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01 プロローグ
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その日、田舎育ちの平民であるマリアは、しばらく会えてなかった恋人のテッドに会うために、朝早く起きて列車に乗り込み、田舎から王都の街まで来ていた。
新人の騎士として忙しく働くテッドのために、頑張って作ったクッキーやパウンドケーキの入ったバスケットを片手に、地図を見ながら足取り軽く歩く。
突然、私が来たと知ったらテッドは驚くかしら?
テッドのお母さんが教えてくれたのだが、週末の今日は夕方には仕事が終わるらしい。騎士団の入り口の所で待っていれば、仕事終わりのテッドに会えるだろうと聞いていたので、そこで待つことにしたのだ。
テッドに会えることを楽しみにウキウキしていたマリアは、この後に人生で一番の修羅場を迎えることになろうとは予想すらしていなかった。
騎士団の正門の所に着くと、若い女の子が数人立っている。彼女たちも恋人が仕事を終わるのを待っているようだった。
さすが国で一番の都市だけあって、ここにいる女の子達はどの子も垢抜けていてお洒落で可愛いと思った。マリアは、誕生日に両親がプレゼントしてくれたお気に入りのワンピースを着ていたが、あの子たちはそんな自分よりもかなり素敵に見える。
早く終業時間にならないかな……
待つこと数分、17時になり仕事を終えた騎士らしき人たちが中から出てくる。ドキドキしながら待っていると……
「テッドー! もう、待ちくたびれちゃったわ」
「ドーリィー、ごめん。待っていてくれてありがとう」
マリアの近くにいた綺麗な女の子が、仕事終わりの騎士に抱きついている。それを嬉しそうに抱きしめ返している騎士は、長身の美形で茶色の短い髪型をしていて……、間違いなく恋人のテッドだった。
しかし、二人だけの世界に入っているテッドは、マリアがすぐ近くにいることにすら気付かず、女の子と腕を組んで歩き出す。
我慢出来なかったマリアは、無意識に声を掛けていた。
「テッド、どういうこと? その子は誰なの?」
マリアの大きな声にハッとしたテッドはすぐに振り返る。
その瞬間、テッドは驚きと戸惑いを隠しきれない表情をした後、どうしてここにいるのかとでも言いたげな視線を向けるのであった。
「テッド、あの子は知り合いなの?」
その様子を不思議そうに眺めた後、女の子は可愛らしくコテンと首を傾げ、テッドに尋ねている。
「……地元の知り合いだ」
気まずそうに口を開いたテッドは、マリアを〝地元の知り合い〟と説明している。
「テッド、私にプロポーズしてくれたことを忘れてしまったの?
騎士になって身を立てられるようになったら、結婚しようって言ってくれたじゃないの!
それなのに王都で浮気していたのね!」
結婚を約束していた恋人にそんな言われ方をしたことが悔しく感じたマリアは、周りに注目されていることすら気にせず、感情を爆発させるように大声で叫んでいた。
「……昔、そんな話をしたことがあったかもしれないが、ただの口約束で最近はずっと会っていなかっただろう?
それなのに、こんな所まで押しかけて来て、さも自分は私の婚約者だというような口振りで話しかけられても困る」
冷たい表情で淡々と話をするテッドは、マリアのよく知るテッドではなかった。
ショックを受けたマリアの目からは、涙がポロポロと流れている。
「……っ! そ、それは本気で言ってるの?
私と結婚したいって両親に話してくれたじゃない。
テッドのお父さんとお母さんも、喜んでくれていたし……、忘れちゃったの?」
「だから、それは昔の話だ。
あの頃、身近にいた女の子はお前だけだったから、好きだと勘違いしていたようだ。悪かった」
ここ数ヶ月、全く田舎に帰って来てくれなかったことも、手紙の返事を送ってくれなかったことも、別に好きな人が出来たからなのだと思い知らされた瞬間だった。
「テッド、そんなに冷たく言うなんて酷いわぁ。ちゃんとお別れしなかったから、この子は勘違いしてしまったのよ。
クスッ! でもねぇ……、こんな公衆の面前で有る事無い事を大声で叫んだと思ったら、勝手に泣き出して恥をさらすような子に、テッドが本気で好きになるはずは無いわよね。クスクス……
髪型も服装も田舎臭くて、テッドの好みではないし」
テッドの連れている女の子は、口調こそ穏やかだが、冷ややかな目を向けてきて、マリアを馬鹿にしているのが伝わるものだった。
「ドーリィー、分かってくれて助かる。
田舎では普通でも、この王都でコレはないよな……
マリア、私はこのドリスを愛していて結婚の約束をしているんだ。
昔からの知り合いだからと、図々しく付き纏ってきたり、手紙を送りつけたりするのは迷惑だからやめてくれ。ドリスに勘違いされたくないんだ」
テッドは隣にいるドリスさんに優しく微笑んだ後、抱き寄せている。
誰が見てもテッドの本命はドリスで、マリアはテッドを困らせているただの勘違い女か、ストーカーのようにしか見えなかった。
「別に好きな人が出来たなら、ちゃんと正直に話して欲しかった。幼馴染でずっと一緒だったから、テッドの幸せは願いたかったのに……
テッドの……、バカー!」
マリアは持っていたバスケットをテッドに投げ付けて、その場から走り去っていた。
新人の騎士として忙しく働くテッドのために、頑張って作ったクッキーやパウンドケーキの入ったバスケットを片手に、地図を見ながら足取り軽く歩く。
突然、私が来たと知ったらテッドは驚くかしら?
