上 下
32 / 501
第1章 始まり

第6話ー⑤ 信じることの難しさ

しおりを挟む
 車が研究所に着き、キリヤはすぐに検査をすることになった。

 俺は研究員だけが入れる観測ルームに特別に入れてもらえることになり、そこで検査をするキリヤを見守っていた。

 俺がキリヤをガラス越しに見つめていると、背後から所長がやってくる。

「やあ。しばらくぶりかな。元気にしていたかい、暁君」
「所長……。お久しぶりです。自分は問題ないです。でも……自分の失態で生徒を……」

 所長はキリヤを見つめて、俺に告げる。

「君の失態ではないよ。だからそんなに思いつめないでくれ。しかし君には少し酷かもしれないが……もしかしたら、キリヤ君は助からないかもしれない」
「え……」

 俺は所長のその言葉に、言葉を失った。

「……すまないな。私達が力不足なばかりに辛い思いをさせてしまって……君を教師に推薦したのは私なのに」
「そんな!! 何かないですか!? キリヤを救う方法は……」
「助かる可能性は、ゼロではない……だが、私たちにできることは何もないんだ。私達は彼の心を信じて待つしかないんだよ。彼が助かる方法は、彼自身が戻ってきたいと思えるかどうかなんだ」
「そう、ですか……」

 俺は再びガラス越しにキリヤを見つめた。

「キリヤが戻ってきたいと思えるかどうか、か……」

 俺が観測ルームにいる間も、ここにいる研究員の人たちはいそいそと働いていた。そしてそれぞれの作業をしつつ、キリヤのことをひそひそと話しているのが聞こえた。

「かわいそうに……この子には、もう未来がないなんて」
「でも仕方がないよこれが能力者の運命さだめなんだからさ」

 それはまるで、キリヤがもう助からないと決め付けたような口ぶりだった。

 俺は、俺以外の全員が無理だと言っても、キリヤが戻ってくると信じる。何があっても、俺は……俺だけは絶対に信じるって約束したんだからな!

 ――だから必ず戻ってこい、キリヤ!!

 そして一通りキリヤの検査が終わったときには、もう日付を超えていた。

 検査後、キリヤは個室に移り、俺は所長に頼んでキリヤのベッドのそばにいさせてもらった。

 何ができるってわけじゃないけど、俺はキリヤを信じると決めた。だから俺はここでキリヤを待つ。

 キリヤは必ず目覚めると信じて。



 目を開けると、僕は見知らぬ場所にいた。

「僕、どうしたんだっけ……」

 そこは真っ白で何もない空間だった。

 たしか僕はあいつとあの時……それから僕はどうなったんだっけ?

 ……そうだ。僕はあいつと戦って、そのまま意識を……。

 もしかしたら僕の心は壊れてしまったのかもしれない。この空間は、虚無になった僕の心なのかな。

 能力の暴走をすれば、心が崩壊する。

 そうやってあいつが言っていたっけ。

「僕は本当に独りぼっちになってしまったんだな」

 でもこれでもう誰かに裏切られることもない。

 ここにいれば、僕はもう傷つくことなんてないんだ。

「これでよかったんだよね……」

 意識が途切れる前に聞えた、あいつの言葉をふと思い出す。

「何があっても信じる、か……」

 もし本当にそうなら、僕はまた心から笑える日が来るかもしれない。

 でもまた裏切られて、傷つくのは怖い……

 あの時みたいに信じていた人に裏切られたら、本当に僕はもう二度と人を信じられなくなるかもしれない。

 ……でももし叶うなら、もう一度だけ信じるチャンスがほしい。

 あの時の僕は、本当は心から大人たちを信じようとしていなくて、それを見透かした神様が僕に天罰を与えたのかもしれない。

 今度こそ、僕は心から誰かを信じたい……僕は、変わりたいんだ!

