弟のトムと妹のリリーは、兄が帰って来たことを純粋に喜んでくれているようだった。
 しかし、後ろにいたドリスに気付いた瞬間、二人の表情が強張る。

「ただいま! 二人とも良い子にしていたか?
 こちらは兄ちゃんの大切な人なんだ」

「ドリスよ。よろしくね。
 二人ともとても可愛いわぁ! 仲良くしましょうね」

 ドリスは得意のあざとい笑顔で、トムとリリーに挨拶をするのだが……

「「……」」

 可愛いドリスが笑顔を向ければ、誰だって微笑み返してくれるはずなのに、二人は無言で固まってしまう。
 少しの沈黙の後、リリーがやっと動き出す。

「……リリーは、お父ちゃんとお母ちゃんを呼んでくる!」

 バタバタと家から飛び出してしまったリリー。そして残されたトムは、ドリスをジッと見つめている。

「兄ちゃん、この人が兄ちゃんの新しい恋人なの?」

「そうなんだ。いずれは結婚しようと思っているから、仲良くしてくれよ」

 可愛いドリスにトムも興味を持つんだなぁと、テッドは能天気に感じていたのだが、トムの表情は見る見る険しくなり、テッドとドリスを睨みつけていた。

「嫌だね! 俺は……、兄ちゃんがマリア姉ちゃんを捨てたって聞いたけど、兄ちゃんを信じてずっと待っていたんだ!
 あんなにマリア姉ちゃんを大切にしていたし、結婚の約束までしていたから、絶対に嘘だって……」

「トム! ドーリィーになんて酷い態度を取るんだ?
 マリアとは終わったんだ。今はドーリィーと真剣に付き合っているから、みんなに紹介したくて来てもらったんだぞ!
 ドーリィー、弟がすまない……」

「い、いいのよ。初対面でいきなり仲良くするなんて難しいわよね」

 ドリスは不機嫌なトムに優しく声を掛けているが、目は笑ってないし、笑顔は引き攣っていた。
 そんなドリスに関係なく、素直で真っ直ぐな性格のトムは二人に怒りをぶつけてくる。

「兄ちゃんがマリア姉ちゃんを捨てたから、マリア姉ちゃんはこの村から居なくなってしまったって聞いて、俺は悲しかった。マリア姉ちゃんが好きだったから……
 村のみんなが噂しているんだ。兄ちゃんは、王都に行って人が変わってしまったんだって。
 だからマリア姉ちゃんみたいな優しい恋人を捨てたんだって!
 父ちゃんも母ちゃんも、そのせいで肩身の狭い思いをしているんだ。
 畑仕事だって、今まではマリア姉ちゃん家の人とその親戚の人が手伝ってくれたから早く終わっていたのに……、今は手伝ってくれなくなったから、父ちゃんと母ちゃんが二人で朝早くから暗くなるまで、休みなく働いているんだぜ!
 リリーだって、今まで仲良くしていたアンネと遊ぶことが出来なくなって、ずっと家で一人でいるんだぞ!
 全部兄ちゃんのせいだ!
 兄ちゃんなんて……大嫌いだ!」

 トムは、勢いよくドアを開けて外へ出て行ってしまった。

 マリアとテッドの育った村では、収穫の最盛期や種まきなどの忙しい時期は、知り合いや親族などと協力しながら農作業をするのが当たり前だった。
 だが、テッドの祖父母や両親は兄妹が少なかったこともあって親族は少なかった。
 そんな時、手を差し伸べてくれたのがマリアの家だった。親戚の多いマリアの両親は、家が近いからと善意で手伝ってくれていたのだ。
 そして二人が付き合い始めた後は、マリアとテッドは結婚するのだから、もう親戚みたいなものだと言ってくれた。
 働き者のマリアとマリアの兄と両親、更にはその従兄弟たちまでが、忙しいと聞けばテッドの両親の手伝いに来てくれていたのである。
 最近はそれが当たり前になっていたので、テッドは何も気付いていなかった。
 そして、リリーはマリアの妹のアンネと年が近くて仲が良かった。家族が農作業で忙しくしている時は、二人で留守番をしながら楽しく遊んで過ごしていたのだ。

 しかし、テッドには別に好きな人が出来たから別れることになったとマリアから手紙が届いた後、マリアとテッドの家族の関係性も変わってしまった。

 愛するテッドのことを信じ、一途に待ち続けていたマリアを見ていた家族や親族、そして村の人達は、テッドからの連絡が途絶えたことを心配して、王都行きを決めたマリアのことを応援して送り出していた。
 そのこともあって、王都に向かったマリアからテッドの心変わりを知らされた時の怒りは大きかったのである。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

今更何の御用でしょう? ウザいので止めて下さいませんか?

ノアにゃん
恋愛
私は3年前に幼馴染の王子に告白して「馬鹿じゃないの?」と最低な一瞬で振られた侯爵令嬢 その3年前に私を振った王子がいきなりベタベタし始めた はっきり言ってウザい、しつこい、キモい、、、 王子には言いませんよ?不敬罪になりますもの。 そして私は知りませんでした。これが1,000年前の再来だという事を…………。 ※ 8/ 9 HOTランキング 2位 ありがとう御座います‼ ※ 8/ 9 HOTランキング  1位 ありがとう御座います‼ ※過去最高 154,000ポイント  ありがとう御座います‼

[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・

青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。 婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。 「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」 妹の言葉を肯定する家族達。 そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。 ※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

わたしのことはお気になさらず、どうぞ、元の恋人とよりを戻してください。

ふまさ
恋愛
「あたし、気付いたの。やっぱりリッキーしかいないって。リッキーだけを愛しているって」  人気のない校舎裏。熱っぽい双眸で訴えかけたのは、子爵令嬢のパティだ。正面には、伯爵令息のリッキーがいる。 「学園に通いはじめてすぐに他の令息に熱をあげて、ぼくを捨てたのは、きみじゃないか」 「捨てたなんて……だって、子爵令嬢のあたしが、侯爵令息様に逆らえるはずないじゃない……だから、あたし」  一歩近付くパティに、リッキーが一歩、後退る。明らかな動揺が見えた。 「そ、そんな顔しても無駄だよ。きみから侯爵令息に言い寄っていたことも、その侯爵令息に最近婚約者ができたことも、ぼくだってちゃんと知ってるんだからな。あてがはずれて、仕方なくぼくのところに戻って来たんだろ?!」 「……そんな、ひどい」  しくしくと、パティは泣き出した。リッキーが、うっと怯む。 「ど、どちらにせよ、もう遅いよ。ぼくには婚約者がいる。きみだって知ってるだろ?」 「あたしが好きなら、そんなもの、解消すればいいじゃない!」  パティが叫ぶ。無茶苦茶だわ、と胸中で呟いたのは、二人からは死角になるところで聞き耳を立てていた伯爵令嬢のシャノン──リッキーの婚約者だった。  昔からパティが大好きだったリッキーもさすがに呆れているのでは、と考えていたシャノンだったが──。 「……そんなにぼくのこと、好きなの?」  予想もしないリッキーの質問に、シャノンは目を丸くした。対してパティは、目を輝かせた。 「好き! 大好き!」  リッキーは「そ、そっか……」と、満更でもない様子だ。それは、パティも感じたのだろう。 「リッキー。ねえ、どうなの? 返事は?」  パティが詰め寄る。悩んだすえのリッキーの答えは、 「……少し、考える時間がほしい」  だった。

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

処理中です...