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第3章 毒リンゴとお姫様
第18話ー① 転入生現る
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所長から急に呼び出された俺は、一人で研究所に来ていた。
「一体何があったんだろう。……もしかして、剛に何かあったんじゃ!」
俺はそんな不安を抱きながら、所長室に向かって白い廊下を歩いていた。
所長室前に着いた俺は息を飲み、その部屋の扉をノックする。
そして「どうぞ」と所長が中から静かな声で答えた。
「失礼します」
そう言って扉を開けた俺はドキドキしながら部屋の中に入る。
部屋に入ってから所長の方に顔を向けると、そこには所長と以前研究所の廊下で出会った白い髪の少女がいた。
「やあ、待っていたよ」
所長は笑顔でそう告げる。
俺はこの状況の意味を考えず、まっすぐに所長の前まで歩み寄った。
「それで今日は何の用事なんですか? もしかして剛に何かあったんですか??」
そう言って俺は、少々前のめり気味に所長を問い詰める。
そしてそんな俺を静止する所長。
「待て待て! 剛君は安定している。今日は剛君のことではなく、ここにこの子の件で君を呼んだのさ」
そう言って所長は隣に立つ、白い髪の少女に目を向ける。
俺もその少女に視線を向けた。
少女を見た俺は、はっとして自分が取り乱してしまったことに気が付いた。そして一呼吸おいて冷静になると、急に恥ずかしく思ったのだった。
それから恥ずかしそうにする俺の顔が面白かったのか、所長はくすくすと笑っていた。
「……それで? この子のことって?」
俺は咳ばらいをしてから、所長に本題のことを尋ねた。
「ああ、そうだったね。実は彼女の心が安定し始めたから、そろそろ君の施設に移そうかと思っていてね」
「そういえば以前、そんなお話をしましたね」
俺は少女と初めて会った時のことを思い出しながら、所長にそう答えた。
「ああ。ただ暴走の反動か、記憶が欠落しているようでね」
「記憶喪失ですか……」
今まで何も答えられなかったのは、記憶がなかったからだったんだな。
「そうだ。まあここへ来る前の記憶はないが、少しずつ会話もできるようになった。だから問題はないだろう」
問題ないって……。所長はこの子にもし何かあったら、どうするつもりなんだ。
「それに君と過ごすうちに何か思い出すかと思ってね」
「え……」
所長が俺に何かを期待してそう言ってくれるのは、すごく嬉しい。けれど、俺は少し自信がなかった。
「俺にそんなことができるでしょうか」
「前にもいっただろう? 君は君らしくいてくれればそれでいいんだよ」
そう言って、所長は微笑んだ。
「俺らしく、か。……みんなそう言ってくれますけど、俺らしいってなんなんですか?」
俺がそう問うと、所長は顎に手を当て、宙を仰ぎながら言った。
「そうだな……根拠はないが、君を見ていると希望を感じるんだ。明るい未来を信じさせてくれるようなそんな希望だ。言葉にするのは難しいけれど、でも君にはそういう力があると私は思っているよ」
「そうですか……」
そう言ってから、俺は視線を下に向けた。
俺にそんな力なんてあるのだろうか。
そんな思いが俺の頭をよぎる。――そして同時に今も眠り続ける剛のことを思い出した。
剛が暴走するきっかけを作ったのは紛れもなく俺だ。
いつ目覚めるかわからない眠りについている剛。――俺は剛の未来を奪ったんだ。
奏多は、俺がみんなに未来を見せられると言っていたけれど、剛のことを思うと俺は奏多が言ってくれたことに自信を持てなかった。
あの時の奏多の言葉で全て割り切ったと思っていたけれど、まだ俺の中で靄は残ったままのようだった。
結局、俺はまだ俺のことを信用できていないのかもしれない。
そんな俺から希望なんて……。
「ありがとうございます。誉め言葉として、受け取っておきます」
俺は所長になんて返せばいいのかわからず、社交辞令的にそう返した。
所長は俺の言葉を聞くと笑顔をつくり、
「ああ。じゃあこの子のことをよろしく頼むよ。荷物は今夜中に施設まで届けることにするからね!」
俺にそう告げた。
そして俺は白髪の少女を施設へ連れて帰ることになったわけだ。
俺とその少女は所長室を出て、研究所の外に待機していた車に乗り込み施設へと向かった。
帰りの車の中で、俺は少女を見てふいに気になった。
「そういえば、名前。聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「なまえ……?」
少女はきょとんとした顔をしていた。
「そうだった……記憶喪失だってことを忘れていたよ」
預けるのなら、名前くらい教えてくれてもいいのに……。
「ちょっと待っててくれ」
少女にそう告げてから、俺は所長に電話をかけた。
通話を終えた俺は、所長から聞かされた少女の呼び方に思わずため息が漏れる。
「『検体SW00827』って……もっとまともな呼び名はなかったのか」
そんな俺を見ながら、少女は相変わらずきょとんとしていた。
そして所長は施設では好きな呼び方で接してもらっていいということも言っていた。
「俺が決めてもいいけど、ダサい名前だったら嫌だよな。女の子だし……」
