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第2章 変動

第10話ー② 人生の分かれ道

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 先生と剛を見送った僕たちは今、自室へ戻るために廊下を歩いている。

 さっきまで焦りと動揺から身体がほてっていたけれど、冷静になった今は少し肌寒く感じていた。

「やっぱりこの時期は寒いね……」

 僕は身体をさすりながら、まゆおに言った。

「氷の能力を使うキリヤ君でもそんなことを思うんだね」

 そう言って、笑うまゆお。

「そりゃ、僕だってまゆおと同じ人間だし、そう思うよ」
「ははは。そうなんだね」

 そしてその後に、少しの沈黙。

 僕はその沈黙を破るように、口を開く。

「……まゆお、さっきはありがとう。適切な判断で助かったよ」
「ううん。僕は頼まれただけだから」

 頼まれた……? まゆおは一体、誰に頼まれたんだろう。

 でももし誰かに頼まれたのだとしても、今までのまゆおだったら、自分から何か意見を言うなんてことはきっとなかっただろう。

 まゆおはいろはと関わるうちに、自分の意見を持てるまでに大きく成長していたんだね。

 僕はそんなことを思っていた。

「まゆお、変わったね」

 僕が笑いながらまゆおにそう伝えると、まゆおは照れ臭そうに答える。

「……たぶんいろはちゃんのおかげだよ。僕一人じゃ、きっと自信のない僕のままだった。誰かに信じてもらえたり、信じられることってこんなに心強いんだって思ってる」
「そっか」

 僕はその言葉から、まゆおの強さを感じたのだった。

「明日、みんなにも説明しなくちゃね」
「うん、じゃあおやすみ。キリヤ君」
「おやすみ。まゆお」

 そして僕とまゆおは部屋に戻っていった。



 研究所。俺は検査場前にあるソファで剛の検査が終わるのを待っていた。

 俺は両手で顔を覆いながら下を向いていると、俺の隣のソファが少しだけへこむのを感じた。

 きっと誰かが俺の隣に座ったのだろう。

 そう思い、俺はその方に顔を向けると、そこには白銀さんがいた。

「大丈夫かい?」

 白銀さんは俺の顔を見ながら、優しくそう言った。

「まだ、わからないです。このまま剛は目を覚まさないなんてことも……」

 俺は白銀さんの言葉にうつむき、静かに答えた。

「心配しているのは、君のことだよ」

 俺のこと、か……。

「剛に比べたら、俺なんて……」

 俺は今思っている本音を口にする。

「あまり自分を責めるな、なんて言っても、きっと今の君には伝わらないよことはわかっている。けど君を待っている子供たちがいる。そのことは忘れないでほしい。私は、君が君でなくならないでほしいと思っているよ」

 俺にそれだけ告げて、白銀さんは去っていった。

 しかし俺は白銀さんの行方など、気にも留めずに下を向いたままでいた。

「剛……お前、そんなに無理していたなんて。俺はなんで気が付いてやれなかったんだ」

 いいや、俺は気が付いていたはずだ。

 まゆおに言われたときも食堂で剛を見かけたときも……。

 俺は自分みたいな教師になりたいと言ってくれた剛の言葉がうれしくて、自分のことばかり考え、剛のことは何も考えていなかったんじゃないか。

 俺は剛が無理をしていたことを知っていたのに、それでも何のフォローもせず、剛を一人で苦しませていたんだ。

 だったら、今回の暴走は俺の責任じゃないか……。

 白銀さんはああいっていたが、俺は自分を責めないわけにはいかない。

 だって俺よりも剛の方がずっとずっと辛かったんだから。

「俺のせいで、剛は……」

 俺はそのままそこから動けないまま、時間が経過していった。



 そしてそれから1時間後、剛の検査が終わり、検査場から所長が出てきた。

 俺は所長に駆け寄り、所長の両腕を掴みながら、その検査の結果を問いただす。

「剛はどうなったんですか!!」

 そして所長は俺の目をしっかりと見つめて、その残酷な結果を俺に告げた。

「彼はもう、目覚めることはないだろう。完全に心の消失を確認した。残念だが、今の我々の技術ではもうどうにもできない。……すまないな、暁君」

 俺は所長のその言葉を聞き、その場に座り込んだ。

「そ、そんな……。俺の……俺のせいなんです。俺がもっとちゃんと剛のことを見ていたら!!」
「そんなことはない。君は君のできることを精いっぱいやっていた。仕方ないことだったんだ。だから、そんなに自分を責めるなよ」

 俺は床に拳を何度もぶつける。

「俺がもっとしっかりしていたら、剛はこんな……。俺が剛の未来を奪ったんです……。俺のせいで、剛は……剛は!」
「やめるんだ。そんなことをしたって、状況は何も変わらないだろう」

 所長は俺の手を強くしっかりとつかみながら、俺にそう言った。

 そして俺の目から大粒の涙が溢れた。

 自分の未熟さを悔やみ、そして大切な生徒を失った悲しさの涙。

「自分を見失うなよ。今、あの施設の生徒たちは、君を失えば、また道に迷ってしまうのだから」

 そして所長は俺に剛の部屋の場所を教えると、また検査場の中へと戻っていった。

 それから俺はふらふらと立ち上がり、所長から聞いている剛の眠る部屋に向かった。



 部屋に入ると、ベッドで眠っている剛の姿があった。

 たくさんの機械につながれているその姿を見て、俺はさらに罪悪感が増す。

 そしてベッドの近くある椅子に腰を掛けて、俺は剛の手を握った。

 その手は温かく、そしてその顔は今にも目を覚ましそうなくらい普通の寝顔だった。

「……ごめんな、剛。俺が気づいてやれたら、よかったのに……。俺、剛に俺みたいな教師になりたいって言ってもらえてうれしくかったんだ。だから剛のことを応援しようって思って……。でも大事な時に何にもしてやれなかった……俺は、教師失格だよ」

 そして俺の頬からは再び涙が流れる。

 どんなに悔やんでも、時間は戻らない。俺は取り返しのつかないことをしてしまった。


 ――こんな俺が教師でいていいのだろうか。


 そんな考えが頭をよぎる。

「俺は……」

 そして気が付くと、夜が明けていた。
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