上 下
289 / 501
第8章 猫と娘と生徒たち

第59話ー④ 僕の一歩

しおりを挟む
 翌日。まゆおの父が施設へやってきた。

 暁とまゆおはエントランスゲートに向かい、まゆおの父を出迎える。

「狭山さん! 遅くなって、すみません」

 暁がそう言うと、頬はこけてひょろひょろした男性が、

「大丈夫ですよ」

 とゲート越しに笑顔で答えた。

 それから暁はまゆおの父にゲスト用のパスを手渡し、まゆおの父が施設の敷地内に足を踏み入れる。

「……お久しぶりです、父さん」

 まゆおは俯いて、父にそう告げた。

「久しぶり、まゆお。大きくなったな」

 そう言って、優しくまゆおに微笑みかけるまゆおの父。

 まあ久しぶりの再会ってお互いこんな感じになるよな! それに、まゆおがここへ来るまでの経緯もあるし……そりゃ、ぎこちなくもなるか――

 そんなこと思いながら、微妙な空気の狭山親子を見つめる暁。

 そしてこの空気のままにはしておけないと思った暁は、

「えっと、立ち話もなんですから! 中にどうぞ」

 そう言ってまゆおの父を建物内へと案内することにした。

 少しでも空気の入れ替えになればいいけどな――

 暁はそう思いつつ、狭山親子と共に来客室を目指して歩き始めた。



 ――廊下にて。

「……」
「……」

 相変わらず、微妙な空気は継続していた。そしてそのあまりの静けさに緊張をする暁。

 まさか親父さんもまゆおを恨んでいるとか、そういうことはないよな――と心の中で思いつつ、歩みを進めていた。

 それから来客室に到着すると暁はお茶を出すため、一時的にその部屋を後にしたのだった。


 * * *


 来客室はまゆおとまゆおの父の2人きりで、沈黙が続いていた。

「あ、あの……」

 まゆおが何かを言いかけようとした時、お茶を持った暁がちょうど来客室に戻って来た。

「もしかして会話の邪魔をしてしまいましたか?」

 暁は申し訳なさそうな顔でそう言いながら、まゆおの父にお茶を出していた。

「いいえ。でも、まゆおは何かを言いかけていたみたいだったね」

 まゆおの父は笑顔でまゆおにそう告げた。

「えっと……その」

 まゆおはそう言いながら、目が泳いでいた。

「無理しなくてもいいんだからな?」

 暁は心配そうな顔でまゆおを見つめた。

「い、いえ。せっかく場を設けてもらったのに、それじゃ意味がない、です」
「そうか」

 そう言ってから、暁はまゆおの隣の椅子に座った。

 父さんに言わなくちゃ。僕がやってしまった事への謝罪と、それと――

 まゆおがそんなことを考えていると、

「まゆお、すまなかったな」

 まゆおの父が小さな声でそう告げたのだった。

「え……」

 その言葉に驚くまゆお。

「兄ちゃんたちから聞いたんだよ。まゆおが兄ちゃんたちからいじめを受けていたって。私がもっとちゃんとみんなのことをみられたらよかったのにな」

 まゆおの父は、悲壮感漂う表情でそう告げる。


「……違うんです。僕が弱かったから。僕が剣道以外何もできなかったから悪いんです。他にもいろいろできたら、兄さんたちの負担にはならなかったのに――」

「そんなことはない。まゆおはそんなことを考えられる年齢でもなかっただろう。私の父親としての力が足らなった。だから子供たちには苦労を掛けてしまったね」

「父さん……」

「武雄のことは先生から聞いている、ここへ来ていろいろとあったとね」


 その言葉に俯くまゆお。

「武雄を止められなかった……お金のためにと自分の身を売り込んで、それで……。私は父親らしいことを、子供たちにしてやれなかった。ごめんな、本当にごめんな」

 そう言ってまゆおの父は深く深く頭を下げる。

「……ありがとう、父さん。僕のことをまだ自分の子供だと思ってくれていて」

 まゆおのその言葉に顔を上げる父。

「実はね、父さんたちに恨まれているんじゃないかってずっと不安だったんだ。武雄兄さんのこともあったから。でも僕のことを心配してくれていたんだね」

 そう言って微笑むまゆお。


「当たり前だろう! 私はまゆおの父親なんだから!! でも、結局私は何もしてあげられなかったけどな――」

「そんなことはないよ! だって、父さんは僕に剣道を教えてくれたじゃないか。父さんから剣道を教わらなかったら、ここでの出会いもなかった。僕はずっと弱いままだったかもしれない。だから……何もしていないなんて言わないで」


