上 下
20 / 501
第1章 始まり

第4話ー③ 僕は空っぽな人間だから

しおりを挟む
 センセーと雑談の後、アタシはさっきのまゆおのことが気になって仕方がなかった。

 まゆおのことを考えながら、アタシは今、とぼとぼと廊下を歩いている。

 まゆおは、今まで自分のことを自信がなさそうに言う事はあっても、あんなに声を荒げて怒ることはなかった。

 そういえば、アタシはまゆおの家族のことは何も知らないし、ここに来る前に何があったかも聞いたことがない。

 もしかしてアタシは無意識にまゆおを傷つけることを言っちゃったんじゃないかって、すごく不安になってる。

「とりあえず謝んなきゃ!」

 このまままゆおと気まずいのは絶対に嫌だ。

 そう思ったアタシはまゆおの自室に急いで向かった。

 
 まゆおの部屋の前に立ついろは。そして扉を叩こうと手を上げては、叩く前に下ろし、再び手を上げて、また下ろす。そんなことをかれこれ何度繰り返しただろう。

 扉の前まで来たのはいいけど、アタシはノックする勇気がない。

 今更まゆおに何を言えばいいのだろう。

 もしかしたらアタシはまた余計なことを言って、もっとまゆおを傷つけるかもしれない……。

「はあ」

 そんなことを考え、扉の前に立ったまま、時間だけが過ぎていった。

 アタシは目の前にある扉を見つめる。

 この先にまゆおがいる。いつもなら、何の躊躇もなくこの扉を叩くのに、なんで今のアタシには、それができないの……?

「あはは。こんなのいつものアタシじゃないわ……」

 そうだよ。こんなところで悩むなんて、アタシらしくない!

 それにせっかくここまで来たんだ。

 だったら、もうなるようになれだよ! がんばれ、アタシ!

 そしてアタシは「すぅ」と息を吸い込み、何度も叩くことを躊躇していたその扉を叩いた。

「まゆお、いる?」
「……う、うん」

 まゆおは小さな声で答える。

 やっぱりまだ元気がない。アタシのこと怒っているのかも。

「ごめんね、アタシさっきひどいことをいたかもって思って……」
「……そんなこと、ない。いろはちゃんは、何も悪くないよ。悪いのは、僕」

 まゆおはいつもこうだ。何かあれば、いつも自分のせいにして……。まゆおが悪いことなんて何にもないのに。

「ねえまゆお。なんで、いつも自分を責めるの?そんなんじゃ、辛くない……?」
「……僕は、これでいいんだ。全部、僕のせいなんだから」
「そんなことないって……」
「ごめん、ごめんね」
「すぐに謝んないでよ……」

 まただ。またまゆおは自分のせいだ、自分が悪いんだって自分を責めてる。

 悪かったのはアタシなんだよ? ねえ。それなのに、どうして……

「僕が辛いことを背負えば、みんな幸せになれるんだ」
「は? 何言ってんの?」
「僕が辛いことを我慢すれば、みんな不幸にならなくて済むから」
「そんなのおかしいよ……」
「おかしくなんかない。これが一番なんだ」

 それじゃ、まゆおが苦しいだけなのに……。

 アタシはまゆおに何をしてあげられるの……。

 今のまゆおがあるのは、きっと他のクラスメイトたちみたいに過去に何か辛いことがあったからなんだ。

 こんなに自分に自信を失くして、そして自分だけを責めている。

 まゆおは本人が思っているよりも、ずっとみんなのことを考えられる優しい性格で、みんなそんなまゆおのことが大好きなのに……。

 まゆおの過去に、いったい何があったの……。

 アタシは扉の前で立ったまま、まゆおにかける言葉を探した。

 でもどれだけ考えても、良い言葉なんて思い浮かばなかった。
 
 過去に捕らわれているまゆおにアタシは何をしてあげられるのかな。

「これじゃ、アタシも過去に捕らわれているのと変わんないじゃん」

 悶々とした気持ちから、アタシはその答えに至った。

 そもそもアタシにはまゆおの過去は変えられないし、変える必要もない。

 ……変えなきゃいけないのは、これからのまゆおなんだよ。

 じゃあそのために今のアタシがまゆおにできることって何?

