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第1章 始まり
第6話ー② 信じることの難しさ
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俺は今日も奏多のバイオリンを聴くために屋上へ向かっていた。
そしてその途中で、いつものようにキリヤに出会う。
「キリヤ、今日も早いな! おはよう」
きっと返事をくれないことはわかっていたが、俺はキリヤにいつも通りに朝の挨拶をした。
しかし、今日の朝はいつもとは違っていた……。
「……おはよう、ございます」
いつもは俺を無視していってしまうキリヤが、初めて俺に応えてくれたのだ。
それが嬉しかった俺は喜びのあまりテンションがハイになり、再びキリヤに朝の挨拶をしてしまう。
「お、おお! おはよう!」
「さっき、いったでしょ」
そんな俺のテンションが気に入らなかったのか、キリヤは怒って行ってしまった。
最終的に嫌そうな態度はされてしまったが、それでも俺は嬉しくて仕方がなかった。
もしかしたらキリヤの心も少しずつ変化し始めているのかもしれないなと俺はそう思ったからである。
「ついにキリヤも心を開き始めているのかな……いやあ。嬉しいなあ!」
そのあとから俺はずっとにやついた表情で歩いていたのだろう。
屋上に着いた俺の顔を見た奏多は、演奏を中断するほどに笑い転げていた。
「ちょっと笑いすぎじゃないか、奏多?」
「ふふっ。その顔はさすがに! 頭にお花が飛んでいるのが見えますよ! ふふふ」
「お花って……」
そんなに笑われると思っていなかったから、俺は少し恥ずかしくなった。
穴があったら入りたいよ……。
そんなこんなで俺は奏多のバイオリンを聴いた後、朝食を摂り、いつものように授業に向かった。
そう、今日もいつもと変わらない一日が始まったんだ。
そして俺は生徒たちの成長を日々感じながら、こんな平凡な日々がこれからもずっと続くものだと思っていた。
数日後、マリアが俺に話があると言って、職員室を尋ねてきた。
「どうした? マリアが二人で話したいなんて、珍しいな」
いつも結衣かキリヤとしか行動をしないマリアが、一人で俺のところに来るなんて珍しいことで、俺はとても驚いた。
もしかして二人には知られたくない話でもあるのだろうか。
「実は、先生には話しておこうと思って……」
「話すって、何を?」
「私とキリヤのこと……」
「マリアとキリヤのこと?」
それは俺がキリヤの過去のデータを見てから、なんとなく気にしていたことだった。まさかマリアから話してくれる日が、こんなに早く来るなんて思いもしなかった。
「本当にいいのか。別に今じゃなくてもいいんだぞ?」
「ううん。今がいい。先生は信用できるって私は思った。みんなのこと、すごく考えてくれるし、今まで来た先生たちとは違うから。きっとキリヤも先生のことを好きになってくれるって思ったの」
「マリア……そうか。ありがとう。だけど、無理はするなよ? マリアが話したいところまででいいからな」
「うん。ありがとう、先生」
そしてマリアは自分とキリヤのことを語り始めた。
序盤はデータで見た通りで、両親の再婚のことやマリアが父親から受けた行為のこと。そしてこの保護施設に来ることになったこと……。
マリアはあんなことがあったのに、父親のことを恨んではいないようだった。
「私の能力が発動しなければ、お父さんもあんな間違いを起こさなかったし、それにキリヤも傷つくことはなかった。世間的には私が被害者みたいに見えるけど、結果的にみんなを傷つけたのは私。私がみんなを不幸にした。キリヤが大人への嫌悪感を抱くきっかけを作ってしまったの」
そう言って、俯くマリア。
マリアは自分のせいで家族が不幸になってしまったと思っているようだった。
マリアのせいだなんて、そんなことがあるはずがない……。それはこの俺たちの中にある白雪姫症候群のせいなんだよ……。
俺はその思いをマリアに伝えた。
「マリアは自分のせいだっていうけれど、それは違う。俺たちが持ってしまった力のせいなんだよ……。だから誰かが悪いなんてことはないんだ」
「で、でも私の力は……」
弱々しい声で呟く、マリア。だが、俺はそんなマリアの言葉を遮るようにして言う。
「不幸にするって? そんなわけあるか! 前に結衣が言っていただろう? マリアの力は人を幸せにできるって」
「本当にできるのかな……」
「使い方次第さ。マリアの能力は使い方次第で人を幸せにすることだってできるはずだ。そしてマリアはもう正しい使い方を知っている。だったら、もう誰も不幸にはならないさ。もちろんキリヤも」
それを聞いたマリアは少しだけ目を潤ませ、小さく微笑むと俺に告げた。
「ありがと、先生」
その笑顔を見て、俺はマリアの中にあった何かが軽くなったことを認識した。
さっきの言葉でマリアの悩みが少しでも軽くなったようで良かった。きっとマリアはこの悩みを一人でずっと抱えてきたのだろう。
根本的な問題を解決したわけではないけれど、それでもマリアが笑顔になってくれたのなら、俺はそれでいいさ。
そして俺は安堵の表情をして、そんなマリアを静かに見守ったのだった。
—―しかし問題は、もう一つ残っている。
「なあ、マリア。キリヤのことなんだが。父親とのことだけで、あんなに大人を嫌うのはちょっとおかしいなと思うんだ。もしかして、父親との事件の他に何かあったのか……?」
「……それは」
そのことを問われたマリアは、少し困っているようだった。
「あ、いや。無理にとは言わない。これ以上話せないのなら、俺も深堀はしないさ」