 僕がそう強く思ったとき、この真っ白な世界に何かが広がった。

 そして真っ白だった世界が壊れ始める。

「これは、一体……?」

 僕は驚きながら、壊れ行く世界を見つめる。

 そして僕の目の前に、幼い頃の僕が現れた。幼い僕は、目の前の僕に向かって心配そうにこう告げる。

『本当に信じられるの? また裏切られるかもしれないよ? それでも耐えられる? 次はきっともうないよ?』

 そんな幼い僕の目をしっかりと見つめて、僕は答えた。

「信じるさ。僕を信じると言ってくれたあいつと僕自身を」
『そっか。わかった。……きっと今の君なら大丈夫そうだね』

 幼い僕は優しく微笑み、僕の前から姿を消した。

「帰ろう。僕を待っているあの人の元へ」

 そして足元が崩れて、僕は闇の中へと落ちていった。



 僕が目を覚ますと、そこは知らない天井だった。

 いくつもの機械音が響いており、おそらくいつもいる施設ではないことはわかった。

 そして意識がしっかりとしてくると、左手に温もりを感じた。

 僕はその方へ目を向けると、誰かが僕の左手をしっかりと掴んでいるようだった。

 そしてまじまじと見てみると、そこには寝息を立ててぐっすりと眠りながら、僕の左手を握っている暁先生がいた。

「……せん、せい?」

 僕は声を掛けてみたものの、ぐっすり眠っている先生には僕の声が聞こえていないようで……。

 もしかして僕の意識が途切れたあの時から、ずっと僕のそばにいてくれたのだろうか。もしそうだとしたら、この人はほんとに馬鹿だな。

 でも僕が目覚めることを信じて疑わなかったんだね……

「……ん」

 さっきまで寝息を立てていた先生は、そろそろお目覚めの時間みたいだ。

 僕は合図をするように、先生の手を強く握った。

 その合図に気づいた先生は伏せていた顔をゆっくりと上げて、僕の顔を覗き込む。

 先生は僕が目覚めているのをその目で確認してから、

「……キ、キリヤ!? 目を覚ましたのか!! よかった!! ほんとによかった!!」

 そう言って、思いっきり僕に抱き着いた。

「先生、そういうの暑苦しいよ。それに痛いんだけど……」

 僕は先生の勢いに圧倒されて、つい悪態をついてしまう。

 でも嫌ってわけじゃない。本当は嬉しかったけれど、こういう時になんて言えばいいのか、僕はわからないだけなんだ。

 そして先生は申し訳なさそうに、僕の身体から離れる。

「ははは……悪い、悪い! そうだ! ちょっと待ってろよ! 所長に報告してくる!」

 そういって先生は大童で部屋を飛び出していった。

「せ、先生!?」

 僕は身体を起こし、先生の出て行った扉を見つめた。

「はあ。もう少し再会を喜びたかったけどな……まあいっか。先生との時間はまだまだたくさんあるからね」

 そう言いながら、僕は笑っていた。

 そして僕はいつの日からか、自然な笑顔ができなくなっていた自分に気が付く。

 こんなに自然に笑えたのはいつぶりだろうか……僕はこの感覚をずっと忘れていたかもしれない。

 久しぶりの本当の笑顔に、僕は嬉しくなったのだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

そして、アドレーヌは眠る。

緋島礼桜
ファンタジー
長く続いた大戦、それにより腐りきった大地と生命を『奇跡の力』で蘇らせ終戦へと導いた女王――アドレーヌ・エナ・リンクス。 彼女はその偉業と引き換えに長い眠りについてしまいました。彼女を称え、崇め、祀った人々は彼女の名が付けられた新たな王国を創りました。 眠り続けるアドレーヌ。そこに生きる者たちによって受け継がれていく物語―――そして、辿りつく真実と結末。 これは、およそ千年続いたアドレーヌ王国の、始まりと終わりの物語です。 *あらすじ* ~第一篇~ かつての大戦により鉄くずと化し投棄された負の遺産『兵器』を回収する者たち―――狩人(ハンター)。 