上 下
85 / 501
第3章 毒リンゴとお姫様

第18話ー② 転入生現る

しおりを挟む
 俺たちは施設に到着すると授業の準備のため、まっすぐに職員室へ向かった。

 今日は朝一で研究所に向かったこともあり、いつもより早めに帰宅することができたわけだ。

 でもまさか午前の授業に間に合うとは思っていなかったので、授業の準備は何もできていない。と言っても、俺は生徒たちに何か勉強を教えることはないんだけどな。

 だから準備というのはただ単に生徒たちの出席簿を用意するくらいのことだった。

 そんなことを思いながら歩く俺の後ろを、少女は静かに歩いていた。

「まだ完全に心が戻ったわけじゃないんだな」

 俺は無表情でいる少女を見て、そう呟いた。

 俺もきっと心が完全に戻るまでの間は同じような顔をしていたんだろうな。

 この子も俺みたいに感情を取り戻した時、ようやく本当のこの子に出会えるのだろう。この子がどんな性格なんだろうかって考えると少し楽しみかもしれない。

 それから俺は職員室で授業に必要なものを用意してから、少女と共に生徒たちのいる教室へ向かった。



 俺と少女は教室の扉の前にいた。

「今から行くところは、これから君の仲間になる子供たちがいるところだ。みんないい奴らだから、きっと君とも仲良くなれると思う。よろしくな」

 俺はそう少女に告げると、少女は静かに頷いた。

 そして俺は教室の扉をあける。

 教室では生徒たちがタブレットに向かって、各々の勉強をこなしているようだった。

 俺の姿が見えると、さっきまで真面目に勉強していた生徒たちは一斉に俺の方を向く。

「あ! センセーおかえり!!」

 いろはは手を振りながら俺にそう言った。

「ああ。ただいま。俺のことは気にせず、勉強に集中していてくれ」

 俺がそう告げると、生徒たちは再びタブレットに目を向けた。

「さあ入って」

 俺の後ろにいた少女に告げ、少女は静かに教室の中へ。

 空いている席から椅子だけを持っていき、その椅子を俺の机の隣に置いた。

 そして俺は少女にそこへ座るよう促し、少女はこくんと頷いてからその椅子に座った。

 俺は勉強に集中する生徒とその様子を見つめる少女を交互に見ていた。

 この少女は何を感じているのだろうと俺は少女を見ていてそう思ったのである。

 タブレットに目を向けて勉強する生徒たちを何も発することもなく、静かに見つめている少女。

 ――もしかして何かを感じているのだろうか? まさか、そんなわけないか。

 そして午前の授業が終わると、数人の生徒が俺のもとに寄ってきた。

「センセー、その子何!? 隠し子!?」

 いろはが興味津々に問いかける。

「隠し子なわけあるか! 俺はまだ24だし、結婚だってしてないぞ!!」
「では、その子は一体……?」

 結衣が少女の全身をまじまじと見ながらそう言った。

「そのことは、昼飯の時にみんなに説明するよ。さあ、食堂へ行こうか」

 俺は生徒たちにそう告げて、食堂に向かった。



 食堂にて。各々が食べ物を用意し終えたのを確認したあと、俺は説明を開始した。

「この子は今日からこのクラスの仲間に加わることになった。名前は……実は記憶喪失でわからない。だから、みんなにこの子の名前を考えてほしいと思っている」
「え、記憶喪失なんですか……?」