「わかった。いいよ。……あのね。まだここに来たばかりの頃になるんだけどね」
そしてマリアはデータにないキリヤの過去を語り始めた。
そしてその途中で、いつものようにキリヤに出会う。
「キリヤ、今日も早いな! おはよう」
きっと返事をくれないことはわかっていたが、俺はキリヤにいつも通りに朝の挨拶をした。
しかし、今日の朝はいつもとは違っていた……。
「……おはよう、ございます」
いつもは俺を無視していってしまうキリヤが、初めて俺に応えてくれたのだ。
それが嬉しかった俺は喜びのあまりテンションがハイになり、再びキリヤに朝の挨拶をしてしまう。
「お、おお! おはよう!」
「さっき、いったでしょ」
そんな俺のテンションが気に入らなかったのか、キリヤは怒って行ってしまった。
最終的に嫌そうな態度はされてしまったが、それでも俺は嬉しくて仕方がなかった。
もしかしたらキリヤの心も少しずつ変化し始めているのかもしれないなと俺はそう思ったからである。
「ついにキリヤも心を開き始めているのかな……いやあ。嬉しいなあ!」
そのあとから俺はずっとにやついた表情で歩いていたのだろう。
屋上に着いた俺の顔を見た奏多は、演奏を中断するほどに笑い転げていた。
「ちょっと笑いすぎじゃないか、奏多?」
「ふふっ。その顔はさすがに! 頭にお花が飛んでいるのが見えますよ! ふふふ」
「お花って……」
そんなに笑われると思っていなかったから、俺は少し恥ずかしくなった。
穴があったら入りたいよ……。
そんなこんなで俺は奏多のバイオリンを聴いた後、朝食を摂り、いつものように授業に向かった。
そう、今日もいつもと変わらない一日が始まったんだ。
そして俺は生徒たちの成長を日々感じながら、こんな平凡な日々がこれからもずっと続くものだと思っていた。
数日後、マリアが俺に話があると言って、職員室を尋ねてきた。
「どうした? マリアが二人で話したいなんて、珍しいな」
いつも結衣かキリヤとしか行動をしないマリアが、一人で俺のところに来るなんて珍しいことで、俺はとても驚いた。
もしかして二人には知られたくない話でもあるのだろうか。
「実は、先生には話しておこうと思って……」
「話すって、何を?」
「私とキリヤのこと……」
「マリアとキリヤのこと?」
それは俺がキリヤの過去のデータを見てから、なんとなく気にしていたことだった。まさかマリアから話してくれる日が、こんなに早く来るなんて思いもしなかった。
「本当にいいのか。別に今じゃなくてもいいんだぞ?」
「ううん。今がいい。先生は信用できるって私は思った。みんなのこと、すごく考えてくれるし、今まで来た先生たちとは違うから。きっとキリヤも先生のことを好きになってくれるって思ったの」
「マリア……そうか。ありがとう。だけど、無理はするなよ? マリアが話したいところまででいいからな」
「うん。ありがとう、先生」
そしてマリアは自分とキリヤのことを語り始めた。
序盤はデータで見た通りで、両親の再婚のことやマリアが父親から受けた行為のこと。そしてこの保護施設に来ることになったこと……。
マリアはあんなことがあったのに、父親のことを恨んではいないようだった。
「私の能力が発動しなければ、お父さんもあんな間違いを起こさなかったし、それにキリヤも傷つくことはなかった。世間的には私が被害者みたいに見えるけど、結果的にみんなを傷つけたのは私。私がみんなを不幸にした。キリヤが大人への嫌悪感を抱くきっかけを作ってしまったの」
そう言って、俯くマリア。
マリアは自分のせいで家族が不幸になってしまったと思っているようだった。
マリアのせいだなんて、そんなことがあるはずがない……。それはこの俺たちの中にある白雪姫症候群のせいなんだよ……。
俺はその思いをマリアに伝えた。
「マリアは自分のせいだっていうけれど、それは違う。俺たちが持ってしまった力のせいなんだよ……。だから誰かが悪いなんてことはないんだ」
「で、でも私の力は……」
弱々しい声で呟く、マリア。だが、俺はそんなマリアの言葉を遮るようにして言う。
「不幸にするって? そんなわけあるか! 前に結衣が言っていただろう? マリアの力は人を幸せにできるって」
「本当にできるのかな……」
「使い方次第さ。マリアの能力は使い方次第で人を幸せにすることだってできるはずだ。そしてマリアはもう正しい使い方を知っている。だったら、もう誰も不幸にはならないさ。もちろんキリヤも」
それを聞いたマリアは少しだけ目を潤ませ、小さく微笑むと俺に告げた。
「ありがと、先生」
その笑顔を見て、俺はマリアの中にあった何かが軽くなったことを認識した。
さっきの言葉でマリアの悩みが少しでも軽くなったようで良かった。きっとマリアはこの悩みを一人でずっと抱えてきたのだろう。
根本的な問題を解決したわけではないけれど、それでもマリアが笑顔になってくれたのなら、俺はそれでいいさ。
そして俺は安堵の表情をして、そんなマリアを静かに見守ったのだった。
—―しかし問題は、もう一つ残っている。
「なあ、マリア。キリヤのことなんだが。父親とのことだけで、あんなに大人を嫌うのはちょっとおかしいなと思うんだ。もしかして、父親との事件の他に何かあったのか……?」
「……それは」
そのことを問われたマリアは、少し困っているようだった。
「あ、いや。無理にとは言わない。これ以上話せないのなら、俺も深堀はしないさ」
「わかった。いいよ。……あのね。まだここに来たばかりの頃になるんだけどね」
そしてマリアはデータにないキリヤの過去を語り始めた。
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