俺は施設に戻ったら、みんなで考えよう。
そして俺たちをのせた車は、施設へと向かった。
「一体何があったんだろう。……もしかして、剛に何かあったんじゃ!」
俺はそんな不安を抱きながら、所長室に向かって白い廊下を歩いていた。
所長室前に着いた俺は息を飲み、その部屋の扉をノックする。
そして「どうぞ」と所長が中から静かな声で答えた。
「失礼します」
そう言って扉を開けた俺はドキドキしながら部屋の中に入る。
部屋に入ってから所長の方に顔を向けると、そこには所長と以前研究所の廊下で出会った白い髪の少女がいた。
「やあ、待っていたよ」
所長は笑顔でそう告げる。
俺はこの状況の意味を考えず、まっすぐに所長の前まで歩み寄った。
「それで今日は何の用事なんですか? もしかして剛に何かあったんですか??」
そう言って俺は、少々前のめり気味に所長を問い詰める。
そしてそんな俺を静止する所長。
「待て待て! 剛君は安定している。今日は剛君のことではなく、ここにこの子の件で君を呼んだのさ」
そう言って所長は隣に立つ、白い髪の少女に目を向ける。
俺もその少女に視線を向けた。
少女を見た俺は、はっとして自分が取り乱してしまったことに気が付いた。そして一呼吸おいて冷静になると、急に恥ずかしく思ったのだった。
それから恥ずかしそうにする俺の顔が面白かったのか、所長はくすくすと笑っていた。
「……それで? この子のことって?」
俺は咳ばらいをしてから、所長に本題のことを尋ねた。
「ああ、そうだったね。実は彼女の心が安定し始めたから、そろそろ君の施設に移そうかと思っていてね」
「そういえば以前、そんなお話をしましたね」
俺は少女と初めて会った時のことを思い出しながら、所長にそう答えた。
「ああ。ただ暴走の反動か、記憶が欠落しているようでね」
「記憶喪失ですか……」
今まで何も答えられなかったのは、記憶がなかったからだったんだな。
「そうだ。まあここへ来る前の記憶はないが、少しずつ会話もできるようになった。だから問題はないだろう」
問題ないって……。所長はこの子にもし何かあったら、どうするつもりなんだ。
「それに君と過ごすうちに何か思い出すかと思ってね」
「え……」
所長が俺に何かを期待してそう言ってくれるのは、すごく嬉しい。けれど、俺は少し自信がなかった。
「俺にそんなことができるでしょうか」
「前にもいっただろう? 君は君らしくいてくれればそれでいいんだよ」
そう言って、所長は微笑んだ。
「俺らしく、か。……みんなそう言ってくれますけど、俺らしいってなんなんですか?」
俺がそう問うと、所長は顎に手を当て、宙を仰ぎながら言った。
「そうだな……根拠はないが、君を見ていると希望を感じるんだ。明るい未来を信じさせてくれるようなそんな希望だ。言葉にするのは難しいけれど、でも君にはそういう力があると私は思っているよ」
「そうですか……」
そう言ってから、俺は視線を下に向けた。
俺にそんな力なんてあるのだろうか。
そんな思いが俺の頭をよぎる。――そして同時に今も眠り続ける剛のことを思い出した。
剛が暴走するきっかけを作ったのは紛れもなく俺だ。
いつ目覚めるかわからない眠りについている剛。――俺は剛の未来を奪ったんだ。
奏多は、俺がみんなに未来を見せられると言っていたけれど、剛のことを思うと俺は奏多が言ってくれたことに自信を持てなかった。
あの時の奏多の言葉で全て割り切ったと思っていたけれど、まだ俺の中で靄は残ったままのようだった。
結局、俺はまだ俺のことを信用できていないのかもしれない。
そんな俺から希望なんて……。
「ありがとうございます。誉め言葉として、受け取っておきます」
俺は所長になんて返せばいいのかわからず、社交辞令的にそう返した。
所長は俺の言葉を聞くと笑顔をつくり、
「ああ。じゃあこの子のことをよろしく頼むよ。荷物は今夜中に施設まで届けることにするからね!」
俺にそう告げた。
そして俺は白髪の少女を施設へ連れて帰ることになったわけだ。
俺とその少女は所長室を出て、研究所の外に待機していた車に乗り込み施設へと向かった。
帰りの車の中で、俺は少女を見てふいに気になった。
「そういえば、名前。聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「なまえ……?」
少女はきょとんとした顔をしていた。
「そうだった……記憶喪失だってことを忘れていたよ」
預けるのなら、名前くらい教えてくれてもいいのに……。
「ちょっと待っててくれ」
少女にそう告げてから、俺は所長に電話をかけた。
通話を終えた俺は、所長から聞かされた少女の呼び方に思わずため息が漏れる。
「『検体SW00827』って……もっとまともな呼び名はなかったのか」
そんな俺を見ながら、少女は相変わらずきょとんとしていた。
そして所長は施設では好きな呼び方で接してもらっていいということも言っていた。
「俺が決めてもいいけど、ダサい名前だったら嫌だよな。女の子だし……」
俺は施設に戻ったら、みんなで考えよう。
そして俺たちをのせた車は、施設へと向かった。
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