上 下
486 / 501
アフターストーリー

第7話ー⑧ 僕(『織姫と彦星』狂司視点)

しおりを挟む
 兄さんの葬儀を終え、僕は部屋で呆然としていました。

 ずっと眠っていて、もう何年も話すことはなかった兄さん。けれど、ちゃんと存在はしていて、いつか目を覚ますんじゃないかと僕は淡い期待をしていたのかもしれません。

 ベッドに寝転び、右手の腕で僕は顔を覆います。それから頬には温かい何かが流れました。

「ああ、涙を流すなんて、いつぶりなんでしょう。これまでと生活は変わらないのに……だから悲しむ必要なんてないのに」

 そしてこの時、二度と戻ることのない時間があることを僕は知りました。一度壊れてしまったものはもう戻らないのだと、僕は知りました。

「じゃあきっと、一度壊れた関係ももう、戻ることはないのかもしれないですね。だから織姫さんも僕のことなんか、必要と思う事なんて」

 それから僕は泣き続けました。どれくらいの時間が経ったのかはわかりません。でも、時間が許す限り、僕は子供のように声を上げて泣くことしかできなかったのです。


 
 兄さんが亡くなってから数週間。僕は全てがどうでもよくなりました。

 頑張ったところで、僕の取り戻したいものはもう取り戻せないことを知ってしまっているからです。

 それから大学の講義がとても退屈になりました。何を聞いても何も耳に入ってこない、と言う感覚です。

 そして僕は知ってしまいました。バッドタイミングです。今の僕には致命傷とでも言うのでしょうか。

 僕が知ってしまった事、それは今の織姫さんの活躍です。1人でも十分にできてしまっている彼女の輝く姿です。

「『女子大生ビジネス家、本星崎織姫の華々しい活躍を特集!』……やっぱり一人でもできるじゃないですか。僕の入る余地なんてないくらいに」

 僕はもう、必要ない存在。彼女と僕は、もう違う世界の人間ということです。というより、もとから同じ世界にはいなかったんですよね。

「そうだ。また会おうって約束……」

 そんな約束、もう忘れられてしまっているのかもしれない。でも最後に一度だけ顔をだけでもみたい。それで、僕と織姫さんの関係は終わりにしましょう。



 数日後。僕は織姫さんの大学を特定して、その大学に向かいました。

 もちろんすぐに会えるなんて思ってはいません。もし、今日会えなければ、もう二度と会うことはないのかもしれません。

 そして僕は移動中にとあるネット記事を見つけました。それは有名な雑誌社からインタビューを受けた織姫さんの記事でした。

「もう届かない場所にいるってことなんでしょうね。だからやっぱり、今日で終わらせないといけません」

 織姫さんが通う大学の最寄り駅を出た僕は、大学に向かって歩きます。もちろんアポイントなんて取っていないので、この道中で会わなければ、それでお終いです。

 なぜこんなやり方をするのか? それはたぶん、逃げですね。絶対に会えない状況でことを済ませてしまった方が、罪悪感は薄いでしょう? 

 ――会いに行ったけど、ダメでした。だから仕方ない。

 それで織姫さんとのことを終わらせようと僕は思ったわけですね。

 そんなわけで僕は何の期待もせずに織姫さんの通う大学へと向かって歩いていたわけです。

 しかし、神様はこういう時に非常に意地悪なことをしてきます。

 僕が小さな公園の前を横切っている時でした。その公園のベンチに、彼女は……織姫さんはいました。

 少し大人っぽくなってはいましたが、相変わらず一人でビジネス書を熟読しているようでした。

「なんでですか……」

 僕は嬉しいような、悲しいような気持ちになりました。

 そして織姫さんの方へ無意識に歩いて向かっていたのです。

「私一人で、この先も頑張っていけるかな……」
「できますよ、織姫さんなら」

 なんと僕は織姫さんへ声を掛けていました。完全に無意識です。本当は顔を見るだけのつもりだったんですけどね。

 それから僕の声に驚いたのか、織姫さんは急に顔を上げます。

「なん、で?」

 織姫さんは目を見開いてそう言いました。

 まあ急にいなくなった相手が現れて、驚かない方がおかしいですよね。

「なんでとは、ご挨拶ですね」

 僕は皮肉たっぷりにそう言ってやります。いつも通りに見えるように。今の悲惨な僕を悟られないように。

「――なんで急にいなくなったんですか! なんで、黙って勝手にいなくなって……あれから、私はずっと寂しくて……でも、狂司さんに会いたかったから今日まで頑張って!!」

 僕に会いたいと思ってくれていた……? ダメです。そんな言葉に乗ってはダメです。僕は、終わらせるためにここへ来た。だから……

「違いますよ、織姫さん。あなたが頑張ったのは、あなたのためです。あなたの助けを待っている能力者の子供たちのためです。だから、僕の為ではないですよ」

 僕は笑顔を崩すことなく、淡々とそう告げます。

 そう。これでいいんです。だって、あなたに僕は必要ないのだから。

 織姫さんは悲し気な顔をしてから、

「そうですけど、でも……狂司さんのためでもあったから!」

 そう言って僕の目を見つめます。

 とてもまっすぐな瞳でした。

 きっとその思いは嘘偽りないもの、なんでしょう。

「そう、ですか」

 その瞳を見て居られなくなった僕は、そう言ってつい織姫さんから視線を外してしまいます。

「はい」

 それから少し沈黙の時が流れました。

 おそらく織姫さんは何を話せばいいのかわかり兼ねているのでしょう。

 そうだとしたら、僕が先手を打たせてもらいます。このまま押され気味だと、目的が達成できませんからね。早めにことを終え、さっさとここを立ち去りましょう。それもお互いの――いえ、全部僕自身のためですね。

