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第1章 始まり

第5話ー③ 夢

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「あれは……」 

 俺は自室に戻る途中、見たことのある光景を目撃した。

 そう、結衣がまた廊下で倒れていたのだ。

 もしかしてこの間と同じように、アニメ再現か……?

「まったく……おーい、結衣! 大丈夫か?」

 俺は倒れている結衣に声を掛ける。

「ううう……私はもうだめです、先生。私の分まで強く生きて……」

 結衣は倒れて苦しそう? にしながら、俺にそう告げる。

 どうやら俺の読みは当たったらしい。というか、誰にでもわかったことかもしれないけど!

 とりあえずここから先の展開を俺は知らないので、結衣に合わせることにした。

 次のセリフを俺に言ってほしい結衣は、小さなメモを俺に渡す。

「これを読めと?」

 倒れたまま小さくうなずく結衣。

「えっと、『まだ諦めるのは早いだろう。お前はまだまだやるべきことがあるはずだ』」

 かなり感情をこめているつもりだったが、自分でもびっくりするほどの棒読みだった。

 しかし結衣はそんなことなんてお構いなしに、演技を続けていた。

「まだやるべきこと……そうだ。私にはまだ、やるべきことがあるんだ。こんなところで、倒れるわけには、いかない!」

 そして結衣は立ち上がり、俺に真剣な顔を向ける。

「先生、私諦めません! 私にはまだまだやるべきことがことがある!! だから私はまだまだ戦い続けます! この世界は私が守って見せます!!」

 拳を強く握りしめ、決意表明をする結衣。

「『あ、ああ。俺もお前をしっかりサポートする。だから心配するな。お前は一人じゃない』」
「先生!! ……はーい、カット!! 先生、驚くほどの棒読みですな」

 そんな自分でもわかりきったことを言われると傷つくな……。

「でもそれが逆にいい味になっていたかも?」
「う……」

 そのフォローがなんだか痛い。

「ところで結衣はこんな時間に、しかもこんなところで何をしていたんだ?」
「今日も一日中アニメ鑑賞をしていたのですが、どうしても再現したい場面があって! 誰か通らないかなと倒れて待っていたのですよ!」

 倒れて待っていたって……もし誰も通らなかったら、どうするつもりだったのだろうか。

「そ、そうか……それにしても、結衣は本当にアニメが好きなんだな」
「そうですね! 私はアニメにたくさん救われて、たくさん背中を押してもらっていますから。ただ好きってわけじゃなくて、私にとってアニメは人生そのものなんですよ!」
「人生そのものか。……なんかそういうのっていいな」

 そう語る結衣の顔は秋葉原や渋谷で人たちと同じように、きらきらした目をしていた。

 そんな結衣の姿に、俺は顔が綻んだ。

「私はここを出たら、アニメ業界に就職して働きたいと思っているんですよ。可能な限り、アニメのために私の人生を捧げたいなって」

 夢を語る結衣の瞳はその思いを表すように強く、そしてとても輝いていた。

「そうなのか! そういう夢があるのっていいな」

 俺は笑顔でそう答えた。

 すると結衣は驚いた表情をしながら、俺に静かに告げる。

「先生は私の夢を馬鹿にしないんですね」
「え……?」

 そういえば、食堂での食事の時も同じリアクションをしていたな。その時も馬鹿にしないのかってそう言っていたけれど、それってどういう事なんだろう?

「馬鹿になんてするわけないだろう? そもそもなんで馬鹿にする必要があるんだ? 夢があるって、すごく素敵なことだと思うぞ!」

 俺がそう言うと、結衣は微笑み、

「ありがとうございます! ……ふふふ。じゃあ自室に戻って、またアニメの続きを見てきますね! 先生、付き合ってくれてありがとう!」

 そう言って嬉しそうに自室へ戻っていった。

「アニメもいいけど、明日の授業には遅れるなよ!!」

 それを聞いた結衣は走りながら右手を振り、颯爽と去っていった。

「結衣が楽しそうで何よりだ」

 俺は結衣が走っていった方を見ながら、そう呟いた。

 でも夢を語る結衣の瞳はとてもきれいだったな……。

 あんな目を見せられたら、俺も頑張らないわけにはいかないよな!

