こっぴどく振られたこともあったけど、今はけっこう幸せです

せいめ

文字の大きさ
上 下
6 / 62

06 仕事

しおりを挟む
「メイド長をしているシャロン・ヘイゼルです。
 この公爵家で働く前に、決まり事を説明させてもらいます」

「マリアです。平民ですので家名はありません。
 よろしくお願いします」

 マリアは早速、メイド長と面談をしている。
 落ち着いた声でありながら、聞きやすくハキハキと話すメイド長は、仕事の出来るカッコいい女性のように見えた。

「マリアは平民ですから、まずは下働きからやってもらいます。
 何かやりたい仕事や出来そうなことがあれば、一応聞いておきますが?」

 やりたい仕事と言われたマリアはピンときた。

「掃除や洗濯、庭師の見習いでも結構です。馬小屋の掃除も出来ます!
 もし私が公爵家の使用人に相応しくないと思われるなら、公爵家とお付き合いのある商店を紹介してくれると助かります」

 マリアは家事の手伝いや農家の仕事をしていたので、下働きなら自分に合っていてちょうど良いと思ったのだ。
 しかし、メイド長の反応は意外なものだった。

「マリア……、下働きから始めるとは言いましたが、貴女に外の仕事はさせられないわ。外仕事は男性が担当しているの。
 それに、奥様もお嬢様も貴女を公爵家で雇うと決めたのだから、この邸の中のお仕事をしてもらいます。
 公爵家で働く女性は華やかさに憧れて、みんな奥様やお嬢様付きのメイドになりたがるのに、マリアはそういう欲はないのね」

 田舎育ちのマリアにとってメイド長から言われたことは初耳だった。〝公爵家〟で働くことは身近なことではなく、非日常のことだったからだ。

 マリアの育った村で、貴族の邸に働きに行くなんて聞いたことがなかったと思う。あの貧しい田舎の村に生まれた女の子は、そのまま村の男の子と結婚して農業をやるか、都会の商店や食堂などに就職するか、村一番の金持ちである村長さんの家でお手伝いをさせてもらうとか、それくらいの選択肢しかなかったからだ。
 それもあって、マリアには仕事に華やかさを求めるという感覚が分からなかった。華やかさよりも、給金の方が大切だと思っていたのだ。

 決してマリアに欲がないというわけではないのだが、そんな事情を知らないメイド長は、欲もなく、飾らない性格のマリアに勝手に好印象を持っていた。

『破落戸に絡まれていたお嬢様を体を張って守ろうとしただけでなく、お礼がしたいと言っても断り続けて、そのまま去ろうとしたところを強引にお嬢様と護衛騎士が連れて来たとは聞いていたけど……
 下働きの仕事だと言われても嫌な顔をしないし、謙虚で良い子じゃないの。
 行儀見習いに来ている、仕事の出来ない下位貴族の令嬢達よりも全然いいわ』と、メイド長は心の中で呟いていた。

「では、マリアには洗濯の仕事からやってもらいます。
 貴女の部屋は、このアンと一緒の部屋です。
 アンはマリアを寮の部屋に案内してあげて。寮のルールや仕事内容など、色々教えてあげて下さいね」

「畏まりました」

 メイド長の横にいた若くて可愛いメイドはアンという名前らしい。
 アンはメイド長が紹介してくれた時は、愛想良くにっこりと笑いかけてくれたのだが、寮の部屋に案内されて二人きりになった途端に態度が一変するのであった。

「ベッドとクローゼットはそっちのを使って。
 ハァー……、今まで二人部屋を一人で使っていたから気楽で良かったのに。
 アンタ、私に迷惑を掛けないようにしてよね。何かあると、先輩である私の責任になるんだから」

 さっきまで、ニコニコしていて可愛い先輩だと思っていたのに、口調も表情もあまりにも変わってしまったアンを見て、マリアは絶句してしまった。

「ちょっとー、返事はないわけ?」

「は、はい! よろしくお願いします」

 その日は夕食を食べた後、アンに公爵家のことや使用人として気を付けることなどを教えてもらうと、すぐに眠くなってしまった。
 
 色々あって疲れた一日だったので、マリアは失恋の悲しさを感じる暇もなく、ぐっすりと眠ってしまった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

本日より他人として生きさせていただきます

ネコ
恋愛
伯爵令嬢のアルマは、愛のない婚約者レオナードに尽くし続けてきた。しかし、彼の隣にはいつも「運命の相手」を自称する美女の姿が。家族も周囲もレオナードの一方的なわがままを容認するばかり。ある夜会で二人の逢瀬を目撃したアルマは、今さら怒る気力も失せてしまう。「それなら私は他人として過ごしましょう」そう告げて婚約破棄に踏み切る。だが、彼女が去った瞬間からレオナードの人生には不穏なほつれが生じ始めるのだった。

またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。

朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。 婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。 だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。 リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。 「なろう」「カクヨム」に投稿しています。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷 ※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

魔法のせいだから許して?

ましろ
恋愛
リーゼロッテの婚約者であるジークハルト王子の突然の心変わり。嫌悪を顕にした眼差し、口を開けば暴言、身に覚えの無い出来事までリーゼのせいにされる。リーゼは学園で孤立し、ジークハルトは美しい女性の手を取り愛おしそうに見つめながら愛を囁く。 どうしてこんなことに?それでもきっと今だけ……そう、自分に言い聞かせて耐えた。でも、そろそろ一年。もう終わらせたい、そう思っていたある日、リーゼは殿下に罵倒され頬を張られ怪我をした。 ──もう無理。王妃様に頼み、なんとか婚約解消することができた。 しかしその後、彼の心変わりは魅了魔法のせいだと分かり…… 魔法のせいなら許せる? 基本ご都合主義。ゆるゆる設定です。

偽りの愛に終止符を

甘糖むい
恋愛
政略結婚をして3年。あらかじめ決められていた3年の間に子供が出来なければ離婚するという取り決めをしていたエリシアは、仕事で忙しいく言葉を殆ど交わすことなく離婚の日を迎えた。屋敷を追い出されてしまえば行くところなどない彼女だったがこれからについて話合うつもりでヴィンセントの元を訪れる。エリシアは何かが変わるかもしれないと一抹の期待を胸に抱いていたが、夫のヴィンセントは「好きにしろ」と一言だけ告げてエリシアを見ることなく彼女を追い出してしまう。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...