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アフターストーリー

第7話ー⑥ 僕(『織姫と彦星』狂司視点)

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 兄さんのいる施設からしばらく歩くと、僕は小さな一軒家に案内されました。

 どうやらこの場所は、今ドクターたちが住んでいる家らしいです。

「ただいま」

 ドクターがそう言って家に入ると、

「おかえりなさい!!」

 と笑顔で迎える少女がいました。

 その少女と目があった僕ははっとして、声を漏らします。

「あ……」
「あ!!」

 僕は彼女を知っていました。そう、以前敵対していた組織『エヴィル・クイーン』にいた少女、キキ。僕は彼女と直接対峙したことはありませんが、噂はかねがね――

「なんでこんなところにいるんですかあ? 確か、あのS級施設でぬくぬくと生活していると聞いていたんですけど?」

 キキは細い目で睨みながらそう言います。

「い、いろいろあるんですよ……」

 何か言ってやりたい思いはありましたが、キキの言う事も間違ってはいないので。

 しかしキキはローレンス君とは違って、敵対心丸出しですね。と言うか僕、彼女に何かをしましたっけ?

「あ、そういえば。ローレンス君は今、S級施設にいますよ。元気にやっています」
「ロー、レンス?」

 キキはそう言って首を傾げます。

 もしかして、かつての仲間を忘れたのですか? 性格が悪いとローレンス君も言っていましたが、本当に良い性格をしているようです。

「ローレンス、ローレンス――ううーん」
「え、えっと……」

 なぜ僕が狼狽えなければならないんだ!?

 僕が困っていると、キキは手をポンっと打ち、

「ああ、思い出しました! そうですか、そうですか……いやいや、捕まったと聞いていたので、何をされているのだろうと心配していましたよ! あははは!!」

 楽しげにそう言いました。

 絶対に嘘だ。さっきまで忘れていたに違いない……

 そんなことを思いながら、僕は細目でキキを見てやります。まあそれでも彼女は気にしないんでしょうけど。

「じゃあ喧嘩はその辺で。コーヒーでも飲みながら、久々に話そうじゃないか、狂司」

 ドクターは僕とキキの間に立ってそう言います。

「はい……」

 少し気が進みませんが、目の前にいるドクターに逆らうほど、僕は強いメンタルを持ち合わせていませんので素直に従うことにしました。

 それからコーヒーの準備が整うまでの間、僕は通されたリビングのソファでおとなしく座って待っていました。

 すると、


「キキ! また僕のプリン食べただろっ!」

「違うんですって!! プリンから私の口の中に飛び込んできたんですよ! 私は必死に抵抗しましたが、力及ばず――」

「また意味のわからないことを!」

かけるさん、キキも悪気があったわけじゃないんだ」

「ほたるはすぐにキキを庇う! それは良くないよ!!」


 そんなとても賑やかな声がキッチンの方から聞こえてきました。

 少し意外だなと思ったのは、僕の尊敬する翔先輩が子供みたいに怒っている姿でした。

 もっと冷静で大人の雰囲気を纏っている方だと思っていたのですが……。

「どうしたんだい、狂司?」

 ドクターはそう言って僕の顔を覗き込みます。

 ボーっとしていたことを気にしてくれたのかもしれません。

「いえ。翔先輩でも、子供っぽいところがあるんだなと驚いて……」

 僕は本音を口にしました。

 すると、ドクターは「ははは」と笑ってから、

「『アンチドーテ』にいた時は、自分がみんなを守らなくちゃと必死だったからね。変に気を張らせてしまっていたんだ。今の翔が、本当の翔だよ」
「そう、なんですね」

 まあ、あの暁先生の弟さんですし、そういう側面があってもおかしくはないですね。

 それから翔先輩はコーヒーセットを僕とドクターの分だけ用意すると、キキたちと共にリビングを出て行きました。

 まだ話は終わっていない――! と翔先輩も言っていたので、おそらく2ラウンド目が別室で始まるのでしょう。

「冷めないうちに、いただきなさい」

 翔先輩たちの行く末を気にしていた僕に、ドクターは笑いながらそう言いました。

「あ、はい。いただきます」

 僕はそう答え、コーヒーカップを持ちあげます。

 ドクターはコーヒーにはこだわりがある人なので、おそらく今回のコーヒーもなかなか値が張るものでしょう。少し楽しみです。

 それからコーヒーを飲みながら、ドクターはここでの生活のことを話してくれました。どうやら毎日にぎやかに楽しくやっているそうです。

 昨日の敵は今日の友、ということですね。

「――さて、狂司。あの場所にいた理由を教えてくれるかい?」

 ドクターは優しい口調で、しっかりと僕の目を見てそう告げます。もうこうなったら、逃げられません。僕は白状しました。

「実は――」

 S級施設でやっていたこと、そしてその施設から黙って出てきてしまったこと。

 ドクターはにこやかな笑顔で僕の話しを聞いていてくれたので、つい余計なことなことまで話してしまいました。

 織姫さん――あえて名前は出さなかったですが、その子が関わるとどうも、自分らしく振舞えないということを。

「――そうだったのか」

 ドクターはなんだか嬉しそうにそう言いました。どうしてでしょうか?

「あの、ドクター?」

 僕がそう言うと、ドクターははっとして、

「ああ、すまない。なんだか嬉しくてね」

 そう言って笑いました。

「その嬉しい、とは?」

「いや。狂司はいつも少し大人ぶっているというか、子供らしくないというか……そんな狂司が、ちゃんと年相応の悩みを持ってくれたことが嬉しくてね」

 大人ぶって――?

 いえいえ、そんなつもりはないのですが!?


「で、でも……それは退化した、ということになりますよね。僕はちゃんとした大人になるために、あの施設へ行ったはずなのに、これじゃ――」

「そんなことはない。退化じゃない、それは変化だ」


 ドクターはそう言って、コーヒーを口に運びます。

「変化?」

 ドクターは何を言っているのでしょう、と僕は首を傾げます。

「もともとの狂司の本質と、新しく生まれた狂司の感情。それが合わさって、変わっていったんだよ。それは、心の成長だ」

 成長? だって、僕は幼稚な悩みを抱いているんですよ? それがなぜ、成長なのですか? 僕にはさっぱりですよ。

 僕はそんなことを思いながら、ドクターの顔をまっすぐに見つめます。

「その感情は、きっと今の狂司に必要なものだったのかもしれないね。まあ、だからと言って私がどうにかできることでもない。狂司が答えを出さなければならない問題だ」

 僕が、答えを……出せるでしょうか。

「そう、ですね」

 僕は自信なさげにそう言っていました。

 そんな僕を気にかけてくれたのでしょう。ドクターは優しい笑顔で言います。

「いくら時間がかかってもいい。狂司自身で必ず答えを見つけなさい。でも、どうしようもなく悩んだ時は、相談に乗るよ」

 その顔を見て、遠く離れていてもドクターは僕のことを気にかけてくれていたことを察しました。

 だから僕はその嬉しさを表すように「はい!」と笑顔で答えたのでした。
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