それを生業とし、娘と共に旅をするアーサガ・トルトはその活躍ぶりから『漆黒の弾丸』と呼ばれていた。 そんな彼はとある噂を切っ掛けに、想い人と娘の絆が揺れ動くことになる―――。 ~第二篇~ アドレーヌ女王の血を継ぐ王族エミレス・ノト・リンクス王女は王国東方の街ノーテルの屋敷で暮らしていた。 中肉中背、そばかすに見た目も地味…そんな引け目から人前を避けてきた彼女はある日、とある男性と出会う。 それが、彼女の過去と未来に関わる大切な恋愛となっていく―――。 ~第三篇~ かつての反乱により一斉排除の対象とされ、長い年月虐げられ続けているイニム…ネフ族。 『ネフ狩り』と呼ばれる駆逐行為は隠れ里にて暮らしていた青年キ・シエの全てを奪っていった。 愛する者、腕、両目を失った彼は名も一族の誇りすらも捨て、復讐に呑まれていく―――。 ~第四篇~ 最南端の村で暮らすソラはいつものように兄のお使いに王都へ行った帰り、謎の男二人組に襲われる。 辛くも通りすがりの旅人に助けられるが、その男もまた全身黒尽くめに口紅を塗った奇抜な出で立ちで…。 この出会いをきっかけに彼女の日常は一変し歴史を覆すような大事件へと巻き込まれていく―――。 * *2020年まで某サイトで投稿していたものですがサイト閉鎖に伴い、加筆修正して完結を目標に再投稿したいと思います。 *他小説家になろう、アルファポリスでも投稿しています。 *毎週、火・金曜日に更新を予定しています。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

レディース異世界満喫禄

日の丸
ファンタジー
〇城県のレディース輝夜の総長篠原連は18才で死んでしまう。 その死に方があまりな死に方だったので運命神の1人に異世界におくられることに。 その世界で出会う仲間と様々な体験をたのしむ!!

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

《パラレルワールド》死を見る令嬢は義弟に困惑しています 

れもんぴーる
恋愛
以前、投稿した「死を見る令嬢は義弟に困惑しています」の結末の異なるパラレルワールドです。 (もう一つの終わり方も捨てきれなかった・・) 本編をお読みくださった方は、前半はほぼ同じなので9話と22話以降でお楽しみいただけるかと思います。(2,6, 11,12,13,15話も少し改稿していますが飛ばしても大丈夫(/・ω・)/) 社交界でふしだらなどと不名誉な噂が流れているシャルロット。 実は、シャルロットは人の死が見えてしまう。見えるだけではなく、我が事のようにその死を体感してしまい、いつも苦しんでいる。 そんなことを知らない義弟のシリルはそんな彼女を嫌っている。 あることに巻き込まれたシリルは、誤解からシャルロットと閨を共にしてしまうが・・・ その結果、シャルロットは苦痛から解放されました? 王子や公爵令息からも思いを寄せられて、シャルロットはどんな未来を掴むのか? *都合よいな~って設定あります。 *なろうにも投稿しています

対人恐怖症は異世界でも下を向きがち

こう7
ファンタジー
円堂 康太(えんどう こうた)は、小学生時代のトラウマから対人恐怖症に陥っていた。学校にほとんど行かず、最大移動距離は200m先のコンビニ。 そんな彼は、とある事故をきっかけに神様と出会う。 そして、過保護な神様は異世界フィルロードで生きてもらうために多くの力を与える。 人と極力関わりたくない彼を、老若男女のフラグさん達がじわじわと近づいてくる。 容赦なく迫ってくるフラグさん。 康太は回避するのか、それとも受け入れて前へと進むのか。 なるべく間隔を空けず更新しようと思います! よかったら、読んでください

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

処理中です...