「よし。俺も戻るか……」

 そうして俺は自室に戻っていった。



 自室に着くと、俺は机にある個人のPCを開き、今日の報告書の作成を始めた。

 外出先で何を見て、何を感じたのか。食べたものや新しい発見など。全ての出来事をなるべく詳細に報告する。

 これも研究に役立つ資料になるらしいが、どういった時に活用されるのかをぜひ教えてほしいところだ。

 感じたことか……。今日はいろいろと発見があったからな。

「感情を言語化してから、それを報告書用の文章にするって、なんだか恥ずかしいな……」

 報告書というより、もはや日記に近い感覚かもしれないな……。

 俺はそんなことを思いながら、報告書を作成する。

 そして俺は報告書をまとめながら、自分の世間知らずさを痛感していた。

 俺はここにいる生徒たちよりもこの施設に来た年齢は遅かったけど、それでも外の世界のことを何にも知らなかったんだなってことを今日一日で知ることができた。

「外の世界から遮断されていると、どんどん外の世界のことがわからなくなるものなんだな……」

 もともと外のことはわからないことの方が多かったけれど、それでも外で生活していた時は世の中のトレンドのものくらいは知っていた。

 でも今は施設の中のこと以外、俺は何もわからなくなっていた。その程度の知識で俺は、何でも知っていた気になっていたなんて、とても恥ずかしい……。

「井の中の蛙大海を知らず……とはこのことか」

 俺はやっと大海の一部をを知ることができたのかもしれないな。

 そんなことを思い、俺は顔が綻ぶ。

 その後に、今日一日で見た景色を思い出していた。

 それを思い出しつつ、俺は今までは外の世界に行きたい願望なんて微塵もなかったのに、今はもっと外に出て、その世界を知りたいと思っていることに気が付く。

 知らないことを知るというのは、とても楽しいことなんだ。

 でも俺は外の世界に行きたいと思っても、『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の問題に直面する。

「俺は一生このままなんだろうか……」

 俺は普通には生きられない。能力はなくならないし、きっと自由に外に出ることなんて叶わない願いなんだ。

「はあ」

 そして思わずため息が漏れてしまう。

「いや。諦めるのはまだ早い。もしかしたら、急に能力がなくなる日がくるかもしれないし。それに能力持ちでも普通に外出できるようになる日が来るかもしれない! それに俺が諦めてしまったら、これから俺と同じようになった子供たちに希望を与えられなくなってしまうだろう!」

 初めから諦めることは意外と簡単なことだ。だったら、本当に諦めなくちゃいけなくなるまで、俺は俺のできることをやるだけ。

 そしてどんな過酷な運命が待っていても、俺は立ち向かっていく。

 生徒たちと笑って過ごす未来のために……。

 そして俺は、また東京へ遊びに行く時のため、ネットでガイドブックを購入したのだった。



 翌朝、俺はいつものように奏多のバイオリンの音色で目を覚ます。

 今日もいい音色だなと思いつつ、朝の支度を始める。

 そして支度を終えた俺は奏多に昨日のお礼を伝えるために、奏多のいる屋上へ向かった。

 屋上へ向かう途中の廊下で俺はキリヤに出会った。

 相変わらず、俺にはにこりともしてくれない。

「キリヤか。おはよう、早いな」

 そして俺が声を掛けるも、キリヤはいつものように何も言わずに去っていった。

 「まあ、わかっていたけどさ……」

 俺はそんなことを言いながら、小さく床を蹴った。

 でもキリヤはこんな時間に何をしていたんだろう。……もしかして奏多のバイオリンを聞いていたりしてな。

「そんなわけないか!ははは」

 そして俺は奏多のいる屋上へ向かった。



 僕はあいつとすれ違ってから、とてもモヤモヤしていた。

 なんでこんな気持ちになるのだろう。

 そもそも僕はあいつに対してひどい態度で接しているのに、あいつはいつだって変わらずに僕と関わろうとする。今までの大人たちはそんなことはなかったのに……。

 今まで出会った大人たちは僕の態度が悪いことを知ると、自分に従わせるためにいろんなことをしてくる奴が多かった。罵声を浴びせてくる奴や、泣いて縋り付いてくる奴……。

 結局、僕や他のクラスメイトの為ではなく、自分自身を守るための行動しかとれない大人たちばかりで、僕はそんな大人たちに正直呆れていた。

 でもあいつは……。

「いいや、騙されるな。きっと本性を隠しているに決まっている。大人は汚くて醜い生き物なんだから。あいつが他の大人と違うなんて、絶対にありえない!」

 でもはじめは何か企んでいるんじゃないかって思っていたけれど、あいつはそんな素振りを一切見せていない。そう思うとやっぱりあいつは他の大人とは違うのか……?

 いや、騙されるな。僕たちは大人たちに今までにたくさん傷つけられてきたんだ。だからそう簡単に信じちゃいけない。

 それにあいつは政府の犬だ。急に裏切る可能性だって……。

 みんなを騙せても、僕だけは絶対に騙されないからな……。

 そしてキリヤは自室に戻っていった。
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