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 必殺カニ男は、今日も汗を流して必死に働く。相も変わらず、地雷原の医療廃棄物エリア。僕が稼ぎを上げるにつれて、他の人もこのエリアに入ってくるようになった。僕には経験がある。そう簡単に負けることはない。新参者は少なくないけれど、この仕事が相当リスキーであることには変わりがない。
 頭のいい人はだいたい途中で諦めて、他のエリアへ移動して行く。無謀な人は事故で体を壊したり、死んでしまう事もある。仕事をするには危険が多すぎる現場だ。医療廃棄物エリアを目指すのは、頭のおかしい変人と、命知らずの特攻野郎だけ。スラムではそういう評判になっている。反論の余地が無い。
 僕にはマリコ三号がある。元々はマリコさんが、例の四脚の為に開発した制御プログラムだ。だけど他のパーツにも応用が効く事が分かった。エラーパーツに対応したプログラムなんて、たぶん世界にも殆ど無いと思う。僕の調整方法に合わせて作ってもらった物だから、他人が単純にコピーして使える物でもない。
 マリコさんと別れてから三年。僕は二十二歳になった。商売は順調だ。貯金は一千万ドル円を超えた。だけど、夢の為にはまだ全然足りない。情報を得るためにコネも広げなければならない。最近僕は、アジア全域の業者と取引をするようにしている。ハンノウさんを初め、組織との繋がりも太くなった。慎重に行かなければならない。日本に限らず、裏の組織とは一定の距離を取るように気を付けている。そうしないと、両親が僕をスラムに放してくれた意味が無くなってしまう。汚い仕事はしても義理を大切にしたい。商売人の立場をはみ出したくない。偏狭な僕の哲学に磨きをかけている。
 取引はいつも同じ場所だ。核廃棄物エリアの管制室を使わせてもらっている。僕の収入が増えるに従って、仲介者のカクマルさんへ落ちるお金も大きくなった。何度も言うけれど独り勝ちはダメだ。いざという時に誰も助けてくれなくなる。
 
 その日は久しぶりに大きな取引があった。管制室でハンノウさんと礼儀正しく、シビアな駆け引きをした。毎度のように、カクマルさんが大慌てになるのが笑える。カクマルさんはもう僕の父親みたいな存在だ。金儲けに熱中している息子が心配でならないらしい。本当に申し訳ない。今回の取引で僕は、一度に六百万ドル円稼いだ。カクマルさんへ支払われる手数料は、一割の六十万ドル円。
「ありがとよ。これで俺の夢がかなう。サイゾウ恩に着るぜ」
 取引を終えた後、カクマルさんが言った。
「カクマルさんの夢なんて、初めて聞きましたけど」
 僕は驚いて訊いた。
「うん。職場に年金制度を作ろうと思ってるんだ。あとは労働災害の保証だな。事故が前提のような仕事なのに、見舞金は毎回、雀の涙なんだ。サイゾウのおかげで元手が貯まったぜ。これで本格的な話が進められるよ」
 カクマルさんが僕の肩に手を置いて言った。僕はジーンとする。さすがカクマルさんだ。儲けた金を全体の為に使うことを考えている。根っからのリーダー体質なんだろう。僕には真似できない。
「僕はもっと稼ぎます。アジア圏に手を伸ばしたいと思っています。これからもカクマルさん、どうぞよろしくお願い致します」
「こちらこそよろしく頼むぜ、サイゾウさんよ。だけどやり過ぎには気をつけてくれよ。俺ァ心配でならねえよ。お前はぶっ飛んでるからな。器がデカイのは分かってるが、俺の意見も頭の片隅に置いといてくれよな」
 困った顔をしてカクマルさんが言った。
「肝に銘じます。我ながら危ない橋を渡っていると思います。だけど、僕はもっと稼ぎますよ」
 僕は言った。しょうがねえやつだな、とカクマルさんが渋い顔で言う。そして僕の首根っこを、ゴツイ腕でつかもうとした。いつものパターンだ。その腕から逃れるようにして、僕は一礼して管制室を飛び出した。
 