「――あの。手紙、読んでくれました?」
「え、ええ」
「じゃあ話は早い。今日は、最後の挨拶に来ました」

 僕は精一杯の笑顔で、織姫さんにそう告げました。なるべく明るい口調で。

「最後の?」

 織姫さんは首を傾げます。

 まさか僕が以前のように一緒にやろうと言いに来たとでも思っていたのでしょうか? 

「はい。今日で織姫さんと僕はもうお終いってことです。今日を最後に、もう僕たちは二度と会うことはないです。それを伝えに来ました」
「な、なんでですか!」

 声を荒げて織姫さんは怒っていました。

 もう僕の力がなくても、一人でやっていけるだけの実力がある。それなのに、なぜ? なぜまだ僕に頼ろうと思ってくれるのですか? 僕はもう、あなたの期待には応えられないのに。

「だって、織姫さんは一人でもう充分にやれる。僕の力なんて必要ない。今回、僕が織姫さんの前から姿を消したのは、最後の試練みたいなものでした。それをクリアした織姫さんはもう立派な一人前ですよ」

 なんでそれらしい嘘を吐いているのでしょう。ただ、僕が逃げただけなのに。逃げたことを隠そうとしている言い訳なのに。

 なんだか胸が痛いですね。

「勝手です! そんなのは勝手ですよ!! 勝手にいなくなって、勝手に現れたと思ったら、そんな勝手なことを……そんなの、納得できるわけないじゃないですか!」

 織姫さんは目に涙を溜めてそう言いました。

 そうですね、僕は勝手な人間ですよ。

「何を言われても、僕は考えを変えない。これは僕が決めたことだから。僕の人生は僕しか決められないから」

 僕は淡々と織姫さんにそう言ってやります。

「そんな……」

 俯いた織姫さんは、今何を想っているのでしょうか。僕への罵倒の言葉? それとも――いえ。これ以上、彼女のことを考えるのはやめましょう。

 だって、もう僕と彼女は、ここで終わるのだから。

「それじゃ、織姫さん。さようなら」

 それから僕は織姫さんに背を向け歩き出します。

 そうです、帰るのです。目的は達成しました。だからもう織姫さんに用はないのです。

「狂司さん! 待ってください!!」

 僕は、何を言われてもこの足を止めるわけにはいかないんです。

「狂司さん!! お願い、待って!!」

 織姫さんにとって、僕の存在は邪魔になる。このまま一人で頑張ってもらうことが正しい判断なんです。大人なら、誰でもわかるような簡単な答えですね。

「待ちなさいよ、狂司!」

 それは今まで一番強い言葉でした。依頼でも懇願でもなく、命令。彼女からの命令は初めてでした。

 だから単純に驚いたのだと思います。

 それから僕がゆっくりと振り返ると、織姫さんが僕の胸に飛び込んできました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生はもう飽きた。100回転生した結果、レベル10兆になった俺が神を殺す話

もち
ファンタジー
 なんと、なんと、世にも珍しい事に、トラックにはねられて死んでしまった男子高校生『閃(セン)』。気付いたら、びっくり仰天、驚くべき事に、異世界なるものへと転生していて、 だから、冒険者になって、ゴブリンを倒して、オーガを倒して、ドラゴンを倒して、なんやかんやでレベル300くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら、記憶と能力を継いだまま、魔物に転生していた。サクっと魔王になって世界を統治して、なんやかんやしていたら、レベル700くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら……というのを100回くりかえした主人公の話。 「もういい! 異世界転生、もう飽きた! 何なんだよ、この、死んでも死んでも転生し続ける、精神的にも肉体的にもハンパなくキツい拷問! えっぐい地獄なんですけど!」  これは、なんやかんやでレベル(存在値)が十兆を超えて、神よりも遥かに強くなった摩訶不思議アドベンチャーな主人公が、 「もういい! もう終わりたい! 終わってくれ! 俺、すでにカンストしてんだよ! 俺、本気出したら、最強神より強いんだぞ! これ以上、やる事ねぇんだよ! もう、マジで、飽きてんの! だから、終わってくれ!」  などと喚きながら、その百回目に転生した、  『それまでの99回とは、ちょいと様子が違う異世界』で、  『神様として、日本人を召喚してチートを与えて』みたり、  『さらに輪をかけて強くなって』しまったり――などと、色々、楽しそうな事をはじめる物語です。  『世界が進化(アップデート)しました』 「え? できる事が増えるの? まさかの上限解放? ちょっと、それなら話が違うんですけど」  ――みたいな事もあるお話です。 しょうせつかになろうで、毎日2話のペースで投稿をしています。 2019年1月時点で、120日以上、毎日2話投稿していますw 投稿ペースだけなら、自信があります! ちなみに、全1000話以上をめざしています!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

処理中です...