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第1章 始まり

第3話ー⑤ 好きなこと

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 教室を出た奏多は屋上へ来ていた。

 先生からああいう風に聞かれるってわかっていて、なぜ私はあんな質問をしてしまったのだろうか。

「……バイオリンが好きだなんて、そんなことを簡単に言えるわけがないのに」

 そして私は空を眺めながら、ため息をつく。

「みんなの前で思いっきり、演奏がしたいな……」

 でも私の音は人を傷つける。

 だから私がどれだけ願っても、その思いが叶う日は当分来ない。

「私もこの空みたいに自由だったらな」

 バンッと音がして、私はその方に顔を向けた。

 するとそこには、屋上の扉を思いっきり開いている先生の姿があった。

「奏多! やっぱりここにいた!」
「え、先生!? どうしたのですか?」
「奏多!! 演奏会をしよう! ここで! そしてみんなにも奏多の音を聞いてもらうんだよ!」
「え……?」

 先生の言うことがあまりにも唐突すぎて、私は唖然としてしまった。



 俺は奏多に会うため、女子の生活スペースへと向かっていた。

 教室を出てから、俺は自分の思いとそのための方法をどうやって奏多に伝えるかを悩みつつ、歩いていた。

「教師の俺でも、女子スペースには立ち入り禁止なんだよな……」

 女子の生活スペースはこの建物の5階に位置しており、男子禁制のルールがあるため、俺は奏多の部屋には行けない。

 でもどうにかして、奏多と話せないだろうか……。

 俺が一人、廊下で悩んでいると、正面からいろはがやってきた。

「あれ? どうしたの、センセー? なんか難しい顔してるけど?」
「あ、ああ。奏多とどうしても話したいことがあるんだが、自室にいるとしたら、会えないなと思ってな」
「ははは! そんなこと?じゃあアタシが呼んでこよっか?」
「ほんとか!? そうだとすごく助かるぞ!」
「OK! じゃあちょっとそこで待っててね!」

 そう言って、いろはは奏多の自室へ向かった。

 それから15分後。

「たっだいま! 奏多の部屋を見てきたけど、部屋には戻ってないみたいだよ?」
「そうか……」

 俺は頭を奏多の行方に、頭をひねらせた。

 部屋に戻っていないのか……。じゃあいったいどこに……。

 他に奏多が行きそうな場所ってもしかして…!

「ありがとな、いろは!! 今度何かお礼するから!」
「期待してるからねー!」

 そして俺はいろはと別れたのち、奏多が居そうなあの場所へ向かった。



 俺は屋上の扉を思いっきり開けると、俺が思った通り、そこには奏多が居た。

 突然現れた俺を見て、奏多は目を丸くしていた。

 驚いている奏多には、本当は順を追って説明すべきだとはわかっている。

 しかし俺は今すぐにでもこの思いを伝えたかったため、思っていることをそのまま奏多に伝えたのだった。

「奏多!! 演奏会をしよう! ここで! そしてみんなにも奏多の音を聞いてもらうんだ!」

 俺のその勢いに奏多は驚いて、唖然としているようだった。

 それから奏多の近くまで寄った俺は、再び口を開き、奏多に告げる。

「奏多のバイオリンの音を誰も傷つけずに届ける方法があるんだよ!」
「え、ちょっと待ってください!」
「俺が奏多をサポートする! 俺の能力があれば、奏多は能力を発動せずに、思う存分、バイオリンを弾けるだろう? どうだ……?」

 奏多は一瞬だけ目を輝かせたが、すぐに悲しい表情になり、うつむいた。

「……いえ。せっかくのご提案ですが、遠慮しておきます」
「え…? でも思う存分、バイオリンを弾けるんだぞ?」
「先生は何を勘違いされているのですか。私は先ほども申した通り、バイオリンのことは好きではありません。それに先生の無効化の力を借りても、根本的なことを解決できるわけではないのですよ。私はただ弾きたいのではないのです。幸せにする音色を私自身が奏でないと意味がないのです。一時的な快楽のためにとお思いならば、そんなお考えはお捨てになってください! ……私は今のままでもいいのです。朝にこっそりと誰も聞いていない時間に自分だけの音色を奏でられたら、それでいいのです。だから、余計なことはしないでくださいますか?」

