上 下
364 / 501
第9章 新たな希望と変わる世界

第73話ー⑤ デビュー前の

しおりを挟む
 ――食堂。

「おーい、凛子。待たせたな」

 暁がそう言って食堂に着くと、顔を伏せて凛子はスヤスヤと眠っていた。

「今日もお疲れみたいだな……」

 そう言って凛子を起こそうと歩み寄る暁。すると、

「先生、ちょっと待ってくださいっ!」

 しおんは暁の腕を掴み静止する。

「どうした? 凛子と話しをするために来たんだろ?」
「そうですけど……でも、こんなチャンスは滅多にこないから」

 そう言ってニヤリと笑うしおん。

「は?」
「今までの恨みを晴らしてやる!」

 それからしおんは眠る凛子の前に行って、しゃがんで座った。

「何をする気だ?」
「こうだっ! えいっ!」

 そう言って凛子の頬をつつくしおん。

「!?」

 そして驚いて飛び起きる凛子。

「ははは! 油断したな、凛子!!」
「うっ。まさかこの私が、しおん君ごときに先制攻撃を許すなんて……」
「ごときってなんだよ! お前はいつも一言多いんだって!!」
「対等になってから文句は受け付けますね☆」
「くっそ!」

 そう言って悔しそうな顔で地団太を踏むしおん。

 しおんだって、こうなるってわかっていただろうに。普通に起こしてやればいいのにな――

 そんなことを思いながら、言いあう2人を見つめる暁だった。そして久しぶりの2人の言い合いを聞き、懐かしく思っていた。

 最近は誰かが言いあうなんてこと……いや、今は剛と狂司がしょっちゅう喧嘩をしているな――

 暁がそう思っていると、真一はゆっくりとしおんと凛子に近づく。

「じゃあ、そろそろ本題に行ってもいい? 恒例の夫婦漫才めおとまんざいは終わったよね?」
「「だから、夫婦めおとじゃないからっ!!」」
「ああ、もうそういうのいいから」

 やれやれと言った顔でそう言う真一。

「じゃあ、俺たちはこの辺で。また夜にな!! いくぞ、剛」
「はーい」

 それから3人に食堂を預けて、暁は剛と共に食堂を後にしたのだった。


 * * *


 食堂に残ったしおんたちは番組について話し合っていた。

「まあそんな感じで、約1か月の密着になると思います!」
「今回は、凛子が直接ってわけじゃないんだよね?」

 真一は資料に目を通しながら、凛子にそう問いかける。すると、

「ええ。私はここから出られませんから☆ だから外で暮らしている2人の密着取材は無理ですね!」

 そう言ってニコッと笑う凛子。

「そう、だよな」

 俺と違って、凛子にはまだ『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力が――

 しおんはそう思いながら、俯く。

 そして凛子はそんなしおんの顔を覗きながら、

「なんですか? もしかして私のことで落ち込んじゃった感じですか??」

 首をかしげてそう言った。

「うわあ!? 顔近いって!!」
「あらら☆ スーパーアイドルを前にもしかして興奮しちゃいました?」

 そう言って意地悪な顔をする凛子。

「くっそお……」

 そう呟き、しおんは悔しそうな顔で奥歯を噛んだのだった。

 でも本当は少しだけ……目の前で見てかわいいって思ったことは内緒にしておこう。凛子に弱みを握らせるわけにはいかないからな――

「それはそれとして……しおん君に心配されるほど、私はやわな人間じゃないんですけどお?」
「そうだったな。お前はそう言うやつだもんな」

 そう言って凛子に微笑むしおん。

「……ごほん。では、お話続けますよお?」
「ああ」「うん」

 それからしおんたちは数時間、番組のことで話し合ったのだった――



「当日のスケジュールは、近いうちにプロデューサーさんから行くと思うので、ちゃんと目を通しておいてくださいね? 特にしおん君ですよ??」

 凛子が意地悪な顔でそう言うと、

「わかってるって!! まあ今回は凛子が撮影に関わらないみたいだし、変なアドリブはないから安心だな!」

 得意げな顔でそう言うしおん。

「あらら。ご要望とあらば、ご用意しておきますよ??」
「や、やめてくれって!!」

 しおんと凛子がそんなやり取りをしていると、真一は急に立ち上がり、食堂の出口へと向かって歩いていった。

「真一!? どこ行くんだよ!!」

 心配したしおんは真一の背中にそう言うと、真一は振り返り、

「ちょっとトイレ」

 そう言って出ていった。

「……」
「……」

 真一が食堂を出て行き、しおんたちの間には沈黙の空気が流れていた。

 やばい。2人きりだと、なんだか気まずいぞ……何か話題を――

「……今度、CDデビューするんでしょ」

 凛子がそう言って沈黙を破った。

 凛子、知っていたんだな――

「あ、ああ。ようやくな」
「ようやくって……所属して1年も待たずにCDデビューができるのは、まあその……なかなかやるじゃない」

 もしかして、今ほめてくれたのか――?