 そう言ってまゆおは心配そうな顔で少女を見つめる。

「そうだ。ちょっといろいろと訳ありでな。研究所からの依頼でこの施設で預かることになったんだ」
「そう。まあ訳ありなら、仕方ないさ。この子のことを歓迎しようよ!」

 キリヤが笑顔でみんなにそう言い聞かせる。

 キリヤがそう言うならと、みんなはそれ以上何も言わなかった。

 そしてキリヤはどや顔で俺に微笑むと、「あとで説明してくれるよね?」と口パクで俺に伝えていた。

 確かにキリヤには事情を話しておく必要はありそうだ。そのほうがいろいろと都合がいいときもあるだろう。いざというとき、キリヤは頼りになるからな。

 そして俺はキリヤに頷いて返した。

 その後、生徒たちと共に少女の名前を考えた。

「白髪碧眼の美少女……外国の名前しか思い浮かびませんな。リリーとか、マリーとかかわいい感じが似合いそうかと!」

 結衣は完全に趣味の方面で名前を考えていそうな……

「とりあえず仮の名前だし、花子とかそういったありがちの名前の方が……」
「花子!? そんなだっさい名前かわいそうじゃん!」
「そ、そうだよね……」

 まゆおはしゅんとして、俯いていた。

 まゆお、その気持ちはよくわかる。俺も似たような名前を考えたからな……。

 そんなことを思いながら、俺は「うんうん」と頷いた。

「お肌は真っ白で白い髪がキラキラしてて、雪みたいだよね」
「確かに銀世界を想像させる雰囲気があるね……」

 キリヤとマリアの言う通り、少女の見た目は雪という言葉が似合う雰囲気があるなと俺も思った。

「雪……雪……白雪姫、とか。そうだ!! 『シロ』ちゃんっていうのはどう? 白雪姫の『シロ』ちゃん!! サイコーにキュートでイケてない?」

 いろはは目を輝かせながら、そう言った。

「いい。『シロ』。素敵な名前!」

 マリアはいろはの決めたその名前を気に入ったようだった。

「他に意見がないようなら、『シロ』で決まりにするけど、いいか?」

 俺がそう問うと、全員が頷く。

 そして俺は少女の目を見ながら、

「今日から君は『シロ』だ。よろしくな、シロ」

 そう告げると、シロは静かにうなずいた。

 そしてシロのお世話係は、世話焼き上手のマリアが担当することになった。

 自分が名付けたのにといろはは少々むくれていたが、こればかりは仕方がないことだと俺はいろはに告げる。

「まあ先生の言う通り、マリアの方がお姉さんだからしょうがないか!」
「そうそう。いろはが納得してくれてよかったよ!ははは!」
「あはは!」

 もしいろはと共に行動すれば、シロはいろはの色に染まり、ギャルになりたいと言い出すかもしれない。そんなことになったら、俺は所長に何を言われるか。

 そう思ったなんていろはには言えないけれど!

 それから昼食と話し合いを終えた俺たちは、午後の授業のために教室に向かった。



 午後の授業中、シロはさっきと同じ椅子に座って過ごしていた。

 シロは記憶が戻っていないこともあり、しばらくは学習ノルマを与えず、授業の見学のみとすることになっている。

 授業中のシロは楽しそうにするでも退屈そうにするでもなく、生徒たちが勉強する姿を静かに見つめていた。

 俺はそんなシロを見つめつつ、キリヤたちが言った通り、雪を連想するようなきれいな髪と肌だななんて俺は思った。

 でもこの風貌、誰かに似ているような……まあ、気のせいか。

 そして俺は生徒たちの勉強を見守った。

 それから数分後。シロを思ってか、マリアはいつもよりノルマを早めに終える。

 そしてマリアはシロの前にきて、

「シロ、施設の中を案内してあげる。いこう」

 シロにそう告げた。

 そしてシロはマリアの言葉に頷く。

「先生、いい?」
「ああ、よろしくな」

 俺がそう言って笑いかけると、マリアは嬉しそうに頷いてシロと教室を出て行った。

 教室を出て行く二人を見て、やっぱりマリアを世話係にして正解だったなと俺は思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

異世界転生はもう飽きた。100回転生した結果、レベル10兆になった俺が神を殺す話

もち
ファンタジー
 なんと、なんと、世にも珍しい事に、トラックにはねられて死んでしまった男子高校生『閃(セン)』。気付いたら、びっくり仰天、驚くべき事に、異世界なるものへと転生していて、 だから、冒険者になって、ゴブリンを倒して、オーガを倒して、ドラゴンを倒して、なんやかんやでレベル300くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら、記憶と能力を継いだまま、魔物に転生していた。サクっと魔王になって世界を統治して、なんやかんやしていたら、レベル700くらいの時、寿命を迎えて死んだ。  で、目を覚ましたら……というのを100回くりかえした主人公の話。 「もういい! 異世界転生、もう飽きた! 何なんだよ、この、死んでも死んでも転生し続ける、精神的にも肉体的にもハンパなくキツい拷問! えっぐい地獄なんですけど!」  これは、なんやかんやでレベル(存在値)が十兆を超えて、神よりも遥かに強くなった摩訶不思議アドベンチャーな主人公が、 「もういい! もう終わりたい! 終わってくれ! 俺、すでにカンストしてんだよ! 俺、本気出したら、最強神より強いんだぞ! これ以上、やる事ねぇんだよ! もう、マジで、飽きてんの! だから、終わってくれ!」  などと喚きながら、その百回目に転生した、  『それまでの99回とは、ちょいと様子が違う異世界』で、  『神様として、日本人を召喚してチートを与えて』みたり、  『さらに輪をかけて強くなって』しまったり――などと、色々、楽しそうな事をはじめる物語です。  『世界が進化(アップデート)しました』 「え? できる事が増えるの? まさかの上限解放? ちょっと、それなら話が違うんですけど」  ――みたいな事もあるお話です。 しょうせつかになろうで、毎日2話のペースで投稿をしています。 2019年1月時点で、120日以上、毎日2話投稿していますw 投稿ペースだけなら、自信があります! ちなみに、全1000話以上をめざしています!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

処理中です...