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新しい生活

遠くの土地で

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 王都から遠く離れた地方の商業都市にやって来た私は、王妃殿下の古い知り合いだという商家でお世話になることになった。
 地方都市なら、私の顔を知る者は滅多にいないだろうからとの配慮らしい。私は世間的には、心労のため、実家の領地で療養中ということになっているので、有り難い配慮だと思った。

 商会長とその夫人以外は、私が貴族令嬢だということを知らせず、偽名を使って生活することになる。
 
 住む場所は、商会の独身寮に住まわせてもらえることになった。一人でどこか家を借りようかと考えていたのだが、若い女性の一人暮らしは危険だからと止められてしまったのだ。
 伯爵家の部屋と比べたら、狭くてシンプルな部屋だが、私はとても気に入っている。完全個室で、狭いながらにキッチンや浴室、トイレが付いていて便利なのだ。
 寮には管理人のマダムがいるので、何かあればすぐに来てくれるらしい。
 引っ越して来た日、寮の決まりや近くにある店など、色々なことを教えてくれたので、とても助かった。
 料理や洗濯はまだ慣れないけど、孤児院で教えてもらっていたから、何とかなりそう。頑張ろう。




 そして、仕事が始まる……



「メアリー、この帳簿の確認をお願い出来るか?」

「畏まりました。」

 私はメアリーという偽名で、商会の支店の事務員として働いている。
 知らない土地とはいえ、誰に見られるか分からないから、念のために裏方の事務員がいいだろうと、商会長が判断したらしい。
 学生時代は生徒会で会計をやっていたし、伯爵夫人の時は、領主代理としての仕事もしていたので、事務員の仕事は何の問題も無かった。

「メアリーは仕事が早くて正確だから助かるよ。」

「ありがとうございます。」

「メアリー、肩の力を抜いてやりなさいね。」

「はい。気を付けますわ。」

 支店長や事務の先輩達は親切な人ばかりだったから良かった。年齢が近い人も沢山働いているので、友人も出来たし、それなりに楽しい生活を送れている。



「メアリー。明日は休みだから、仕事帰りに夕飯を食べに行かない?」

 こんなお誘いは、平民の生活をしていて初めて経験することだった。

「そうね!私、お店に詳しくないから、クロエのおすすめのお店に連れて行ってくれるかしら?」

「勿論よ!メアリーは箱入り娘だもんね。私が色々教えるわよ。」

 同じ年齢のクロエは、明るくて気さくな性格なので、すぐに仲良くなった友人の1人だ。
 仕事の後に、一緒に夕飯を食べに行ったり、買い物に行ったりすることは、私の楽しみの一つになる。

 週末、いつものように、クロエと夕飯を食べに行こうと街を歩いている時であった。

「…クロエ?」

「あれ?エドガーじゃないの。」

 クロエの友人らしき人に話しかけられる。

「メアリー、私の同期のエドガーよ。違う支店で働いているの。
 エドガー、私の支店に少し前に入ってきたメアリーよ。可愛いでしょ?私達と同じ年齢なのよ。」

「メアリーと申します。どうぞよろしくお願いします。」

 癖でカーテシーしそうになる。気を付けないと…。

「……!」

「……エドガー?」

「…あっ。すまない。エドガーだ。よろしく!」

「私達、夕飯に行くんだけど、エドガーも行く?」

「…いいのか?」

「メアリー、エドガーも一緒でいい?いい奴だから、問題ないと思うんだけど。」

「いいわよ。多い方が楽しいわよね。」

 クロエは友人が多いらしく、クロエの友人を沢山紹介してもらった。



 慣れない平民の生活は、苦労もあったが、刺激が沢山あって楽しいかもしれない。



 
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