 いつもは見せない感情的な奏多の姿に、俺は圧倒される。

「ご、ごめん。そうだよな。中途半端にできるようになっても、もっと気持ちが募るばかりで辛いよな。無神経だった。すまない」

 奏多ははっとして、頭を下げた。

「いえ、私も少し言いすぎました。すみません。……でも先生が私のことを思ってその提案をしてくださったことは伝わりましたので。どうかお気になさらず。では、私は今度こそ、部屋に戻りますね。それでは、また食堂で」

 そして奏多は屋上を後にした。

 奏多もあんなに感情的になることがあるのか……。

 さっきの奏多には正直、すごく驚いた。奏多は大人の余裕っていうのか、どんなことも第三者的な立場で見ているように見えたから。

 俺も俺で、きっと余計なことを言ってしまったみたいだし。

「はあ。俺ももっと考えて行動するべきだったな……」
「本当にその通りですよ、先生。」

 すると、どこから現れたのか、キリヤが俺の背後にいた。

「キリヤ、いつからそこに……?」
「奏多がここへ来る前から屋上にはいましたけどね。」
「そ、そうか……」

 じゃあ、さっきの会話も……。

「先生が何を考えているのかは知りませんけど、あまり僕らをかき乱すのはやめてもらえませんか? そういうの、迷惑です。」
「かき乱すって……。俺はそんなつもり……」

 キリヤは俺に近づき、俺の顔を睨みながら告げる。

「奏多のことを何にもわかってないくせに、無理やりバイオリンを弾かせようとしていたでしょう?」

 キリヤの冷たい視線が、俺に突き刺さる。

 敵意がなければ、顔立ちが整っていてとてもクールな少年というイメージのキリヤだが、今この冷たい攻撃的な視線は、顔立ちが整っているだけにとても鋭く感じる。

「それは……」
「僕たちのことを何もわからないなら、何もしないでいてくれる?目障りだよ。」

 そう言い残しキリヤは屋上を去っていった。

「キリヤの言う通り、俺は奏多のことも、他のみんなのことも何も知らないんだな」

 そして俺は大きなため息をつき、しばらく空を眺めていた。

 その後の夕食で、奏多との会話はなんとなくぎこちなかったが、他の生徒には気づかれなかったようだ。



 夕食後、俺は今日の報告書を職員室で作成していた。

「……今日は座学授業を中心に行い、各々のノルマは達成された。神宮司奏多は体調不良のため、ノルマの半分しか達成にはならなかったが、明日以降に加算することで対処することとしたっと。……よし。こんなものかな」

 今日も平和と言えば、平和な一日だった。

 しかし、どうしても奏多のことが気にかかる。

 奏多には断られたけど、でも俺は奏多の演奏会のことを諦められなかった。

「どうにかして、奏多がみんなの前で演奏できないかな……」

 しかしどれだけ考えを巡らせてもいい案は思いつかなかった。

 根本的な問題と言っていたが、それはたぶん能力のことなんだろうな。

 能力が完全に消えれば、奏多はまた演奏できるようになるのだろうか……。

 能力だけの問題ならば、無効化の俺の力でいつだって能力を消すことができるから、あんな風に断る理由なんてないはずだ。

 もしかしたら能力以外の問題があるのかもしれない。

 過去に何かあったのか……?

 そんなことを考えていると、あっという間に時間が経過していた。

 時計を見た俺は、時間の経過の速さに驚く。

「もうこんな時間!? 早く寝ないと。本当に寝坊したら、生徒たちに示しが付かないからな……」

 そして俺は奏多のことを気にかけたまま、寝床に着いたのだった。
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