 まゆおは父の顔をまっすぐに見て、そう告げた。

「まゆお……ありがとう。こんな父さんを、まゆおは許してくれるか?」

 まゆおは首を横に振り、

「そもそも父さんのことを責めたことはない。僕はずっと自分のことを責めていた。父さんの……家族の人生をめちゃくちゃにしたのは僕だって。だから父さんは何も悪くないんだよ」

 精一杯の笑顔でそう告げた。

「……まゆお。ありがとう……」

 そう言って、延々と涙を流すまゆおの父。

 そんな2人に暁は温かな視線を送っていた。そして、

「これでまゆおたちは、ちゃんとした家族に戻れたんだな……」

 小さくそう呟いた。

「そうだ、父さん。僕はもう一つ、父さんに言いたいことがあったんだ」
「言いたいこと……?」
「うん。あのね……僕の剣道でまたあの道場を復活させる。そしてあの場所でまた家族みんなで暮らすんだ! ……どうかな」

 まゆおは照れながら、父にそう告げた。

「それは素敵な夢、だな。もちろん、私もその夢を応援するよ。また家族みんなで暮らそう」
「うん!」

 そして微笑みあうまゆおとまゆおの父。

 それから暁はまゆおが希望する大学の話をした。その後、まゆおの父はすがすがしい顔で施設を後にした。

 まゆおの父を見送り、暁とまゆおは建物に向かって歩いている途中。

「まゆお、夢がまた一つ増えたな」

 暁は笑顔でまゆおにそう告げた。

「そうですね……ますますここから出なくちゃならなくなりました!」
「ああ、きっと大丈夫さ、まゆおなら! だってまゆおは……強い漢だからな!」
「ははは……そうだといいですけどね」



 それから数日後、まゆおの身体に異変が起こる。

「あれ……能力が」

 突然発動しなくなった能力に驚くまゆお。その後に検査をすると、能力の消失がみられた。

「まゆお殿、良かったですな!」
「ありがとう」

 まゆおが笑顔で結衣にそう返すと、真一がまゆおの前にやってきた。

「おめでとう。僕もすぐに追いかけるから」

 そう言って真一はその場を後にした。

「うん。真一君もきっとね」



 僕は僕の夢のために、これから新しい一歩を踏み出すんだ。そして僕の歩いていく先に、きっと君がいるって信じてる。

 だから待っていてね、いろはちゃん――!
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生はもう飽きた。100回転生した結果、レベル10兆になった俺が神を殺す話

もち
ファンタジー
 なんと、なんと、世にも珍しい事に、トラックにはねられて死んでしまった男子高校生『閃(セン)』。気付いたら、びっくり仰天、驚くべき事に、異世界なるものへと転生していて、 だから、冒険者になって、ゴブリンを倒して、オーガを倒して、ドラゴンを倒して、なんやかんやでレベル300くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら、記憶と能力を継いだまま、魔物に転生していた。サクっと魔王になって世界を統治して、なんやかんやしていたら、レベル700くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら……というのを100回くりかえした主人公の話。 「もういい! 異世界転生、もう飽きた! 何なんだよ、この、死んでも死んでも転生し続ける、精神的にも肉体的にもハンパなくキツい拷問! えっぐい地獄なんですけど!」  これは、なんやかんやでレベル(存在値)が十兆を超えて、神よりも遥かに強くなった摩訶不思議アドベンチャーな主人公が、 「もういい! もう終わりたい! 終わってくれ! 俺、すでにカンストしてんだよ! 俺、本気出したら、最強神より強いんだぞ! これ以上、やる事ねぇんだよ! もう、マジで、飽きてんの! だから、終わってくれ!」  などと喚きながら、その百回目に転生した、  『それまでの99回とは、ちょいと様子が違う異世界』で、  『神様として、日本人を召喚してチートを与えて』みたり、  『さらに輪をかけて強くなって』しまったり――などと、色々、楽しそうな事をはじめる物語です。  『世界が進化(アップデート)しました』 「え? できる事が増えるの? まさかの上限解放? ちょっと、それなら話が違うんですけど」  ――みたいな事もあるお話です。 しょうせつかになろうで、毎日2話のペースで投稿をしています。 2019年1月時点で、120日以上、毎日2話投稿していますw 投稿ペースだけなら、自信があります! ちなみに、全1000話以上をめざしています!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...