テッドのお母さんが教えてくれたのだが、週末の今日は夕方には仕事が終わるらしい。騎士団の入り口の所で待っていれば、仕事終わりのテッドに会えるだろうと聞いていたので、そこで待つことにしたのだ。
テッドに会えることを楽しみにウキウキしていたマリアは、この後に人生で一番の修羅場を迎えることになろうとは予想すらしていなかった。
騎士団の正門の所に着くと、若い女の子が数人立っている。彼女たちも恋人が仕事を終わるのを待っているようだった。
さすが国で一番の都市だけあって、ここにいる女の子達はどの子も垢抜けていてお洒落で可愛いと思った。マリアは、誕生日に両親がプレゼントしてくれたお気に入りのワンピースを着ていたが、あの子たちはそんな自分よりもかなり素敵に見える。
早く終業時間にならないかな……
待つこと数分、17時になり仕事を終えた騎士らしき人たちが中から出てくる。ドキドキしながら待っていると……
「テッドー! もう、待ちくたびれちゃったわ」
「ドーリィー、ごめん。待っていてくれてありがとう」
マリアの近くにいた綺麗な女の子が、仕事終わりの騎士に抱きついている。それを嬉しそうに抱きしめ返している騎士は、長身の美形で茶色の短い髪型をしていて……、間違いなく恋人のテッドだった。
しかし、二人だけの世界に入っているテッドは、マリアがすぐ近くにいることにすら気付かず、女の子と腕を組んで歩き出す。
我慢出来なかったマリアは、無意識に声を掛けていた。
「テッド、どういうこと? その子は誰なの?」
マリアの大きな声にハッとしたテッドはすぐに振り返る。
その瞬間、テッドは驚きと戸惑いを隠しきれない表情をした後、どうしてここにいるのかとでも言いたげな視線を向けるのであった。
「テッド、あの子は知り合いなの?」
その様子を不思議そうに眺めた後、女の子は可愛らしくコテンと首を傾げ、テッドに尋ねている。
「……地元の知り合いだ」
気まずそうに口を開いたテッドは、マリアを〝地元の知り合い〟と説明している。
「テッド、私にプロポーズしてくれたことを忘れてしまったの?
騎士になって身を立てられるようになったら、結婚しようって言ってくれたじゃないの!
それなのに王都で浮気していたのね!」
結婚を約束していた恋人にそんな言われ方をしたことが悔しく感じたマリアは、周りに注目されていることすら気にせず、感情を爆発させるように大声で叫んでいた。
「……昔、そんな話をしたことがあったかもしれないが、ただの口約束で最近はずっと会っていなかっただろう?
それなのに、こんな所まで押しかけて来て、さも自分は私の婚約者だというような口振りで話しかけられても困る」
冷たい表情で淡々と話をするテッドは、マリアのよく知るテッドではなかった。
ショックを受けたマリアの目からは、涙がポロポロと流れている。
「……っ! そ、それは本気で言ってるの?
私と結婚したいって両親に話してくれたじゃない。
テッドのお父さんとお母さんも、喜んでくれていたし……、忘れちゃったの?」
「だから、それは昔の話だ。
あの頃、身近にいた女の子はお前だけだったから、好きだと勘違いしていたようだ。悪かった」
ここ数ヶ月、全く田舎に帰って来てくれなかったことも、手紙の返事を送ってくれなかったことも、別に好きな人が出来たからなのだと思い知らされた瞬間だった。
「テッド、そんなに冷たく言うなんて酷いわぁ。ちゃんとお別れしなかったから、この子は勘違いしてしまったのよ。
クスッ! でもねぇ……、こんな公衆の面前で有る事無い事を大声で叫んだと思ったら、勝手に泣き出して恥をさらすような子に、テッドが本気で好きになるはずは無いわよね。クスクス……
髪型も服装も田舎臭くて、テッドの好みではないし」
テッドの連れている女の子は、口調こそ穏やかだが、冷ややかな目を向けてきて、マリアを馬鹿にしているのが伝わるものだった。
「ドーリィー、分かってくれて助かる。
田舎では普通でも、この王都でコレはないよな……
マリア、私はこのドリスを愛していて結婚の約束をしているんだ。
昔からの知り合いだからと、図々しく付き纏ってきたり、手紙を送りつけたりするのは迷惑だからやめてくれ。ドリスに勘違いされたくないんだ」
テッドは隣にいるドリスさんに優しく微笑んだ後、抱き寄せている。
誰が見てもテッドの本命はドリスで、マリアはテッドを困らせているただの勘違い女か、ストーカーのようにしか見えなかった。
「別に好きな人が出来たなら、ちゃんと正直に話して欲しかった。幼馴染でずっと一緒だったから、テッドの幸せは願いたかったのに……
テッドの……、バカー!」
マリアは持っていたバスケットをテッドに投げ付けて、その場から走り去っていた。
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