 これも考えても仕方がないこと。アタシはそんなに賢くはないんだからさ。

 そう。アタシはアタシの直感を信じるだけ。

 アタシがしてあげたいことをしてあげるだけだよ。

「……そう。じゃあそう思うなら、それでもいいんじゃない」
「……」
「アタシはまゆおが辛いのはアタシのせいだってことにするから」
「それじゃ、意味ない……」
「意味って?」
「誰かが不幸なのは、全部僕のせいなんだよ。僕のせいでいろはちゃんが辛くなったら、意味がないんだ。辛いのは僕だけでいい」
「ねえ、まゆお? アタシはまゆおが辛いだけで、もう充分辛いの。大事な友達が辛そうにしてるのに、自分が何もできないなんて、そんなのアタシはやだよ……」
「じゃあ僕はどうしたらいい? 僕の存在が人を不幸にしてしまうってことじゃないか……」
「はあ。本当に馬鹿なんだから!! いい? よく聞きな? アタシはまゆおに幸せでいてほしいわけ! 笑顔で楽しく過ごしてほしいの!! 自分が周りの人間を不幸にする? そんな馬鹿な事あるわけないでしょ? 不幸かどうかなんて自分自身で決めることなの。まゆおが居てもいなくて関係ないことなんだよ!」
「……」
「……まあ少なくとも、アタシはまゆおと一緒にいて、楽しくて幸せだって思うけどね!」
「え……」
「ああ! もう! 恥ずかしいこと言わせんなぁ!! ってか、早く部屋から出てきてよ! 一人で話してるみたいで、はずいでしょ!!」

 そしてゆっくりと扉が開く。
 そこには顔が耳まで真っ赤なまゆおの姿。

「い、いろはちゃん……あ、ありがとう……」
「ちょ! そんなに照れないでよ! アタシが恥ずかしいから! もうっ!!」
「ご、ごめん……」
「またすぐに謝る! いい? アタシの前では謝るのは禁止ね!! これからはごめんじゃなくて、ありがとうっていうこと!! いい?」
「う、うん!」
「よし! ああ。言いたいこといったら、すっきりした!」
「あ、ごめ……」
「謝るのは?」
「は、はい……」
「よしよし」

 まゆおはアタシのことをどう思ってくれているのかはわからないけれど、アタシにとってまゆおはとても大事な友達なんだ。

 まゆおといると、アタシは普通の女の子でいられるような、そんな気がするから。

 そして今のアタシがまゆおにできることはまゆおのすべてを受け入れて、隣で笑いあうことだってわかったよ。

「そういえばね、最近好きなバンドが居てね! ちょっと聞いてみない?」

 持ってきたスマホをまゆおに見せるいろは。

「う、うん!」

 そしてアタシとまゆおは夕食の時間まで、最新の音楽を楽しんだ。



 いろはちゃんと出会うまでの僕は剣道がないと誰からも必要とされない、いらない子だって思っていた。

 でもいろはちゃんとの出会いが、僕の人生や考えを変えた。

 いろはちゃんは僕の存在を肯定してくれる。

 僕も幸せになってもいいと言ってくれる。

 僕は僕のまま生きていけばいいんだ。

 迷惑をかけない為とか誰かに必要とされる為じゃなく、これからは自分の為、守りたい人の為に生きよう。

 僕は笑顔で音楽を楽しむいろはちゃんを見て思った。

 隣にいるこの子の笑顔を守りたいと。

「出会ってくれて、ありがとう」

 聞えているかはわからないが、まゆおはそう呟き微笑んだ。



 夕食の時間になり、続々と生徒たちが食堂に集まる。

 その中に、まゆおといろはの姿があった。

 どうやら二人は仲直りができたみたいだ。

 仲睦まじそうな二人を見て、俺はなんだか嬉しくなった。

「まゆお、あの曲めっちゃあがるっしょ?」
「うん。ありがとう、いろはちゃん!」
「ああ、いつか外に出られるようになったら、一緒にライブ行きたいねー!」

 そして夕食はいつも通りに楽しく過ごした。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

転移したらダンジョンの下層だった

Gai
ファンタジー
交通事故で死んでしまった坂崎総助は本来なら自分が生きていた世界とは別世界の一般家庭に転生できるはずだったが神側の都合により異世界にあるダンジョンの下層に飛ばされることになった。 もちろん総助を転生させる転生神は出来る限りの援助をした。 そして総助は援助を受け取るとダンジョンの下層に転移してそこからとりあえずダンジョンを冒険して地上を目指すといった物語です。

転生墓守は伝説騎士団の後継者

深田くれと
ファンタジー
 歴代最高の墓守のロアが圧倒的な力で無双する物語。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

俺は善人にはなれない

気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

処理中です...