 地雷原から車を飛ばして帰宅する。ガレージに車を入れて外階段を登ったら、二階のドアロックが解除されていた。強盗か? スッとお腹が冷えるような感覚になる。僕は自分の家に金目の物を置いていない。稼ぎは大きくなったけれど、贅沢な暮らしをしているわけでもない。相変わらずの貧乏生活だ。よそ者に目をつけられたか。
 ドアロックはかなり厳重なので、素人では解除出来ない。組織に狙われたのか? でも、僕を襲ってもメリットはないはず。僕は地雷原で、毎日綱渡りのような仕事をしている。僕にしか出来ない仕事だし、組織にも利益は十分回している。
 部屋の中に監視カメラが備え付けてある。ネットワーク経由でアクセス出来る。防犯の為というよりも、部屋のインテリアとして置いたものだ。二十一世紀初頭の製品で、性能はコマ送りの映像データを記録するだけ。スラムの露店で五百ドル円で買った物だ。まだ動くといいんだけど。
 手元の端末に映像が映し出された。部屋の中に誰かがいる。テレビの前のソファーに座って、ボトルのビールを飲んでいる。カメラ位置の都合で背中しか見えない。小柄で細めの体格。白くて長い髪。若い女性だ。まさかね……まさかだろ?
 思い切って僕は勢いよくドアを開けた。ソファーに座っている人物は、こちらを振り返りもせずにテレビを見つづけている。片手に持ったビールを口元にあてて、ゴクゴクと喉を鳴らした。
 僕はソファーの横まで移動して、その人の顔を見る。やはり若い女性。たぶん二十代前半。初めて見る顔。
「なんだ母さんか……」
 一気に脱力して僕は言った。マリコさんの可能性は低かった。姿形は似ているけれど、あり得ない。髪の色も違う。
「なんだとはなによ。久しぶりに会ったのに酷いわね。純粋にヘコんだわ。お母さん悲しい」
 本当に悲しそうな表情で母が言った。毎度の事だけど、見た目がだいぶ変わっている。
「部屋のロックが解除されていたから、少し警戒しちゃったんだ。母さんに会えてとても嬉しいよ。知ってると思うけど、僕は母さんの事が大好きだよ」
「あなた少し口が上手くなったわね。サイゾウ、私の愛する息子。ちょっと抱きしめて」
 僕は近寄って母を抱きしめる。感触も匂いも毎回違う。だけど間違いなく母だ。何故だか僕には分かる。
「ふぅ。息子の顔を見て満たされたわ。これであと三年は生きていける」
 母が小さく笑った。
「それ毎回言ってない? 元気でなによりだけど。ところで、体のパーツ化率はどうなってますか」
 僕は訊いた。
「八十九%。脳以外はほとんどパーツになったわ。ロボット母さんよ」
「相変わらず人を殺してる?」
「殺してるわね。子供からお年寄りまで。人種も問わず。殺し屋の母さん、イヤじゃない?」
 母が訊いた。
「僕は母さんの事が好きだよ。細かい事はどうでもいいんだ」
 母が少し困ったような顔になる。
「あのさ……殺される人にも大切な家族がいるわけよ。子供とか恋人とか、両親とかね。でもあなたは、決してその事に触れないわね。殺人者の母親に対して。そこら辺は一体どうなってるのかしら」
「スラムには飢えて死ぬ人もたくさんいるよ。ちょっとのお金で救われる命が、貧乏の為に捨てられることも多い。母さんが殺している人達は、殺す価値のある人なんだよ。無差別に殺しているわけじゃない。倫理的には許されないかもしれないけど、それも仕事だと思う。母さんを尊敬してる。バランスを作っていると僕は思う」
 とても極端な意見だ。だけど、母の為に言わずにはいられなかった。母は僕の言葉を聞いて、神妙な顔つきをしている。
「余計な事だと思うけれど。あなたの恋人が眠っている施設の位置を、教えることが私には出来るわ。彼女の病名だって調べられる。あなた、遺伝子工学を勉強するつもりなんでしょう。その分野に強い、海外の大学に留学したいのなら、手助けもできるわよ。組織の力を使う事にはなってしまうけれど」
 母が言った。
「母さんありがとう。でも僕は自分で頑張ってみるよ。マリコさんの位置については、コネとお金があれば、いずれ割り出せると思ってる。遺伝子工学は難しすぎて、僕の頭だとちょっと無理みたい。研究者とかお医者さんに、投資をする方向で考えてます。投資先を判断する為に、頑張って勉強はするけど。先は長いけど、どうか見守っていて下さい」
 僕は言った。母は表情を変えずに、じっと僕の顔を見ている。
「分かった。変な手出しはしないからね。じゃあこれ、サイゾウの誕生日祝い」
 そう言って母が、小さなメモリーチップを僕に手渡した。そしてドアの方へ歩いて、片手を振って部屋を出て行った。珍しい。母が僕に何かをくれるなんて。ドアが閉まるのを見届けてから、僕はチップをコンピュータに差し込んだ。チップには、映像ファイルが一つだけ入っていた。百二十秒の短い映像ファイル。

「労働者の賃上げ交渉が大詰めを迎えております!」
 テレビのアナウンサーが、肉体労働者に、もみくちゃにされながら話している。実況中継を記録した映像ファイルだ。月の映像。このニュースは僕も、数日前にネットで見ている。月の地底で、大規模な資源鉱脈が見つかった。それと同時に、現地の労働組合がストライキに入った。労働者が企業側に、利益の配分と待遇改善を求めている話だ。どうして母が、僕にこの映像を見せたかったのか。僕はビールを飲みながら、映像をリピートさせて見る。
 アナウンサーを取り囲んでいる労働者の中に、四脚の足を使っている人がいた。泥まみれになっているけれど間違いない。僕が調整して、マリコ三号を組み込んだあの四脚だ。ハンノウさんが、月で使うと言っていたのは本当だったのだ。僕は映像を一時停止させて、四脚の部分を拡大させた。かなり使い込まれている。ちょっと感動してしまった。
「マリコさんと、月にも行こう」
 何十年後になるかもしれないけど、あの四脚を二人で探す旅をしよう。ジャンクショップとか、ゴミ捨て場で発見できたら、僕はメンテナンス作業をしたい。万が一現役で使っている人がいたら、徹底的にチューンナップしてあげたい。その時にはきっと、僕の手にマリコ四号があるはずだ。僕が張り切って作業をしている間に、マリコさんは、五号とか六号を作ってしまいそうな気がする。
 モニターに映っている四脚をじっと見て、僕は微笑む。ビールの残りをグイっと飲み干した。
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