「ああ、えっと……その。ありがとう、凛子」

 しおんはそう言って微笑んだ。

「まあ、まだまだスーパーアイドル知立凛子の足元にも及びませんがね☆」
「だからそういう事言わなきゃ、俺だってなあ――! ってまあいいか」

 ため息交じりにそう言うしおん。

 そんなしおんを見て、凛子はクスクスと笑う。

 それからしおんは、屋上で凛子が行っていたことをふと思い出した。

『あの場にいる全員が繋がる感じというか……共感覚っていうの? すっごいんだよ!』

 もしかしたら、今の俺ならその時の凛子と同じ感覚を味わえるかもしれない。あの頃とは違う、今なら――

「なあ凛子。俺に初舞台のことを話してくれたことを覚えているか?」
「……ええ」
「俺にもわかる日が来るのかなってさ」
「さあ。それは私にはわかりません」
「相変わらず、厳しいな」

 そう言ってしおんは苦笑いをした。

「でも――」
「ん?」
「今のまままっすぐに音楽を好きでいたら、いつかはきっと……ですかね☆」
「そうか……ありがとな、凛子!」

 そう言って微笑むしおん。

「何なんですか? 急に、気持ち悪い」
「はあ? なんだよ、それ! 素直な気持ちを伝えただけだろ!!」
「もしかして、何か企んでます?? ああ、怖い怖い」

 そう言って両手で身体をさすりながら、しおんから少し距離を取る凛子。


「だから違うって!! 今の俺があるのは真一のおかげもあるけど、あの時に凛子が屋上に来てくれたからだって俺は思ったから! だからお礼をだな――」

「もし本当にそうだって思うのなら、早く世界的なミュージシャンになりなさいよ。それが一番の恩返しってもんじゃない?」


 そう言って、凛子はニヤリと笑った。

「ああ! 今に見てろよ? すぐに世界で活躍するミュージシャンになってやるさ!!」
「ま、来世までかかるだろうから、私は気長に待つよ」
「凛子、お前!!」
「うふふ」

 怒るしおんを見て笑う凛子。そしてそんな凛子を見て、しおんも自然に笑顔になっていた。

 これがアイドルの力か――そう思い、しおんは凛子の顔を見ながら楽しそうに笑っていたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生はもう飽きた。100回転生した結果、レベル10兆になった俺が神を殺す話

もち
ファンタジー
 なんと、なんと、世にも珍しい事に、トラックにはねられて死んでしまった男子高校生『閃(セン)』。気付いたら、びっくり仰天、驚くべき事に、異世界なるものへと転生していて、 だから、冒険者になって、ゴブリンを倒して、オーガを倒して、ドラゴンを倒して、なんやかんやでレベル300くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら、記憶と能力を継いだまま、魔物に転生していた。サクっと魔王になって世界を統治して、なんやかんやしていたら、レベル700くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら……というのを100回くりかえした主人公の話。 「もういい! 異世界転生、もう飽きた! 何なんだよ、この、死んでも死んでも転生し続ける、精神的にも肉体的にもハンパなくキツい拷問! えっぐい地獄なんですけど!」  これは、なんやかんやでレベル(存在値)が十兆を超えて、神よりも遥かに強くなった摩訶不思議アドベンチャーな主人公が、 「もういい! もう終わりたい! 終わってくれ! 俺、すでにカンストしてんだよ! 俺、本気出したら、最強神より強いんだぞ! これ以上、やる事ねぇんだよ! もう、マジで、飽きてんの! だから、終わってくれ!」  などと喚きながら、その百回目に転生した、  『それまでの99回とは、ちょいと様子が違う異世界』で、  『神様として、日本人を召喚してチートを与えて』みたり、  『さらに輪をかけて強くなって』しまったり――などと、色々、楽しそうな事をはじめる物語です。  『世界が進化(アップデート)しました』 「え? できる事が増えるの? まさかの上限解放? ちょっと、それなら話が違うんですけど」  ――みたいな事もあるお話です。 しょうせつかになろうで、毎日2話のペースで投稿をしています。 2019年1月時点で、120日以上、毎日2話投稿していますw 投稿ペースだけなら、自信があります! ちなみに、全1000話以上をめざしています!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜

よどら文鳥
恋愛
 フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。  フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。  だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。  侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。  金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。  父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。  だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。  いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。  さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。  お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。

処理中です...